其の四
其の四
ドーン、ドーン、ドーン…
農作業に汗を流す村人へ、酉の刻入りを知らせる集落の竹落としの地叩き音が、集落の行く末を決める重要会議の場に重く響き届いた…。
五郎太はこの刻限を告げる音に背中を押されたのか、夕闇が集落を覆い始めたこの時、小声でこう言った。
「わかった。おらは、皆の総意に沿う。だけんども…、おっかあには苦しまんことをええように頼んます…。もう、これ以上辛い思いをさせねえで楽にさせてやりてえから…」
参集した村人たちは、まるで申し合わせたかのように、何度も何度も沈痛な顔つきで無言の頷きを繰り返していた…。
かくして、幕府の命を受けた双子谷集落の年に一度の、大地の…、いや火の神へ奉納を拠する生贄は葉擦れの丘のお刃根婆さんが供させることとなった。
そして、この44日後、酉の刻ちょうど…。
お刃根婆さんは集落特製の奪命薬、長命散らしの煎じ粉を飲入し、穏やかに息を引き取った。
だが、荒猛る日の本の山々からは一行に噴煙が止むことがなかった。
翌年の正月…。
徳川将軍の家○は、再び寳来を江戸城に呼び寄せ、噴煙止まぬ国土の有事を厳しく質した。
「これ、寳来!昨年秋、そちの申すまま飛騨の国、双子谷集落への人出しを許可したが、今の情勢はさらに悪化しておる。火の神を鎮めることなどできてはおらぬではないか‼」
「ははあ…!いかにも、この日の本は北から南まで、過ぐる年よりさらに大地が荒ぶっておりまする故、怖れながら、殿には今一度御願いがございます…」
「何だと‼この上に及んで、更にと申すか!…ならば、もし、この度もそなたの進言を許してなお、大地の怒りが収まぬようなら、その罪、万死を以って償わせざるを得ないが、良いか‼」
時の征夷大将軍は、まさしく待ったなしとなった国家一大危機に、顔を赤らめてひざ元で頭を畳に擦りつけている寳来に厳しく問うた。
「ははっ…、もし今回のご進上をかなえていただいて、なお山々が静まらねば、この寳来、一命を殿に差し出す覚悟故…。然るにここは、早急に火の神へ幼子を…」
寳来は顔面蒼白で、”次の一手”を頭上の、家○に言上した。
***
「寳来!しからば、そなたは初めより、火の神に差し出す生贄は生気に長けた幼子ではないと、用がたたずだと…、そう申したかったのだな?」
「左様でございます。私とて人の子…。生を受けて間もない幼な子の命を粗末にしたくはありませんでした。過ぐる年は、そのような迷いで、老い先短い老人でなんとか神の怒りを収むれればという思いでした。しかし、神の心中はそれでは届きませんでした。しからば、この段となれば、清廉無垢な清き血を大地に戻し撒くしかござりませぬ!」
「この言は、加那彼方(カナハルカ)も相同じなのだな!」
「はい、加那彼方(カナハルカ)殿もそう申しております」
「ならば、双子谷には、我が国を引き裂く荒ぶる山々の怒り収めるべき、即刻、更なる”然るべき”生贄の奉納を命じよう」
「はははあ…、ありがたきこと、こころより御礼申し上げまする…」
かくして…、山々の噴火と大地震による国全土に及ぶ不作のもたらした飢饉で、各地の一揆は幕府の存亡にまで影響を及ぼしかねるところまで来ていたなか、双子谷は徳川幕府の一心を受けた再度の犠牲者選びを迫られた。
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