其の弐
其の弐
時の徳川幕府が納める日の本の国各地は、火山噴火と大地震に見舞われ、長く続いた泰平の世は一変した。
全国各地で飢饉が勃発、多くの農民たちは年貢を納めることができず、瞬く間に財政難に陥った幕府の命を受けた全国の各藩は、厳しい年貢の取り立てに走った。
その結果、各地での一揆が激化し世情勢は悪化の一途を辿る。
幕府は洋学者の寳来を呼び寄せ、事態収束の意見を聴取した。
「…寳来!ならば、日の本の大地を収める神に怒りを鎮めればよいのじゃな?」
「左様に存じます。加那彼方(カナハルカ)殿の目利きでは、国の裂け目を創造した火の荒神へ誠を込めた神饌を捧げ得れば、事は好転すると申しております」
「それは、飛騨の国のK藩が納める双子谷なる集落と言うことなのだな?」
「仰せの通りでございます。今までは野兎を生贄に捧げておりましたが、この期を捉えれば、更なる盛物が必須かと…。然るに、ここはより大きな生贄となりますが、単に胴体の大きい猪や鹿ではこの度の事態を治るに相叶わないと」
「はっきり申せ、寳来!更なると言うならば、何を捧げれば良いのだ!」
「ははあ…、怖れながら申し上げます。この際、人間の生身を盛るべきかと…」
「荒ぶる大地を鎮めるには、獣ではなく、人間を生贄に捧げなければならぬと申すのだな!」
「はい、左様でございます」
「…」
幕府は、その年に双子谷集落が催す鎮祭の儀式での火の荒神に捧げる生贄には人間を差し出すよう、K藩を通じて厳命した。
***
幕府の令を受けたK藩は苦悩の最中にあった。
雪深い寒村にもかかわらず、その知恵で産出した薬餌や保存食を隣村と連帯して独自の流通手策を編み出し、結果的に領主への年貢をきちっと納めてきた上、飛騨の国を収める藩にも各地の商人を通じた特産品の商いで、”外貨”を稼ぐ手立ても得られていたのだ。
藩主の本音は、双子谷へのこの度の命は避けたかったということは言うまでもない。
しかしながら、全国規模での飢饉を招いた根因が各地で噴煙を上げ、その地下活動で大地震も誘引した火山活動であるのは明らかであっただけに、公的にも、大地の神を鎮める鎮祭による恩賞を与えている双子谷には、現状打開の責務を強く要請せざるを得ない立場であもった為、やむなく双子谷の長へ、人間の生贄を火の荒神へ差し出すことを申し伝えたのだ…。
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