其の壱

其の壱




現在の飛騨山脈西麓にはI川に沿って、最も上流に位置する双子谷集落のほか、徳川政権下以前からいくつかの小部落があった。


いずれも冬は雪深い寒村で、農作地に転用できる肥沃な土地はほとんどなかった。

だが、村人たちは領主への年貢はしっかりと収め、細々ながらもつつましやかな生活は営めてはいた。

そこには、I川沿いに村落群が形成されたころから、最も上流にあった.双子谷集落の知恵がもたらした村落間の連携による生業の流通手引きがあった。


双子谷では、村落を成した当時より、山々から獲れる茸や草木を毒と栄養の選別に命の危険を冒しながらも連綿と知見を研磨させてきた。

その成果がもたらしたのは、薬餌と滋養薬を配剤する手法を得たことだった。


現代のサプリメント のような滋養食品を精製させ、それを村人が日々食することにとどめず、川の下流を経由して隣接の城下へ納めたのだ。

だが、その際、双子谷の長は下流の各村落と協力して”流通途上”を分担、運び品の納め代は分け合って領主への年貢に充てるという仕組みを早くから確立させていたのだ。


領主は双子谷の薬餌が換金できる品と目踏みすると、村人をとがめることはせず、むしろ隣村と知恵を出し合い商いの途を開いた手並みに感心した。

そして、以後、直接隣村すべての年貢として代収用し、双子谷には特別な温情で隣接城下への荷売りを許可したのであった。


***


更に双子谷の村人は、下流の村落が城下で双子谷産品と交換した根菜の種子をわずかな畑に植え付け耕作をつづけ、収穫した大根や人参を一冬置きできる漬物に加工して領主へ納めた。

この滋養を施した”珍味”の付加で、K藩城下に出入りする様々な人々から絶賛されたことで、双子谷産品は、幕府の商いルートに乗って全国の商人の手で賄われていった。


この間、飛騨山脈の深い山々に閉ざされた双子谷集落には、”大地を創造した火の神から知恵という恵みを授け与えられた聖村”という評判が広く浸透していったのだ。


そこには、もう一つ、彼らが日の本の国がどんな形状をした島国であったかの伝聞を得ていた過程が付与されたいた。


***


もともと、この地方の集落には、関ヶ原の合戦に敗れた落ち武者や忍びの者たちが、一時的に身をあてがう隠れ地として”その筋”には浸透していた経緯があった。

ここを訪れる落ち武者たちは、めったに人が入り込めない雪深い季節に”名のなき旅人”として村に一時滞在するのが常だった。


そして彼らが村落を出る時には、村の”特産品”である薬餌も手渡され、無論、この間の滞在は相互黙秘を暗黙の了解としていた。

この双子谷集落から受けた厚情ともてなしに、落ち武者たちはその謝意として、国の方々を往来するが故知り得た”情報と知識”を置いて行った。


その中に、南蛮人からもたらされたこの国の姿図があった。


***


”なんと…!この双子谷辺りは日の本の中心で、南東の端っこまで繋がる線上には火山にぎっしりじゃあねえか!”


”それにしても、この国は何て形をしてるんだ!まるで竜が咆哮しながらのけ反って、今にも弓の真ん中がポキンと折れそうだ”


”なるほど…。もともとこの山々の麓は大地の裂け目で、もし、大地深く荒ぶる火の神様がここへ暮らす人間が悪い所業をしたら、怒りが天上に達し、この国を切り裂いちまうかもしれねえ…。この双子谷は神様のお近くにいさせてもらうんだ。皆、この国が切れちまわねえように、お祈りを捧げんといかん”


こうして、双子谷集落の長は代々、あくまで日の本の大地が真ん中から裂けないようにと、毎年野兎を捧げものにして、深い祈りを捧げ続けてきた。


そしてこの伝来の風習は閑村の誉として、幕府から称賛されるに至り、長く天災飢饉が訪れなかった世の中は、双子谷集落による信心で大地の怒りを鎮められた由縁と公言されてきた。


しかし、その後まもなくすると、日本の中央を縦断する大地の交差線上で燻っていた火山の群れは連鎖的に噴煙を上げる…。

かくして、多くの地では農作物の不作により各藩の年貢は激減し、時の幕府は空前の財政難を被ることとなる…。







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