第2話 一年後

 アリスはガタガタと馬車の荷台に座りながら尻に伝わる振動を耐えていた。

 使い魔のクラムに魔法学園リュミエール入学を提案されてから約一年後、アリスは見事入学試験に合格。そして今は魔法学園リュミエール近隣のカズネ街に馬車に乗って向かっていたのだ。

「貴女もリュミエールの生徒ですか?」

 対面に座る若い女性がアリスに尋ねる。肩にかかる程度の赤髪、服は上が白のシャツに下が緑のズボン。無駄な肉はなく、がっしりとは言わないがきちんと体は引き締まっている。

「はい。新一年生です」

「私と同じですね」

「えっ!?」

 女性の言葉にアリスは驚いた。なぜならその女性は若いといっても大人として若い部類で教育途中の生徒には見えなかった。

「あ、ごめんなさい。一年生といっても私は近衛特務隊の一年生なんです」

「ああ! そちらの」

 魔法学園リュミエールは貴族のご子息や令嬢が通うため警備が厳重。

「近衛特務隊ということはやはり第三王子が入学しているという話は本当なんですか?」

「その問いには返答できません」

 女性はやんわりと断った。

 どうやらこの手の質問はよくあるのだろう。対応が上手であった。

「といっても私は一年目なので、そこらへんの話は何も知らないのですよ」

 女性は茶目っけに微笑む。

「私はラニー・レザーフォード」

「私はアリス・レイエスです」

「ずいぶんと軽装ですね」

「はい。足りないものはカズネ街で買うつもりなので」

「そういえばあそこは学園の物を取り扱う店が多い街でしたね」

「でもどうして私がリュミエールの生徒だと?」

 魔法学園リュミエールは貴族が多い。今のアリスは茶色の毛羽だったコートに安物の黒いシャツに赤いハーフパンツ、旅用の厚いブーツという田舎娘の出立ち。乗っている馬車も荷馬車だ。リュミエールの生徒には程遠い。

「魔法学園リュミエールは貴族の学園。けれど名前の通り、魔法が使える者にも門戸を開いている学園。ですので貴女の顔を見てビビッときたのです。貴女、魔法が使えますね?」

「すごいです」

 アリスはパチパチと拍手をする。

「嬢ちゃん、騙されてはいけないぜ。馬車に乗った時、ベルトに挟んだ杖が見えたんだよ」

 ラニーの隣に座る男性がネタバレを告げた。

 杖とは魔法の杖で大きさは指揮棒タクトほど。

「えっ!?」

「ちょっとバラさないでくださいよ」

 と、そこで急に馬がいなないて馬車が止まった。

「おっと」

 乗客達は急なブレーキでバランスが崩れたが、ひとりラニーだけはバランスを崩さなかった。

「どうしたのですか?」

 ラニーが御者に聞く。

「分からねえ。急に馬が……なんだ? 怯えているのか?」

 馬は前脚を上げて、けたましくいなないている。

 異変を探るようラニーは前方を見る。

 左右を崖壁に挟まれた谷間道。その前方に目を細める。

 すると前方から一台の馬車が猛スピードで駆けてきた。

 そして馬車はこちらに近づいて停まる。

「どうした?」

 アリス達側の御者が相手の御者に尋ねた。

魔猪まちょだ! 魔猪が一匹現れた!」

 そして相手はそれだけ言って、すぐに馬を動かして去っていく。

 魔猪とは猪型のモンスター。山に住み、ときおり山を降りて村の田畑を食い荒らす。さらには民家を壊して人を食べるという危険なモンスター。

「俺達もUターンして元来た道に戻ります」

「待った。その前に私を降ろしてくれませんか」

「えっ?」

「私は近衛特務隊です」

「でも魔物退治は専門ではないのでは?」

「ええ……ですが私は騎士です。騎士として時間は稼ぎます」

 ラニーは自分の荷物を持って、馬車を降りる。

「一人では無理ですよ」

「なに、魔物退治の実習は受けたことがありますし、魔猪一匹なら怖くもありません。皆さんはすぐに近くの街に避難を。そして援軍を寄越してください」

 そう言ってラニーは前方へと駆けた。

「では我々はUターンを……」

 御者がUターンをしようと馬を手綱で操るのだが、興奮した馬はいつも通りのように動いてくれず、荷台が崖に当たった。

「すまねえ。皆、大丈夫か?」

「ああ。皆、大丈夫だ……ん?」

 乗客の一人が異変を感じて、馬車の車輪を見る。

「大変だ。車輪が壊れてやがる」

「なんだって!?」

 御者が席を降りて、車輪を確認する。

 アリス達も荷台の上から車輪を見る。

 右の後輪が一つ凹んでいた。

「やっちまったな」

「直せるか?」

 御者がかぶりを振る。

「ここだけ外せばなんとか……」

 なんとかはなるだろうが全力で馬を走らせるわけにはいかないだろう。

「けど今はそうするしかねえよな」

「ああ」

 乗客の男が手伝い、御者と共に右後輪を外す。

「よしこれで……嬢ちゃん!?」

「私も降ります。ラニーさんのとこに向かいます」

「おい! 危ないぞ」

「大丈夫です。魔法使えますから。皆さんはゆっくりでもいいから避難してください」

 そしてアリスは馬車を降りて、ラニーのもとへと駆けた。

「本当に大丈夫なのか? 猪でなくて魔猪だぞ?」

 リュックの中で大人しくしていたクラムがリュックから頭だけを出してアリスに聞く。

「平気よ。私だって魔猪退治をしたことあるんだから」


  ◯


 魔猪まちょ一匹程度ならとたかを括っていたが、実物を見てラニーは逃げ出したい衝動に駆られた。

 なぜならその魔猪はラニーが以前実習で討伐した個体より遥かに大きく、そして獰猛で人間に危害しか与えない存在であった。

 剣を構えるがどうするか決めあぐねていた。

 相手は自分の三倍以上の大きさ。

 突進しても弾かれる。急所以外は大したダメージにもならないだろう。相手の攻撃は致命的。弾くことも出来なければ、避けるのも一苦労。しかもここは谷間道。

『ブォォォ!』

 魔猪が吠えた。

 左前足で地面を刈る。

 ラニーへの突進前兆だろう。

 ラニーは目を屈めて、タイミングを見計らう。

(上手く避けて、魔猪が崖壁に頭から突進。脳しんとうをしたところを剣でケツの穴を刺すか……嫌だな。この剣、新品なのに)

 しかもその剣はラニーが近衛特務隊に入ったと知った時にラニーの父が祝いとしてくれた物。

(父さんは安物と言ってたけど、実は高いんだろうな)

 魔猪が突進を始めた。

 ラニーはタイミングよく避け──れなかった。

(クソッ!)

 当たる──そう思った時、魔猪の突進が

 ラニーは魔猪の突進を避けることが出来た。

 そして魔猪は崖壁にぶつかった。

(何が?)

 ラニーは現状を確かめた。

 地面には氷があり、魔猪の足にも氷の痕が。

「ラニーさん、今です!」

 声に誘導され、ラニーは魔猪のケツの穴に剣を刺した。そしてひねって抜き取る。

 血が吹き出た。

『ブォォォ!』

 痛みで魔猪が頭を上げて吠える。

「ラニーさん、離れて」

 声の通りにラニーは魔猪から距離を取る。

 するとすぐに炎が魔猪を襲う。

 ここでラニーは声の方へと振り向く。

「アリス!」

 声からアリスだと分かっていた。けど、どうしてここにアリスがいるのか。

「どうしてここに?」

「馬車の後輪が壊れてしまって。それで降りたんです」

「でも魔猪だよ!」

「私も多少は心得があります」

 魔猪はゆっくりと振り返り、二人を認識して吠える。

『ブォォォ!』

「私が魔猪の動きを封じます。ラニーさんは隙を見て、ギッタギタに魔猪を斬ってください」

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2025年12月26日 15:00

師匠を殺された私は復讐のために魔法学園に潜入するも、なぜか復讐相手の令嬢を助けてしまう!? 赤城ハル @akagi-haru

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