師匠を殺された私は復讐のために魔法学園に潜入するも、なぜか復讐相手の令嬢を助けてしまう!?

赤城ハル

第1話 決意

 ハイエマン領の南東にあるラーゼ街。

 表向きは宿場町であるが、大通りを少し離れると退廃的な繁華街が広がる。さらに路地の奥に進むとドラックが蔓延はびこり、浮浪者がちらほらといて治安も悪い。

 そんな浮浪者のうろつく路地を入った先にあるオンボロ宿。その宿の屋根裏部屋に貧相な栗毛の髪を後ろで結った少女がクルミの殻を手で割りつつ、中の実をぽりぽりと食べていた。

 そこへ一匹の黒猫が屋根裏部屋の三角窓から軽やかに入ってきて、机の上に立ち止まり、

「アリス、良い情報を持ってきたぞ! って、またクルミかよ」

「別にいいでしょ。で、クラム、どうしたの? そんなに慌てて」

 黒猫の正体は少女の使い魔で名はクラム。

「ジェネラルの令嬢が魔法学園リュミエールに入学したらしいぞ!」

 ジェネラルの名を聞いてアリスは眉間に皺を寄せる。

 そしてクルミの殻を強く破ると中の実が弾け飛んだ。

 アリスは机の上に弾け飛んだクルミの実を慌てて集め、頬張り始める。

「その……名は、今、聞きたく……なかった」

 拗ねたようにアリスは言う。

「何言ってんだよ。なんのために俺達はこんな汚えボロ宿の屋根裏に暮らしているんだよ」

「それは……情報集め」

「そうだ。師匠の仇であるジェラルドを討つためだろ?」

 アリスには一人の師匠がいた。

 魔女リズベルト・ペイルマーク。

 ジェラルド領ペンサラの僻地でアリスと共に暮らし、薬と魔導具を作り、それらを売って生計を営んでいた。

 けれど二年前、麻薬の製造と密売の容疑で捕まり、公開処刑された。

 その後、アリス達は復讐のためにジェラルド男爵の情報をかき集めていた。そんな時にハイエマン伯爵が魔女リズベルトの処刑の件に疑問を抱き、独自に調べているという情報を得て、アリス達はここで情報収集を始めた。

 しかし、ここで得られる情報はハイエマン伯爵とジェラルド男爵との商業事情だった。

「ここでの情報も限界みたいだし。こっちも魔法学園に潜入すべきではないか?」

「潜入って、あそこは厳重だし、学園付近の街もと言いつつ学園からだいぶ離れているんだよ。なかなか情報は得られないかも」

 たまたま学園付近の街を訪れた学生か学園内を行き来している業者から情報を得るしかない。

「いやいや、潜入だって」

「だ・か・ら、潜入は難しいよ。あそこは腐っても魔法学園。貴族のご子息、令嬢を守るために防御結界や監視システムなどは強力だよ」

「馬鹿だなー。そうじゃねえよ」

「ん?」

 アリスはクルミの実を頬張る。

「お前も入学するんだよ」

「んん!? ぐっ……けほっけほっ!?」

 驚きでクルミの実が気管に入り、アリスは胸を叩いてむせた。

「私が!? なんで!?」

「そりゃあ、お前、年齢と知識だよ」

 アリスは今年で15になる。ならば入学可能。さらに魔女からの魔法やその他の知識を教わっている」

「いやいや、あそこは魔法学園でもだよ。平民が入れるわけないじゃない」

「フフッ、甘いなアリス。実は魔法学園リュミエールは平民にも門戸が開いているんだぜ」

「ええっ!?」

「しかも。ハイエマン伯爵の令嬢も来年に入学予定だってよ」

「それが何?」

「学園が平民にも門戸が開いているわけの一つに養子縁組が関わっているらしいぜ」

「養子縁組?」

「貴族に取り入って、養子になるって話さ。お前も入学してハイエマン令嬢に取り入って、養子縁組を申し出るのさ。ハイエマン伯爵はジェラルド男爵と仲が悪い。学園で情報を集めつつ、養子縁組さ」

「復讐のため貴族に養子縁組ってのはどうかな?」

「それともう一つある」

「まだあるの?」

「なんと第3王子が今年に入学したらしい」

「へえ」

 それはどうでいい情報だった。

「いやいや、へえってなんだよ。第3王子だぜ。王子と結婚なんて女の子の夢だろう?」

「まあね。でも、私みたいなのが第3王子のお眼鏡にかなうわけないよ」

 貴族の養子縁組でもハードルが高いのに、第3王子と結婚だなんてもっとハードルが高い。

「というか、クラムはどうしてそんなに学園の情報に詳しいの?」

「ハイエマン伯爵の敷地に忍び込んだ時にメイド達があれこれ喋ってたぜ」

「よく敷地に忍び込めたわね」

 相手は伯爵。怪しいものが入らないように屋敷は厳重だし、使い魔や害獣、毒虫が入らないように敷地内は魔法で対策をしているはず。

「まあ、敷地っていっても裏庭だしな。裏庭だから塀に抜け穴があってよ。そこからこっそりと潜入。そして外の者と使用人達が接点を持つところで情報収集してたんだよ」

「それでそんなに? メイド達や使用人にも屋敷の中のことは口外禁止されているはずだけど」

「今回、第3王子が魔法学園リュミエールに入学したことは秘密裏だったらしくてな。それでハイエマン伯爵は少し慌てたらしい。自分の娘より先にジェラルド男爵の令嬢が近づいてしまうってな。それで来年にリュミエールへ入学するために急いで家庭教師やらなんやらをかき集めたらしい。そしてその苛つきや焦りはメイドや使用人達にも当たり散らしてたくらいでな」

「なるほど。それで愚痴がこぼれたと」

「そういうこった。これはチャンスだぜ」

「無理だよ。私には」

 アリスは首を横に振り、その後で顔を手で覆い俯いた。

「ジェラルド男爵に復讐するんだろ?」

「そりゃあ……そうだけど」

「このままここであまりえきにならない情報を掴むより、奴の令嬢に近づいたり、ハイエマンの令嬢に取り入るのも一つの手だぜ」

「でも、貴族の学園だよ。学費とか……」

 平民にも門戸が開いているとはいえ、ボロ宿の屋根裏部屋に住むアリスには学費といった金銭問題が存在する。

「師匠がお前に託したお金があるだろ」

「あれは復讐のために!」

「それをここで使うべきだって」

 魔女リズベルトはジェラルド男爵の私兵に捕まる前、アリスに貯め込んだお金を渡し、アリスを安全な場所へと逃した。

「そのお金はさ、今後のためと、学費に使えって言ったよな。もしかして師匠もリュミエールに通えって意味だったんではないのか?」

「……」

「まっ、来年度の入学願書締め切りまでまだ時間がある。どうするかはお前が決めな。俺は所詮は使い魔だ」

 使い魔クラムは机から床へと飛び降りて、ベッドへと向かう。


  ◯


 その日、アリスはあの日の出来事を夢で見た。

 ジェラルド男爵の私兵が松明を片手に魔女リズベルトとアリスが住む屋敷へと向かってきていた。

「師匠、大変です。北が! 燃えてます!」

 北には森があり、その中にはリズベルトの畑がある。

 今はその森と夜空の境界が赤く染まり、煙が森の奥からもくもくと立ち昇っている。

「ありゃあー、これは畑が燃やされてしまったね」

「師匠、何を呑気に!」

「アリス、落ち着きな」

 リズベルトがアリスの頭を撫でる。

「大丈夫だよ。あんたはこれを持って、先に隠し小屋に行きなさい」

 リズベルトはアリスにリュックを持たせる。

「し、師匠は?」

「私はちょっと足止めをしておくさ」

「あの数ですよ」

 私兵が持つ松明の火が一列に並び、まるで蛇のように屋敷に向かってきている。

「私は魔女だよ。私の強さくらいは知ってるだろ?」

「……はい」

 実際に魔女リズベルトは強い。

 数を多くの魔法と知恵を持つ。

 まだまだアリスには知らされていないこともたくさん知っているはず。

 それでも、アリスはどこか不安だった。

 リズベルトの表情が妙に穏やかだから。

 それは余裕というよりも、まるで瀬戸際を覚悟したような──。

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