第4話
夕食の時間は、いつも通りだった。
テレビはつけたままで、音量は小さくしている。ニュースなのかバラエティなのか分からない画面を横目に、黙々と箸を動かす。特別な話題はない。今日の献立も、冷蔵庫にあるもので済ませたものだ。
「今日。」
妹が、少し間を置いて言った。
「友達から、家に来たいって言われて。」
箸を止めて、考える。
ああ、とすぐに思い当たる顔は浮かんだが、名前が出てこない。
「あー……あの、あの子?」
口に出してから、今さらだなと思った。
妹の友達なのに、名前を知らない。
「うん。蒼井さん。」
そうだったか、と心の中で復唱する。
同じ高校で、一つ上で、昼休みに一緒にご飯を食べている子。妹から聞いているのは、それくらいだ。
「来てもいいと思うけど。」
少し考えてから続ける。
「土日なら、俺は家、空けようか?」
自分でも、自然な提案だと思った。
妹の友達が来るなら、気を遣わせないほうがいい。放課後だとさすがに自分も部屋にいるけど、休日ならいくらでも調整できる。
妹は一瞬、目を瞬かせた。
「連絡して、聞いてみる。」
そう言って、スマホを取り出す。
画面を操作する指が止まったかと思うと、すぐに通知音が鳴った。
「……明後日の土曜日のお昼がいいみたい。」
即答だった。
「それと…。」
妹は、少し言いにくそうに続ける。
「お兄さんにも、会いたいって。」
一瞬、返事に詰まった。
気まずい、というのが正直な感想だった。何を話せばいいのか分からないし、そもそも話す話題も思いつかない。
でも、妹が初めて友達を家に連れてくる。
それに、これまでのことを考えると、断る理由はなかった。
「……うーん…分かった。」
そう言って、壁のカレンダーに目をやる。
土曜日の欄に、小さく予定を書き込んだ。
それだけで、少し緊張感を持つ。
⸻
蒼井さんが来るのは、嫌ではなかった。
どちらかと言えば、少し憧れていた「友達を家に呼ぶ」という出来事でもある。
でも、胸の奥がざわつく。
蒼井さんの、あの人当たりの軽さ。
誰とでも自然に話せる感じ。
それと、兄の、対外的に上っ面だけを整えるような態度。
二人が並んで話しているところを想像すると、私はそこから少し外れてしまう気がした。まだ何も起きていないのに、疎外される感じだけが先に浮かぶ。
それは、私の勝手な想像だ。
分かっている。
それでも、消えない。
兄は、大切な存在だ。
それを誰かに知られることが、手から零れていくみたいに感じる。所有欲に近い、嫌な感情だという自覚もある。
独占する権利なんてない。
そんなこと、分かっているのに。
蒼井さんも、兄も、悪くない。
だから、何も言えない。
考えているうちに、時間だけが過ぎていく。
当日になれば、なんとかなる。そう思うことで、考えるのをやめた。
ベッドに横になり、目を閉じる。
眠りに落ちる直前まで、苦い味わいが残っていた。
次の更新予定
終わりまで。 濃紅 @a22041
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