第2話

準備期間中に行える召喚は、五回。

数字として見れば多い。

だが――

同じ種族は二度と召喚できない。

その一文が、やけに重く感じられた。

(失敗は許されない、か)

強い種族を呼ぶべきか。

希少な個体を狙うべきか。

考えは浮かぶ。

だが、どれも現実味がなかった。

今のダンジョンは狭い。

罠もない。

戦闘を想定した構造ですらない。

背伸びをすれば、壊れる。

視線を落とす。

リムが、すぐそばにいた。

ぷる、と体を揺らし、

こちらを見上げている。

何かを期待しているわけではない。

ただ、一緒に考えている。

そんな気がした。

(なら……)

俺は決めた。

《召喚対象選択》

一覧が表示される。

下級魔物。

どれも似たり寄ったりだ。

その中で、

ひとつだけ目に留まった。

ゴブリン

単純。

弱い。

知能は低いとされている。

だが――

「扱いやすい」という評価が、逆に気になった。

(扱いやすい、か)

それは、

命令すれば動く、という意味だ。

俺は、

それをあまり求めていなかった。

「これでいこう」

選択を確定する。

リムが、

わずかに体を震わせた。

止めるでも、促すでもない。

ただ、

見届けるように。

床に魔法陣が浮かび上がる。

淡い光。

派手さはない。

魔力の消費も、

確かに少ないと感じた。

光が収束し、

一つの影が形を成す。

現れたのは、

小柄なゴブリンだった。

武器はない。

防具もない。

だが、

こちらを見る目だけは、はっきりしている。

ゴブリンは、

一瞬周囲を見回し――

すぐに俺の前で膝をついた。

命令はしていない。

声も出していない。

それでも、

そうするのが当然だとでも言うように。

(……早いな)

忠誠というより、

理解が早い。

「立て」

短く告げる。

ゴブリンは素直に立ち上がった。

だが、

次に何をすればいいのかは分からないらしい。

指示待ち。

その様子を、

リムが静かに見ていた。

スライムは近づき、

ゴブリンの足元で止まる。

ぷる、と一度だけ揺れた。

(……まだ、名は要らない)

俺は判断した。

「お前は、ここにいろ」

具体的な役割は与えない。

命令とも言えない、

ただの配置だ。

ゴブリンは、

少しだけ戸惑い――

それでも、頷いた。

その場に立ち、

ダンジョンの一部になる。

(観察期間だ)

どんな動きをするか。

何を理解し、何を理解しないか。

名前を与えるのは、

それからでいい。

リムが、

俺の足元に戻ってくる。

《……》

声にならない感覚が伝わる。

《同じ》

「まだ、だな」

俺はそう返した。

リムは、

それで納得したようだった。

召喚回数:残り四。

たった一体。

されど、一生に一度の選択。

最弱のダンジョンマスターは、

こうして最初の一歩を踏み出した。

それは、

数を増やすための一歩ではない。

存在を見極めるための一歩だった。

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