進化の果てに
@Ru-i3
第1話
目を覚ましたとき、
俺はすでにダンジョンの中にいた。
理由は分からない。
いつからいるのかも分からない。
ただ、ここが外ではなく、
そして――自分の場所だという感覚だけがあった。
足元で、わずかに音がした。
水が揺れるような、
柔らかい感触。
視線を落とすと、
そこに小さなスライムがいた。
透明に近い体。
輪郭は曖昧で、
形も定まっていない。
逃げない。
敵意もない。
最初から、そこにあった。
(……ああ)
理由もなく、そう思った。
「お前……」
声を出しても、
スライムは動かない。
ただ、こちらを見ている。
見ている、というより――
感じ取っている、に近い。
不思議と、違和感がなかった。
まるで、
自分の体の一部が
視界に入っているような感覚。
手足ではない。
心臓でもない。
でも、
失くしたら困るもの。
「名前……か」
名前が必要だと思った。
理由は分からない。
意味も深く考えていない。
ただ、
このまま“何でもない存在”でいるのは
違う気がした。
「……リム」
仮の名。
それ以上でも、それ以下でもない。
呼んだ瞬間、
スライムがわずかに震えた。
形が、ほんの少しだけ安定する。
それだけだった。
だが――
それで十分だった。
《ダンジョン初期化完了》
無機質な文字が、
空中に浮かび上がる。
《ダンジョンマスター起動》
《外部遮断:有効》
《準備期間を開始します》
ダンジョンマスター。
言葉の意味は分からない。
だが、否定する気にもならなかった。
(俺が……か)
納得している自分がいた。
周囲を見回す。
岩に囲まれた空間。
狭く、何もない。
罠もない。
通路も短い。
だが、
不安はなかった。
なぜなら――
足元に、リムがいる。
それだけで、
「大丈夫だ」と思えた。
リムは動かない。
だが、
じっとこちらを感じ取っている。
何かを探すように。
何かを求めるように。
(役に立ちたい、のか)
そう思った瞬間、
スライムが小さく揺れた。
否定も肯定もない。
ただ、
そこにいるという主張。
「今は……何もないな」
ダンジョンも。
力も。
仲間も。
あるのは、
名を与えたスライム一体だけ。
それでいい。
最初は、
何もなくていい。
《準備期間中:召喚可能回数 5》
新しい情報が浮かぶ。
取り返しのつかない数字だと、
直感で分かった。
(……慎重にいこう)
リムを一瞥する。
スライムは、
小さく、確かに、頷いたように見えた。
こうして、
最弱のダンジョンマスターの準備期間が始まった。
まだ誰も知らない。
この名もないダンジョンが、
やがて世界の基準を変えることを。
そして――
その中心にいるのが、
一体のスライムであることを。
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