高嶺さんのWEB恋愛小説は実話です。

朝霧いお

高嶺さんのWEB恋愛小説は実話です。

■この小説(仮)に身に覚えがありすぎる件


 その日俺は、とんでもない事に気が付いてしまった。


「え? ……もしかしてこの小説、俺のことじゃないか?」


 有名なWEB小説投稿サイト――の、日間一位に燦然と輝く小説のヒーロー役。そのキャラクターの名前と状況が、あまりにも俺と似ていたのだ。


 タイトルは、『同じクラスの男の子に電車で助けていただいたのですが、これからどうしたらよいでしょうか?』。


 内容は、『普通の学校』に通う高校1年生の『お嬢様』である主人公が、電車登校の際、満員電車で困っていたら、同じクラスの男子生徒に助けられる、というヒロイン視点の(おそらく)現代恋愛もの。

 そして俺は、この小説が投稿が開始されたちょうど同じ日の朝に、学校一の『お嬢様』を電車で助けていた。

 

【コトノ:コメントありがとうございます!

 そうですね。積極的に話しかけるのは大事ですよね。ハルくんも日和さんと同じで、甘い食べ物がお好きなんです。お昼休みにはいつもお菓子を召し上がっていらっしゃるので、それを話題にお話出来るよう頑張ります!】


 俺の本名は『瀬崎晴人せざきはると』――ネットリテラシー的に名前をそのまま使うのはどうかとは思うが、『ハルくん』と呼ばれても違和感はない。


 因みにこの『返信』が書かれた翌日にあたる今日の昼休み、一週間ほど前に電車で困っていたところを助けたお嬢様、『高嶺琴乃』さんに話しかけられていた。


『ハル……瀬崎くん。甘いものがお好きでしたら、よかったらこちらはいかがですか?』


 高嶺さん(教師すらさん付けである)はそう言って、俺に高級洋菓子を差し出した。


『高そうだし、悪いよ』

『実は先日、知人に沢山いただいてしまって。私一人では食べきれないので、甘い物がお好きな方に食べていただきたくてお持ちしたんです』


 確かそう――返した記憶がある。

 小説のコメント欄を見ると、お菓子の渡し方についても『コトノ』さんはアドバイスされているようだった。


【コトノ:コメントありがとうございます!

 そうですね。お一人にだけ渡してしまうと、ハルくんを困らせてしまうかもしれません。明日はクラス全員にお渡しできるよう、沢山お菓子を持参しようと思います。】


 事実今日の昼休み、高嶺さんは大量のお菓子を持参して、クラスメイトに配っていた。


「こんな偶然、本当にあるのか?」


 金曜日に更新された最新話のあとがきには、作者コメントとして、こんな言葉が添えられていた。


【明日は月曜日です。また、学校が始まります。ハルくんと仲良くなるためには、私はどうしたらいいのでしょうか?】


「いや……まさか、な?」


 小説が投稿され始めてから、まだ1週間程度。

 俺のような人間が、この国にもう1人いたという可能性はまだ十分ある。

 とりあえず、明日になればわかるだろう。

 俺はそう考えて、スマートフォンの画面をオフにして眠りにつくことにした。




■ミッション!


「おはようございます。瀬崎くん」

「……おはよう。高嶺さん」


 翌朝教室の扉を開けると、高嶺さんが俺に挨拶してくれた。昨日の今日で彼女をまっすぐに見れなかった俺は、急いで自分の席に着いた。

 だが、これで安心できるわけではない。


 窓際の、一番後ろの席。

 『ごきげんよう』という言葉が似合いそうな、我が校きってのお嬢様である高嶺さんの席は、実は俺の隣なのだ。


 ……そういえば、途中で寝てしまったけれど、今日の高嶺さんのミッションは何だっただろうか。などと、ぼんやり俺が考えていると。


「……あの、瀬崎くん」

「ん? どうかした?」

「実は私、教科書を忘れてしまって。見せていただけませんか?」

「え?」


 俺は素早く高嶺さんに背を向けて、カバンの中のスマートフォンであの小説を確認した。

 そこには、こんなコメントが書かれていた。


【席隣なら、まずは『教科書見せて』をやらなきゃだよね! 定番だよね!】


 お……お、お前かあーーっ! 


 誰だよお前。なんで真面目で品行方正、忘れ物なんて一度もしたことのない高嶺さんに、教科書を忘れて俺に見せてもらうように仕組んでるんだ! この人が忘れものなんてしようものなら、「爺や」みたいな人が届けてくれそうなレベルなのに!(この認識はやや誤りかもしれない)


「すいません。やっぱり難しいでしょうか?」

「あっごめん。ちゃっと考えごとしてて……。教科書を見せるのは勿論いいよ。席つけていいかな?」

「席を……つける?」


 俺の言葉に、高嶺さんはきょとんとした表情をした。


「うん。俺も机近付けるから高嶺さんも机近付けてくれる?」

「はい。ありがとうございます!」


 高嶺さんは声を弾ませて笑顔になった。

 男子からの視線をひしひしと感じるが、今は気にしないことにする。

 仕方ない。だって、学校一の美少女が、俺みたいなモブと仲良くするなんて普通ありえないから。ある意味、俺のようなモブに偏見を持たずに接してくれるあたりが、高嶺さんの育ちの良さの現れなのかもしれないけれど。


「……でも、珍しいね。高嶺さんが教科書忘れるなんて」

「はい。瀬崎くんに教科書を見せていただきたくて」

「え?」

「?」

 

 その時、俺と高嶺さんの間に微妙な沈黙が流れた。


「……あ」


 高嶺さんは、あからさまに「しまった」という表情かおをした。


「ち、違うんです! わ、わざと忘れたわけではなくて。忘れてしまったので、瀬崎くんに見せていただきたくて……っ!」


「うん。大丈夫だから。落ち着いて」


 どうどう。

 俺は、明らかに墓穴を掘った高嶺さんに苦笑いした。


 ――この人、しっかりしてるけど意外と抜けてるんだろうか?




■高嶺さんの小説の中の俺がかっこよすぎるんだが


「やっぱりこれって、高嶺さんのアカウントなのか?」


 夜に更新された最新話は、教科書を見せてもらった女主人公の言い間違いを、ヒーローが爽やかに笑って流す、というものだった。

 

「いやでも、俺はこんなにかっこよくないしなあ……」


【「珍しいね。高嶺さんが教科書忘れるなんて」

「はい。教科書を見せていただきたくて」

「え?」

「?」


 その時、私とハルくんの間に、沈黙が流れました。

 ハルくんが何故か驚いた表情をしていることに気がついて、私はようやく、その原因に気が付きました。


 ――私は今、何を言ってしまったのでしょう!


 私は、顔に熱が集まるのを感じました。

 これでは、ハルくんに教科書を見せていただきたくて、私がわざと教科書を忘れたのだと自白したようなものです。本当はロッカーの中には教科書があるなんて、ハルくんには決して知られてはなりません。


「違うんです。わざと忘れたわけではなくて。その……本当に、今手元にないので、見せていただきたくて……!」


 嘘は言っていません。だって、今私の手元に無いことは事実なのですから。

 けれど、いくらお話するためとはいえ、こんなふがいない私を彼に見せることが良いことだとは、とても思えませんでした。誠実に生きろと、そのために普通のご家庭の価値観を学ぶためにこの学校に入学したというのに、今の私は、高嶺家の人間に相応しくありません。


 ――でも。

 慌てて私が言うと、ハルくんは柔らかく、私に微笑んで下さいました。

 その時は私は、胸の高鳴りを感じざるを得ませんでした。

 少し明るめの茶色の瞳、柔らかそうな焦げ茶の髪。少しだけ長い前髪の向こうから、温かな色で見つめられると、まるで私の心の全てを見透かして、見守ってくれているようにすら思えます。

 ハルくんは、本当に優しい方です。あまり人の見ていないところで気遣いができる方――(以後称賛の嵐)】


 ……うん。誰だろう、これ。

 俺が若干くせっ毛で目が茶色なのは確かだが、ここまで高嶺さんに褒めてもらえるほどのルックスは俺にはない。


「やっぱり別人なのか?」


 そう判断するのが外見描写というのが、若干傷付くポイントではあるけれど。


「それにしてもこの小説、あきらかにコメント数が多いな……?」


 ランキングに乗るのはもともと注目されている小説だ。コメントが多いのは納得できるが、他と比べてもかなり多いようだった。

 画面をスクロールして――俺は、その真相に辿り着いた。


「わかった。これ、『参加型掲示板小説』なんだ!」


 美少女を助けたことから始まるラブストーリー。

 ここまでなら、ただの恋愛小説で終わっていたに違いない。

 高嶺さんの小説がランキングをかけ上がったのには、彼女の投稿サイトの使い方が関係していたのだ。


 読者コメントへの『お嬢様(作中ヒロイン)なりきり返信(と読者に誤解されている※本当は実話)』と、『返信内容が小説の本編に反映される』という、リアルタイムに更新される『掲示板』のような使い方。

 読者のコメントに従って、その日学校で起こったこと(というテイ※本当は実話)を更新するというのは目新しく、読者の心を強く掴んでいるらしかった。


 更新する日は、必ず平日の20時半頃。

 学生が学校を終えて、今日あったことを日記感覚で書いて更新したと仮定すると、あり得る時間だ。

 いやまあ、お嬢様も女子高生も、設定ではなく事実なのだから、意図せずしてこの時間になっているんだろうけど。


「なんという偶然の一致」


 奇跡のWEB小説投稿ゴールデンタイム!


「あ」


 俺がそんな事を考えていると、新しいコメントが書き込まれて、高嶺さんがそれを受け入れたようだった。


【案内してほしいと言って、放課後デートに誘おう!】


 どうやら次の彼女のミッションは、俺をデート(?)に誘うことらしい。


■彼女と放課後デート


「ここが俺のおすすめのお店」

「わあ! とってもおいしそうです!」


 翌日、俺は高嶺さんに誘われて放課後デートをすることになった。

 お嬢様である彼女は『買食い』というものをしたことがなく、教えてほしいと頼んできた。


「お会計は300円ね」

「これでお願いします」

「はい。ありがとう」


 学校の近くの和菓子屋には、餅や団子のほかに肉まんも売っている。価格も良心的なため、うちの生徒のなかにも通っている人間を俺は知っている。

 この物価高の世の中、150円で手作りのいちご大福が買えるのもポイントが高い。


 ちなみに、この店の近くには公園がある。

 高校の授業の終わりということもあってか、子供のいない公園のブランコに俺が座ると、高嶺さんは少し迷った後、俺の隣のブランコに乗った。


「はい。これ、高嶺さんの分」

「ありがとうございます」


 高嶺さんは一口食べてから――。


「おいしい!」


 彼女は目を輝かせた。


「すごいです。瀬崎くん! この苺、甘酸っぱくてでもしっかり美味しくて! 中のこし餡も丁寧作られていますし、外の求肥も柔らかくてとっても美味しいです!」


 高嶺さんはグルメリポーターが憑依したかのように味を述べてくれた。が、そのあとすぐにハッとした顔をして、ううむと眉間に少ししわを作っていちご大福を見た。


「でもこんなにお安くていいのでしょうか……? 経営は大丈夫なのでしょうか……?」


 俺たち庶民は安くて美味しいとラッキーと思うわけだが、高嶺さんは目の付け所が経営者だった。


「うーん。駄目そうなら値段を上げるんじゃないかな」

「でも、ここは少し人が少ない場所にあります。手間もかかっていそうですし、この価格で利益を出すのは難しいのではないでしょうか」


 うーんと唸る高嶺さんに俺には苦笑いした。


「……高嶺さんって、大人みたいなこと言うんだね」

「えっ!?」


 高嶺さんは一度目を大きく見開いてから、それから困ったように目を伏せた。


「その、私はお父様から幼い頃から色々教わっていて……」


 高嶺さんの家は、確か飲食店や菓子の製造を行う企業もあると噂で聞いたことがある。

 俺でも知っているような会社が、彼女と関わりがあると知った時、当時は驚いたものだ。


「そういえば、高嶺さんはなんでうちの学校を選んだの?」


 ――高嶺さんなら、俺たち庶民が通うような学校じゃなくて、もっといい学校にいけたはずなのに。


 俺の素朴な疑問に、高嶺さんは静かに目を伏せる。


「この国に生きる方々が、何を見て何を考え過ごしているのか――それを学ぶよう、この学校に入学する際父に言われたのです。電車でのことも、その関係で」

「…………なるほど」

 

 つまり、庶民を学ぶために彼女はこの学校に来たらしい。

 俺にとってはただの日常なのに、何故かスケールの大きい話をされた気がする。


「でも、そうしたら、迷子になってしまって」

「あー。乗り換えって、初めてだと分からないことあるよね」


 『送り迎え』が彼女の日常だったなら、迷路のような駅や朝の満員電車は苦行だったに違いない。


「だから瀬崎くんに出会えて、とても心強くて。ただあの日からずっと、瀬崎くんに頼ってばかりになってしまっているのですが……」


 高嶺さんは、何故か決意したような表情をして俺の目を見た。


「でも私、これからももっとたくさんのことを、瀬崎くんには教えていただきたいんです」

「う、うん。それは大丈夫だけど……?」


 俺が思わずそう返したその日の夜、小説の更新のコメントはこんな文章で溢れていた。


【Youもうそのまま告っちゃいなよ!】



■告白ミッション?

「あの、瀬崎くん。今日も一緒に帰ってもいいでしょうか?」

「う……うん。勿論?」

「?」


 昨夜のコメントもあり、俺は朝から妙に緊張していた。

 告白っていつするのが普通なのか(モブのため無知)――と、ソワソワしたまま放課後になり、俺は若干挙動不審気味に返した。


「駅まで歩く?」

「はい!」


 スタスタスタ。スタスタスタ……。

 駅までの間、何を話していたかよく覚えていない。


「あれ。人身事故で電車遅れてるのか」


 駅は人で溢れていた。少しの時間復旧を待って電車に乗った俺は、数駅ほど過ぎてから、高嶺さんの表情が暗いことに気がついた。


「……高嶺さん?」


 満員電車。

 なぜ彼女は、体を震わせているんだろう?


「……はる、く」


『たすけて』


 彼女の唇が弱々しく動いたのに気づいて、俺は彼女の後ろに立っていた男の手をつかんだ。


「――何やってんだ。お前」


 ぐっと、腕をつかむ手に力を込める。


「すいません。この人痴漢です」


 俺の言葉に、電車の中が少し騒がしくなる。


「え?」

「何々。どうしたの?」

「痴漢だって」

「えっ。やば」


 観衆の目は、俺と痴漢に向けられる。

 男は暴れたが、周囲の大人たちの協力もあり、男は完全に退路を塞がれていた。

 まあ、走行中の電車の中だから、逃げようもないのだけれど。


「くそっ。何だよ。離せよっ!」

「離すわけないだろ。現行犯」

「なんで俺が……! くそがっ! 大人しそうな顔して騒ぎやがって! お前が黙ってればよかったんだ!」


 男の言葉に、俺の中でプチンと何かが切れた。

 駅について、電車の扉が開く。人の流れに紛れて逃げようとする男を、俺は思わず背負投した。

 子供の頃、習って良かった護身術。


「ああっ!?」

「――ふざけんな。お前の汚い言葉、高嶺さんに聞かせんな」


 高嶺さんは、高嶺の花で、清らかな人なのだ。こんな男に汚されて言いわけがない。


「やった自覚があるなら、おとなしく罪を償え」



 その後、『爺や』と呼ぶにふさわしい老人が現れ、事の顛末などを俺はおとなたちに説明することになった。

 思わず手を出した件についてはお叱りは受けたものの、犯人を捕まえた俺はどこか清々しくさえあった。

 

「瀬崎くん。今日は、ありがとうございました」


 『爺や』さんの車の中で俺を待っていた高嶺さんは、ようやく開放された俺に頭を下げた。


「ううん。俺は大丈夫。それよりごめんね。高嶺さんにとって、辛い記憶になっちゃって」


 高嶺さんは純粋な人だ。

 本当は、こんなことに巻き込みたくはなかった。


「すぐ気付けなくて。今度はああいうことが起きないようにするから。……いや、あんなことがあったあとじゃ、もう電車なんて乗りたくないよな……」


 告白されるかも、なんて浮かれて、彼女を蔑ろにするなんて――悔いても悔やみきれない。

 そんな俺の手を、高嶺さんはそっと掴んで言った。


「瀬崎くんとなら、また乗りたいです」 

「え?」

「瀬崎くん。――私ずっと、貴方にお伝えしたいことがあったんです」

 

 高嶺さんは、真剣な目で俺を見上げていた。

 その瞳を見て、俺の頭の中にある言葉が浮かんでいた。


【Youもうそのまま告っちゃいなよ!】


 しかし男たるもの、女子から告らせていいものなのか。

「あの、高嶺さん、俺――……」

 俺が、意を決して口を開いた時、高嶺さんから予想外な言葉が聞こえて俺はピタリと動きをとめた。


「お願いします。私と、お友達になってくださいませんか!?」


「…………えっ?」


 その「告白」に、俺は理解できずに一瞬固まってしまった。


「と……友……だち?」

「はい。私、中々学校になじめなくて。瀬崎くんが、私が学校で一番気を許せる方なんです」


 確かに、高嶺さんは周りから慕われてはいるが、『友達』というより『憧れ』の対象となりやすい人だ。


「好きな和菓子屋に案内したし、俺はもう友達だと思ってたけど」

「そうだったんですか!?」

「それに、友達って、お願いしてなるものじゃなくていつの間にかなってるものじゃない?」

「……そうなんですね」


 高嶺さんの表情が少し曇る。

 もしかしたら高嶺さんのお嬢様の交友関係は、俺が思うより複雑なのかもしれない。


「……じゃあ私たち、もうお友達なんですね」

「うん」

「あの、じゃあ、瀬崎くん。お友達として、お願いがあるんです。高嶺さん、じゃなくて。瀬崎くんには私のこと琴乃って――名前で呼んでほしいんです」

「……琴乃、さん」


 彼女の名前を口にして、俺はかあっと顔が赤くなるのがわかった。

 なんだこれ。女子と下の名前で呼ぶなんて、小学生以来でかなり恥ずかしいかもしれない。


「こ、琴乃さんも、俺のことした下の名前で呼んでいいから」

「……はい。晴人くん」


 そして彼女は、赤面を晒した俺とは違い、俺の名前を呼んで幸せそうにふわっと微笑んだ。


 


 その夜の彼女の小説のコメント欄は荒れに荒れた。

 まあ、彼女の小説もどきのWEB小説のジャンルはよく見たら『恋愛』ではなく『現代ドラマ』だったわけだから、そもそも読者の期待が間違っていたというのが正しいのだけれど。


【友だちで満足なの? その感情は、友だちでいいの!?】

【おい作者! お嬢様なりきりはいいが、こんな終わりがあっていいと思ってるのかよ!】

【ハッピーエンドに期待して読んでたのになんだこれ……】


 非難轟々である。

 まあ仕方ない。

 ただ俺は、現実の彼女を知っている。高嶺琴乃という人はお嬢様で人柄もよく、真面目だがやや天然で――そして、どこまでも真っ直ぐな人なのだ。


 彼らが言うように、この小説(仮)が、読者を振り回すために書いたわけではないことは、俺には断言できる。


 彼女はきっと、俺に感謝してくれたのだ。

 だからモブでしかない俺に、恩を返す方法や、感謝を伝える方法を知りたかった。そしてただ彼女は、本当の友達が欲しかっただけなのだと俺は思った。


 ――だから。


「……最後くらい、俺もコメントを書いておくか」


【小説の完結、おめでとうございます。コトノさん、ハルくんと仲良くなれて良かったですね。コトノさんは、どうか自分の気持ちを大事にしてください。仲良くなりたいという気持ちと、恋愛感情はイコールではないと思うので。自分の感情に名前をつけられるのは、自分だけだと俺は思うから。コトノさんがこれからも楽しい学生生活を送れるよう、応援しています。】


 俺と彼女の物語は、恋愛小説じゃなくったって構わない。


 俺と彼女の関係は、お嬢様だった彼女にとって見知らぬ地で、偶然通りすがっただけの存在モブにすぎない。


 あとがきに書かれた、【これまで私を応援してくださった方々、本当にありがとうございました。】という丁寧な謝辞に俺は苦笑いして、俺はスマートフォンの画面をオフにした。


 大量の批判コメント。

 ここまで批判されては、『コトノ』先生が、二度とWEBの世界に現れることはないだろう。

 だって『高嶺琴乃』という人に、批判という言葉は似合わない。彼女には白が似合う。悪意で黒く染まるくらいなら、その場所自体から離れたほうがいい。


 俺にとってのWEB小説は、遠い世界で、画面の向こう側で――ずっと、『非日常』だったはずなのに。

 息抜きだった世界が自分事になって、その物語が終わってしまったのだと思うと、俺は胸がすっと軽くなったような、ぽっかりと心に穴が開いてしまったような、不思議な感覚につつまれた。


 わからない。自分の感情に名前をつけられるのは、自分だけだとしたら――ピリオドが打たれたこの関係に、俺がつけたかった名前はなんだったのか。


「……あー。しばらく俺、小説読めないかも」


 その夜、さあさあと静かな雨が降った。

 俺の心に薄くかかった雨では流れ落ちてくれないような気がした。




■この感情に名前をつけるなら、それは。


「お、おはようございます。晴人くん」

「……おはよう。琴乃さん。今日は電車なんだ?」


 昨日の今日だ。

 てっきり彼女は、もう電車には乗らないだろうと思っていたのに。


「はい。……あの」

「うん?」

「電車、晴人くんのそばに立っていてもいいですか?」

「別に俺は構わないけど……」


 安心する? のだろうか。ひよこが初めて見た存在を嫌だと認識するみたいに、ちょこんとそばに立たれて、俺は不思議な気持ちになった。


「俺がここで壁になるから、琴乃さんはこっちに立ちなよ」

「……ありがとうございます!」


 ぱっと、高嶺さんの顔色が明るくなる。やはり、

 触れてしまえるくらいの距離だ。


 WEB小説家(仮)のコトノさんは、どうやら新作をアップしたようだった。

 タイトルは――。


『電車で助けてくれた同じクラスの男の子を好きになってしまったかもしれないのですが、これからどうしたらよいでしょうか?』


「……?」


 新作のタイトルを見て、俺は動きを止めた。

 思考が追いつかない。だって俺と彼女の物語は、友情エンドで終わりだったはずなのに。


 俺は、そばに立っていた高嶺さんに目をやった。

 スマートフォンを両手で持った彼女は、どこか嬉しそうな表情をして、何かを書き込んでいるようだった。

 と同時に、俺の読者画面に通知が入ってきた。

 どうやら高嶺さんは、昨日の俺のコメントに返信してくれたらしい。


【コトノ>>甘味好きさん、昨日はコメントありがとうございました。

 貴方のコメントを読んで、自分の気持ちについてもっと考えてみようと思いました。この感情が、大切な友人に対する感情なのか、それとも将来を共にしたい方への感情なのか――初めての感情に、頑張って向き合ってみたいと思います。今朝は、彼と同じ電車に乗りました。私のことを気遣って、壁、というのでしょうか。今も人混みから、私を守ってくださっています。ハルくんは、本当に優しい方です。この感情にまだ名前をつけることは出来ていませんが、今はただ、彼に相応しい人間であれるよう、日々努力したいと思っています。

ですので、私の学校生活について、これからも応援していただけると嬉しいです。】


 『お嬢様』である琴乃さんにとって、付き合う=結婚なのかもしれない。俺は、将来大人になった彼女の姿を思い浮かべた。


『おかえりなさい。晴人くん』


 微笑みかけて、彼女が笑う。その姿を想像するだけで。


 ――なんで俺、こんなに…………胸が苦しいんだ?


【新作! いや、正統なる続編!! ありがとう。甘味大好き! お前のおかげで続きが読めるぞ。】

【やったー! 甘酸っぱい青春楽しみにしてます!】

【毎日更新待ってます。お体にはお気をつけください。】

【俺知ってる。これ2部で、3部は『電車で助けてくれた同じクラスの男の子を好きなってしまったのですが、これからどうしたらよいでしょうか?』になるんだよね。ですよね?】

【恋人編――いや、結婚編まで続いてほしい。幸せな家庭を築け。ハル×コト推せる。】

【俺たちは作者の手のひらの上で踊らされてた……っコト?】


 この小説(仮)を、『フィクション』として楽しむ読者たちのコメントを目で追っていると、電車が揺れて俺は思わず前に手をついた。


「ご、ごめん! 高嶺さん!」


【電車の中で壁ドンシチュとかいいよね。定番なんていくらあってもいいんだから。】


 体勢は意図せずして、読者コメントのリクエスト通りのだ。


 まずいまずいまずい!

 俺はすぐさま謝って、急いで離れようとして――高嶺さんの表情に気付いて呼吸を止めた。高嶺さんは、耳まで真っ赤にして俺を上げていた。

 そして、パチっと俺と目が合った後、彼女は俺から視線をそらし、代わりに無言で、素晴らしい指さばきでスマホで何か打ち込み始めた。

 ……おそらく、今の出来事を早速打ち込んでいるのだろう。

 今日はいつもより早い時間に、小説は更新されるかもしれない。


 そう思うと、なんだか少し、俺は面白くなってしまった。


 今一番注目されている恋愛小説(仮)の最新話のストーリー。更新される前に、俺は内容を知っている。

 ――だって。少なくとも、俺にとっては。

 


 高嶺さんのWEB恋愛小説は実話なんだから。



                  



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

高嶺さんのWEB恋愛小説は実話です。 朝霧いお @asagiriio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画