第6話 真の力の解放(クライマックス)

「はぁっ、はぁっ……! 見てろよ、時任! お前から吸い上げたこの魔力で、俺が最強であることを証明してやる!」


 守からMPを全譲渡された五味は、全身から湯気のような魔力を立ち昇らせながら吠えた。恐怖心は、溢れんばかりの力能感によって麻痺していた。


「燃え尽きろォ! 【極大・焦熱地獄(マキシマム・インフェルノ)】!!」


 五味が両手を突き出すと同時に、彼が持つ魔力の全てと、守から搾取した魔力の全てが奔流となって解き放たれた。 直径数メートルに及ぶ、紅蓮の巨大火球。それはこれまでの比ではない熱量を伴って、真っ向から魔獣に炸裂した。


ドォォォン!!


 爆音が轟き、熱波が周囲の砂をガラス状に変える。魔獣の巨体が炎に包まれ、その歩みが止まった。


「ハハハ! 見たか! これが俺の、真の力だ!!」


 五味は勝利を確信して快哉を叫ぶ。だが、炎が揺らめき、その向こう側が露わになった瞬間、彼の笑顔は凍りついた。

魔獣は、生きていた。 鋼鉄の殻は赤熱し、所々が融解してはいたが、致命傷には程遠い。魔獣は苛立ちを露わにし、ギチギチと不快な音を立ててハサミを振り上げた。


「嘘だろ……!? これでも、倒せないのかよ……!?」


 五味の膝がガクガクと震え出す。万策尽きた。今度こそ、本当に終わりだ。彼が絶望に腰を抜かした、その時。


「……五味。それが全力か?」


 背後から、冷え冷えとした声が聞こえた。 五味が振り返ると、MPが尽きて倒れていたはずの守が、何事もなかったかのように静かに立ち上がっていた。


「と、時任……? お前、どうやって……」

「どいてろ。邪魔だ」


 守は五味を一瞥もせず、魔獣の前に進み出た。 その瞬間、守の周囲の空間が、熱ではない何かの力場によって歪んだ。

 キィィィン、と耳鳴りのような高音が響き、守の眼前に浮かぶステータスウィンドウが、激しいノイズと共に一瞬だけバグったように書き換わった。


[魔力:測定不能 (Error)]

[スキル出力:300% Fixed]

[状態:限界突破]


 それは瞬きする間もない、サブリミナルのような刹那の出来事。五味はおろか、世界の誰もその異常な数値を認識することはできなかった。

だが、その結果として顕現した「現象」は、誰の目にも明らかだった。

守が、軽く右手をかざす。 ただそれだけの動作で、世界の色が変わった。


「――消えろ」


 放たれたのは、五味のような「火球」などという生易しいものではなかった。 五味の放った紅蓮の炎が、マッチの火にすら見えないほどの、絶対的な白熱の奔流。 それは、火炎放射というよりは、局地的な太陽フレアの顕現だった。

倍どころではない。桁が違う。 次元の異なる熱量が、咆哮を上げようとした魔獣を飲み込んだ。

 音すら置き去りにする閃光。 魔獣は炭化する暇すら与えられず、一瞬で原子レベルまで分解され、蒸発した。

だが、光の奔流は止まらない。魔獣の背後にあった夜の森を、扇状に数百メートルにわたって消し飛ばし、大地を抉り、遥か彼方の海面を沸騰させてようやく収束した。

 後には、直径数十メートルの巨大なクレーターと、ガラス化した地面から立ち昇る白い蒸気だけが残された。

圧倒的な破壊の後に訪れた、深淵な静寂。

五味は、あ然と口を開けたまま、腰を抜かして震えていた。 彼の視線の先には、月明かりの下、埃を払うように手のひらを振る、カースト最下位だったはずの少年の背中が、悠然とそびえ立っていた。

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