第5話 窮地の救済と「ギフト」の行使
「い……嫌だ、死にたくない……! 誰か、誰か助けてくれよ!!」
魔獣の巨大な影が五味を覆い隠す。 砂浜に叩きつけられた五味の右腕は、不自然な方向に折れ曲がり、真っ赤な鮮血が砂を汚していた。取り巻きたちが逃げ去った静寂の中で、彼の悲鳴だけが虚しく響き渡る。
魔獣は、逃げる獲物よりも、目の前の「動けない肉」を優先した。カチ、カチとハサミを鳴らし、死の宣告を下すかのようにゆっくりと、だが確実に距離を詰めていく。
「ひぃ、ああああっ!!」
五味は折れた右腕を庇うことすら忘れ、なりふり構わず這いずり回った。かつて「王」として君臨していた男の面影はない。泥と鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった顔を歪ませ、無様に砂を掻き、ただ一秒でも長く生き延びようと、芋虫のようにのたうち回る。
その絶望の淵に、一人の影が差した。
「……五味。そんなところで何してるんだ?」
静かな声。修羅場には似つかわしくないほど冷静なトーン。 顔を上げた五味の視界に映ったのは、ボロボロの制服を着た、カースト最下位の男――時任守だった。
「と、時任……!? 時任か!! 助けて、助けてくれ!!」
五味は、守がそこに立っている理由など考えもしなかった。ただ、目の前に現れた唯一の生存者に、その剥き出しの生存本能をぶつけた。
「う、うああああああ!!」
五味は折れた腕を引きずりながら、守の足元に縋り付いた。 泥にまみれた手で守のズボンの裾を強く掴み、鼻水を垂らしながら、その靴に顔を擦り付けるようにして叫ぶ。
「時任、お前、ギフトがあるだろ! 俺に力を分けろ! 全部だ! 全部よこせ!! 死にたくないんだ、頼む、頼むよぉっ!!」
五味の指先が、恐怖でガタガタと震えている。守を見上げるその瞳には、かつての傲慢さは微塵もなく、ただ「自分のために犠牲になれ」という、浅ましくも切実な強欲さだけが充満していた。
「お前はパシリだろ!? 俺のために尽くすのが仕事だろ!? なあ、お願いだ、時任さま、時任さま……!! 俺を助けてくれたら、日本に帰ったあと何でもしてやる! 金もやる! 靴だって舐めてやるから!! だから、助けてくれよぉおっ!!」
嗚咽と共に溢れる、醜悪な命乞い。 守は、自分の足元で震える「かつての支配者」を、まるで道端に落ちている石ころを見るような、冷徹な目で見下ろしていた。
守の心の中にあったのは、怒りでも同情でもない。 ただ、システムが告げる「条件」が満たされたことへの、淡々とした確信だった。
「……いいよ。お望み通り、『ギフト』をあげる」
守は、震える五味の背中にそっと手を置いた。
「【聖者の全能譲渡】――出力、全開」
守のウィンドウ上のMPが、猛烈な勢いで「0」に向かって減少していく。 それと引き換えに、守の胸元から溢れ出した白銀の光が、五味の全身へと吸い込まれていった。
「あ……あああ……!! 身体が、熱い……力が戻ってくる……!!」
五味のHPゲージが急速に回復し、折れた骨が不気味な音を立てて繋がっていく。守は、全エネルギーを使い果たしたフリをして、その場に力なく膝を突いた。
「はは……ハハハハハ! 復活だ! 復活したぞ!!」
力を得た瞬間、五味の態度が豹変した。 彼は守の肩を突き飛ばして立ち上がると、まだ冷めやらぬ恐怖を誤魔化すように、魔獣に向かって怒声を上げた。
「見てろよ化け物! 時任のカスから絞り出したこの力で、お前をぶち殺してやる!!」
だが、五味は気づいていない。 守が与えたのは、ただの「燃料」に過ぎないということを。 そして、その燃料を燃やせば燃やすほど、守の視界に流れる**「フィードバック:300%」**という真の権能が、守をさらなる次元へと押し上げていくことを。
「さあ、五味。……お前の『最高の一撃』を見せてくれよ。それが、俺の力になるんだから」
泥の中に膝を突いたまま、守は静かに、その時を待っていた。
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