第4話 絶対強者の失墜
四日目の深夜、島を震わせる地響きと共に、森の闇を切り裂いて「それ」が現れた。
全長五メートルを超える巨躯。岩石のように硬質な殻を背負い、鎌のように鋭いハサミを不気味に鳴らす原生生物――「甲殻魔獣(シェル・ビースト)」だ。
「ひっ、化け物……!」
「五味、五味くん! 助けてくれ! お前が最強なんだろ!?」
さっきまで五味に阿諛追従(あゆついしょう)を並べていた取り巻きたちが、悲鳴を上げながら五味の背中に群がった。恐怖で顔を歪ませる彼らにとって、五味はもはや友人ではなく、自分たちを守るための「盾」に過ぎなかった。
「フン、任せろ。この島はステータスの数値が全てだ。攻撃力50の俺の火炎に、焼けないものなんてねぇんだよ!」
五味は傲慢に笑い、魔獣へと歩み寄った。 その頭上には、燃え盛る火柱のようなエフェクトと共に、ステータス・ウィンドウが輝いている。
職業:火焔術師 攻撃力:50
対する魔獣の頭上にも、無機質なウィンドウが浮かび上がった。
種族:甲殻魔獣 防御力:120
「死ねッ! 【焦熱の紅蓮(バーニング・フレア)】!!」
五味の両手から、夜の森を昼間のように照らす猛烈な火柱が放たれた。轟音と共に炎が魔獣を包み込む。取り巻きたちは歓喜の声を上げ、「さすが五味さまだ!」「殺せ!」と残酷なエールを送る。
だが、爆炎が晴れた後、そこにいたのは無傷の魔獣だった。 煤(すす)一つ付いていない鋼の殻を揺らし、魔獣は嘲笑うかのように触角を震わせた。
「な……なんでだ……直撃したはずだぞ……!?」
五味の顔から血の気が引く。 数値は残酷だった。攻撃力50は、防御力120の壁を一枚も突き破ることはできない。この世界の絶対法則は、精神論や気合を嘲笑う。
直後、魔獣の巨大なハサミが空を切り、五味の胴体を真っ向から薙ぎ払った。
「ぎあああああああっ!!」
絶叫。五味のHPゲージが、目にも止まらぬ速さで真っ赤に染まり、危険域(Danger)を告げる警告音が鳴り響く。彼は一撃で後方の岩壁まで吹き飛ばされ、砂浜に無様に転がった。
「五味……? おい、負けたのかよ……?」
さっきまで五味の靴を舐める勢いだった取り巻きの一人が、呆然と呟いた。その瞳から、瞬時に敬意が消え、軽蔑と冷酷な打算が宿る。
「おい、冗談だろ……! こいつ、最強じゃなかったのかよ!?」
「ただのハッタリかよ! 攻撃力50なんて、何の役にも立たねぇじゃねぇか!」
五味は血を吐きながら、必死に手を伸ばした。
「ま、待て……まだだ……! 誰か、俺を助けて、薬を……」
「うるせぇよ! お前が弱いせいで、俺たちまで死ぬところだったんだぞ!」
一人の男子生徒が、五味の伸ばした手を冷たく蹴り飛ばした。
「おい、逃げるぞ! こいつはただのデカいエサだ! こいつが食われてる間に俺たちは森へ逃げるんだよ!」
「賛成だ! 役立たずにかまってる暇はねぇ!」
一分前まで五味を「王」と仰いでいた者たちが、蜘蛛の子を散らすように背を向けた。転ぶ五味を一顧だにせず、むしろ足手まといを切り捨てられたことに安堵すらしている、醜悪な掌返し。
「待って……行かないでくれ……! 助けて、みんな!!」
五味の悲痛な叫びは、夜の風にかき消された。 キャンプの火は消えかかり、逃げ惑う級友たちの背中が遠ざかっていく。 残されたのは、重傷を負って身動きの取れない「かつての支配者」と、その肉を喰らおうとゆっくり歩み寄る巨大な死神だけだった。
その絶望の影で、守だけは静かに、その光景を見届けていた。
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