第3話 偽りの献身と蓄積される「原本」
遭難から三日が経過した。 南国の太陽は容赦なく照りつけ、墜落の生存者たちの精神をじわじわと削り取っていく。 墜落現場から少し離れた岩場に築かれた不格好なキャンプ。そこでは、文明社会の法律に代わり、手の甲に刻まれた「数値」という剥き出しの理が全てを支配していた。
「おい、家畜。ぼさっとしてんじゃねぇよ。火力が落ちてんだろ」
五味の罵声が響く。彼は焼け残った高級な機内食を一人で貪りながら、足元に這いつくばる守の頭を、泥にまみれた靴で踏みつけた。
五味は自身の火炎能力【焦熱の支配者】を、調理や夜の防衛、そして「恐怖による統治」に転用していた。逆らう者には容赦なく火を放ち、自分に媚びる者だけに食料を与える。この三日間で、彼はただのいじめっ子から、独裁者へと変貌を遂げていた。
「おい、時任。次の『充電』だ。俺の取り巻きたちが拠点作りで疲れてるんだよ。早くしろ」
守の役割は、文字通り「家畜」だった。 五味に従うカースト上位の生徒たちが疲弊するたび、守は自分の生命力(HP)と精神力(MP)を削り取り、彼らに分け与えることを強要される。
「……わかった。ギフト、起動」
守が震える手をかざすと、彼の胸元から淡い光の粒子が溢れ出し、五味の取り巻きたちへと吸い込まれていった。 視界の端で、守のステータスウィンドウがアラートを発する。
HP: 12 / 100 (重度疲労・脱水症状) MP: 2 / 50
「ああ……力が戻ってきたぜ。サンキューな、時任」
「お前の能力、マジで便利だよな。死なない程度に削れるしよ」
潤った顔で笑う生徒たち。対照的に、守の顔からは血の気が引き、土気色に変わっていく。膝がガクガクと震え、意識が遠のくほどの倦怠感が全身を襲う。
「時任くん……! もうやめて、死んじゃうよ!」
たまらず駆け寄ったのは、長谷部瑠璃だった。彼女は自分の飲みかけのペットボトルを差し出し、守の肩を支える。
「五味くん、ひどすぎるよ。時任くんは昨日から何も食べてないんだよ!?」
「あぁ? なんだ瑠璃、そんなゴミを庇うのか? せっかくの美人が台無しだぜ」
五味は立ち上がり、瑠璃の手からペットボトルを叩き落とした。貴重な水が砂に吸い込まれていく。
「いいか、こいつは『電池』なんだよ。電池が壊れたら捨てればいいし、壊れるまで使い倒すのが礼儀だろ。お前もあんまりこいつに肩入れすると、お前の飯も無しにするぞ?」
「っ……」
瑠璃が唇を噛み、悔しさに目を見開く。彼女の手が震えているのを、守は見逃さなかった。
(……ごめん、長谷部さん。君にまで、こんな思いをさせて)
守は瑠璃の手をそっと払い、自力で地面に手をついた。 惨めで、無様で、救いようのないパシリ。周囲の生徒たちは、次は自分がいつ「ギフト」を貰えるかという強欲な眼差しで守を見つめている。
「ハハハ! 見ろよこの顔。相変わらずお人好しだな、時任は。自分の体力を削って他人に尽くすなんて、無能なパシリにぴったりの能力だぜ。おい、次はあっちの奴らにも分けてやれよ。一滴残らず絞り出してやるからな」
五味の嘲笑。クラスメイトたちの冷たい視線。 だが、泥を啜るような屈辱の底で、守の視界には「彼らにしか見えない」死神のカウントダウンが流れていた。
『通知:原本【身体強化】を複製完了。フィードバック:提供値の300%分、全基礎ステータスを永続加算します』
『通知:原本【火焔支配】の構造解析が90%を突破。間もなく「原本・改」として統合されます』
(……笑ってろ、五味。お前らが俺から力を奪えば奪うほど、俺の中にはその三倍の『死』が溜まっていくんだ。……この島で、誰が本当に『王』なのか、すぐに教えてやる)
守は、割れた金時計の破片を握りしめ、溢れ出しそうな力を押し殺して再び泥の中に顔を伏せた。
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