IMAGICA.1-04 レベルアップ
『おめでとうございます。ネムリさまはレベルアップなさいました』
脳内のファンファーレとともに、コハクタクが再び出現した。
『初めてのレベルアップでありましたため、ご説明が必要かと思い参上いたしました。不要であれば失礼いたしますが、いかがなさいますか?』
「そ、それはありがたいけどさ、こんな危なっかしい場所で呑気に説明を受けていても大丈夫なのかな?」
『はい。プレイヤーさまがその場を動かぬ限り、新たなモンスターとはエンカウントしない仕様となっております。ただし、一歩でも移動するとその効果は無効となりますのでお気をつけください』
そんな仕様は最初から説明しておいてほしかったと、ネムリは内心で嘆息をこぼす。ともあれ、これでようやく一息つけるようであった。
『それではまず、ウィンドウでステータスをご確認ください』
確認すると、確かにステータスの数値が変動していた。
『HP』が50から53に、『ちから』と『ぼうぎょ』が10から12に、『きようさ』が5から6に変動し、そこの数字がピコピコと点滅している。
『さらに、ボーナスポイントとして3ポイントをお好きな項目に割り振ることが可能となります』
「3ポイントか……あのさ、やっぱり戦士っていうのは『すばやさ』や『かしこさ』が上がりにくいものなのかな?」
『はい。その職業に必要な数値が上がりやすい仕様となっております』
「ふむ。ちなみに『かしこさ』を上げると、どういうメリットがあるんだろう?」
『「かしこさ」は、魔法の攻撃力と防御力に関わる数値となっております。戦士と武闘家は魔法を使うことがかないませんので、そちらにボーナスポイントを割り振るのは非効率的であるかと思われます』
ならばと、ネムリはまたボーナスポイントのすべてを『すばやさ』に割り振ることにした。
ゴブリンとの戦闘においては先手を取られることが多かったが、それはネムリが動揺していたためであろう。いざ戦いが始まってしまえば互角以上の素早さであるようだったので、さらに敏捷性を上げればより楽に戦闘を進められるように思えた。
また、すべてのゴブリンを一撃で退治することができたのは、きっと大枚をはたいた『モーニングスター』のおかげであろう。この場でゴブリンを相手にするならば、攻撃力はもう十分である。そうして『ぼうぎょ』は今後のレベルアップと防具の購入によって補強がききそうであったので、ここはやはり『すばやさ』を重視するべきであるように思えた。
(やばいな。僕、完全に楽しんじゃってるぞ)
ネムリは改めて、ステータスの数値を確認してみた。
◆ネムリ / おとこ / せんし / レベル2
◆HP:53 / 53
◆MP:0 / 0
◆FP:223
◆ちから:12+18
◆きようさ:6+2
◆ぼうぎょ:12
◆すばやさ:18
◆かしこさ:2
◆けいけんち:11
◆ゴールド:6
◆そうび:モーニングスター
適応値たる『FP』は、倍以上の数値に跳ね上がっている。
コハクタクの三つの目が『お見事です』と語っているように思えてならなかった。
「……あれ? 何回かダメージを食らったはずなのに、HPが回復してるみたいだね」
『はい。レベルアップをいたしますと、「HP」と「MP」は全回復される仕様となっております』
「なるほど。次のレベルアップには、どれぐらいの経験値が必要なんだろう」
『それを知るには、僧侶の魔法か特別アイテムが必要となります』
ならば、とりあえずは戦い続けるしかない。
しかし、この調子でモンスターが出現するならば、三箇所の攻略ポイントを巡り終える前に力尽きてしまいそうであった。
「しばらくは、この辺りで経験値かせぎでもしょうかな。……他のプレイヤーはどんな進み具合なんだろう?」
『申し訳ありません。他プレイヤーさまの情報はお伝えできない仕様となっております』
「そっか。まあ、人のことを気にしてもしかたがないよね」
ネムリはコハクタクに笑いかけたつもりであったが、バクの顔ではどのような表情になっているかも知れたものではなかった。
「ありがとう。それじゃあ、プレイを続けるよ」
『恐縮です。それでは、失礼いたします』
コハクタクの姿が、消失した。
ネムリはウィンドウをマップ表示に戻してから、息をつく。
ネムリの肉体――根室恒平の肉体が眠りに落ちてから、いまだに一時間は経過していないだろう。
この夢の中でも同じスピードで時間が流れるならば、起床の時刻まであと六時間以上は残されているはずだった。
(それまでにステージ1をクリアできたら、上々かな)
そうしてネムリが足を踏み出すと、たちまち周囲の茂みがガサリと揺れた。
◇ ◆ ◇
それから数時間が経過して、ネムリは『鍵の欠片』を二つまで獲得することができた。
レベルは9まで上がっており、防具も『鋼の鎧』と『鋼の兜』を購入している。この頃になると、たいていのゴブリンは無傷で倒せるようになっていた。
(でも、だんだんレベルが上がりにくくなってるな。レベル8から9までは、ゴブリンを100体ぐらい倒した気がするぞ)
そんな風に考えながら、ネムリは最後の攻略ポイントを目指して歩を進めていく。
鋼の防具はなかなか立派な外見をしていたが、重さを負担に感じることはなかった。ほどよい重みが防御力の確かさを示しているかのようで、むしろ心地好いぐらいである。また、戦闘中においても『すばやさ』にボーナスポイントを注ぎ込んだネムリの俊敏性が損なわれることはなかった。
(それに、何時間も戦いっぱなしなのに疲れたりお腹が空いたりすることもないし、これならいくらだって遊んでいられるな)
適応値を示す『FP』などは、すでに3000を超えてしまっている。
時間が経てば経つほどに、ネムリはこの《イマギカ》における活動をいっそう楽しく感じるようになっていたのだった。
(さて、最後の攻略ポイントは、そろそろか……)
ネムリがそのように考えたとき、左右の茂みがガサリと鳴った。
甲冑を纏ったゴブリンが、左右から三体ずつ出現する。
さきほどの攻略ポイントの周囲でも出現した、アーマード・ゴブリンである。
殺した人間から装備を剥ぎ取ったという設定であるのか、小さな身体にサイズの合っていない甲冑を無理やり纏っている。手に握っているのは、戦斧や長剣だ。
ネムリは慌てることなく、まずは右側の茂みに飛び込んだ。
攻撃力と防御力が高い分、このモンスターたちは動きが遅いのである。スピードに特化したネムリにとっては、通常のゴブリンよりも与し易いぐらいであった。
ただし、油断をして攻撃をくらうと、かすっただけで大ダメージになってしまう。ネムリは慢心せず、相手の動きに注意しながら、的確に攻撃を撃ち込んでいった。
『すばやさ』や『FP』が上がるにつれて、ネムリはますますなめらかに動くことができるようになっている。
身体の奥底から力があふれてきて、自由自在に動くことがかなうのだ。
万能感とまではいかないが、確かにこれは現実世界では味わえない昂揚と悦楽である。ネムリは大きな充足感とともに、六体のアーマード・ゴブリンを返り討ちにした。
しかし、経験値とゴールドの獲得を伝えるアナウンスが流れない。
ということは、まだどこかに伏兵が存在するということだ。
ネムリは素早く周囲を見回したが、どこからもモンスターの出現する気配は伝わってこなかった。
まさか、ゲーム上の不具合か何かだろうか――と、ネムリが首を傾げそうになったとき、頭上の茂みがガサリと鳴った。
視線を上げたネムリの目に、奇怪なゴブリンの姿が映る。
そのゴブリンはフードつきのマントを纏っており、その手にねじくれた木の杖を携えていた。
(何だろう。新手のモンスターかな)
ともあれ、ゴブリンが潜んでいるのは三メートルほどの頭上だ。この《イマギカ》においてなら、それぐらいの高さまで跳躍することも容易であった。
『モーニングスター』を手に、ネムリは地面を蹴る。
奇怪なゴブリンの姿が、すぐさま目前に迫った。
そうして、ネムリが武器を振り下ろそうとした瞬間――ゴブリンが、『ゲエッ!』と濁った声をあげた。
それと同時にねじくれた杖の先が真紅に輝き、そこから生まれた炎の塊がネムリの土手っ腹にぶち当たる。
びりびりと痺れるような感触が、ネムリの腹を突き抜けていった。
脳裏には、『48pt』というダメージポイントが浮かんで消える。
ネムリはバランスを失って、あっけなく地面に落ちてしまった。
「な、何だ、今のは? ひょっとして、魔法の攻撃か?」
慌てて身を起こして頭上を振り仰ぐと、ゴブリンの杖が再び赤く輝いていた。
ネムリはいったん後ずさり、その攻撃が発動されるのを待ち受ける。
炎の弾丸が、再びネムリへと放出された。
サッカーボールぐらいの大きさをした、炎の塊だ。
ネムリはその攻撃を回避してから、再び跳躍した。
木の杖を振りかざしてくるゴブリンの横っ面を、『モーニングスター』で叩きのめす。
『84pt』というダメージポイントとともに、そのゴブリンは消滅した。
地面に降り立ったネムリの脳内に、ひさびさのファンファーレが鳴り響く。
『経験値17、ゴールド14を獲得しました』
『ネムリはレベル10に成長しました』
『ネムリはスキル「六道の舞」を習得しました』
ネムリはその場から動いてしまわないように気をつけながら、ウィンドウを確認した。
まずは、あの奇妙なゴブリンの確認からだ。一度討伐したモンスターは、ファイルに名前と特徴が記載される仕様となっていた。
◆ゴブリン・シャーマン:攻撃魔法「炎の弾」を使用する。身体能力はノーマルのゴブリンと同程度。獲得経験値5。獲得ゴールド2。
モンスターファイルには、そのように表記されていた。
「なるほどね。能力値が普通のゴブリンと変わらないなら、落ち着いてかかればこっちが先制できたはずだな」
それからネムリは、ついに習得することがかなった戦士のスキルというものを確認してみた。
◆六道の舞:相手に与えたダメージポイントと同じ数値のHPを回復することができる。
ネムリは首を傾げつつ、ひさかたぶりにコハクタクを呼び出した。
『何かご用事でしょうか、ネムリさま』
「うん。この戦士のスキルっていうのは、どうやって使ったらいいのかな?」
『戦士のスキルは魔法と同じく、音声入力によって発動されます』
「なるほど。なかなか役に立ちそうな能力だけど、使用制限とかはどうなってるんだろう?」
『スキルは、スキルポイントの残数によって使用の回数が制限されます。スキルポイントは数値でなくスキルゲージで表示され、それを回復させるには時間の経過を待つか、セーフティゾーンに移動するか、特別アイテムを使用する必要が生じます』
「スキルゲージ? それは、どこに表示があるのかな?」
『スキルゲージの表示と消去は、音声入力にてお願いいたします』
ネムリがその指示に従うと、視界の片隅に緑色のバーが浮かび上がった。
視線を動かしても、そのバーは右上の隅から動かない。それは何だか、汚れのついた眼鏡をかけているような心地であった。
「これはちょっと気持ち悪いかな。スキルゲージを消去」
緑色のバーは、すみやかに消滅した。
「スキルを使うとゲージのポイントが減って、時間が経つにつれて回復するということだね。今の僕だと、どれぐらいの頻度でスキルを使うことができるんだろう?」
『レベル10のネムリさまがスキル「六道の舞」を発動いたしますと、次の使用までには五分ほどの回復時間が必要となります。レベルが上がるにつれて回復時間は短縮される仕様であり、強力なスキルほど多くのスキルポイントを消耗する仕様となっております』
「なるほどね。了解したよ。説明ありがとう」
『恐縮です。それでは、失礼いたします』
コハクタクが、音もなく消え去った。
最後にレベルアップのボーナスポイントを『すばやさ』に加算してから、ネムリは「よし」とうなずく。
「レベルアップでHPも満タンになったし、最後の攻略ポイントに向かうとするか」
パーティメンバーがいないので、すっかり独り言のクセがついてしまったネムリである。
しかし、ネムリの心は自分でも驚くぐらい浮き立ってしまっていた。
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