IMAGICA.1-03 バトルフィールド
根室恒平こと小さきバク人間の戦士『ネムリ』は、コハクタクの案内によってバトルフィールドとやらに移動した。
移動手段は、瞬間移動である。ネムリが「ステージ1に移動」とウィンドウに呼びかけるだけで、周囲の景色は一瞬で変異した。
昼なお暗き、森の中である。ステージ名は、『ゴブリンの森』であった。
『こちらの「ゴブリンの森」におきましては、モンスター討伐のチュートリアルを行うことが可能です。ネムリさまは如何なさいますか?』
「うん、それじゃあお願いするよ」
『では、モンスター討伐のチュートリアルを開始いたします』
コハクタクがそのように告げると同時に、背後の茂みがガサリと鳴った。
振り返ると、黒い木偶人形が茂みの陰からネムリたちをうかがっている。
『擬似モンスターとエンカウントいたしました。プレイヤーさまのレベルが低い状態で高レベルのモンスターにエンカウントされますと、先制攻撃される可能性が高くなりますのでご注意ください』
木偶人形はその手にくくりつけられた黒い棒きれを振りかざしながら、のろのろとネムリたちに近づいてきた。
『プレイヤーさまが攻撃すると、ダメージポイントが表示されます。こちらは非表示に設定することも可能です』
「えーと、あれは他のプレイヤーじゃないんだよね?」
『はい、チュートリアル用の擬似モンスターでございます』
それでもネムリはなるべく『モーニングスター』のトゲがぶつからないように配慮しつつ、木偶人形を軽く小突いてみた。
すると、木偶人形の頭上に『24pt』という数字がきらめいた。
そして、接近したネムリにのろのろと棒きれが振りおろされてくる。
ネムリがあえてその緩慢な攻撃を受けてみると、頭にこつんというささやかな衝撃が生じて、『2pt』という数字が脳内で知覚された。
『ご自分のダメージポイントも、頭上に表示されております。パーティを組んでいる際は、それでメンバーのダメージを確認することが可能となります』
「なるほどね。この後はどうしたらいいのかな?」
『擬似モンスターを討伐してください。ダメージポイントの大小に拘わらず、二回の攻撃で討伐できる仕様になっております』
ネムリはさっきよりもやや力を込めて、木偶人形の胴体を叩いてみる。
『35pt』という数字がきらめいたのち、木偶人形はぼんっと砕け散って黒い塵と化した。
そうしてネムリの頭の中には、デジタルな音声で『経験値1、ゴールド1を獲得いたしました』というアナウンスが響きわたった。
『経験値とゴールドを獲得されました。また、擬似戦闘で失われたHPも回復されております。ウィンドウでご確認ください』
言われた通りにウィンドウを表示すると、確かにアナウンスされた通りの数字が加算されており、HPも50のままだった。
それと、もう一つの変化が生じている。FPの値が、107に増えていたのだ。
「えーと、この適応値ってやつがずいぶん上がっているようだけど」
『はい。バトルフィードに移動した時点で12ポイントが、チュートリアルを終えた時点で23ポイントが、それぞれ加算されました。これは目覚しい上昇だと思われます』
それだけネムリがこの状況を楽しんでいる、という証であろうか。
ネムリとしては、夢なら夢で楽しく過ごすしかないと割り切った結果であった。
『チュートリアルは以上となります。ミッションを開始する前に、マップの表示をお願いいたします』
マップを開くと中心に青いマークが光っており、あとは不規則に赤いマークが三つほど表示されている。そして、青いマークのすぐそばには緑色の小さな矢印が点滅していた。
『中心の青いマークがスタート地点です。スタート地点に立ちますと、「はじまりの町」に帰還することが可能となります』
ネムリが後方を振り返ると、最初に立っていた辺りに青い光で魔法陣が描かれていた。
『緑色の矢印は、ネムリ様の現在地と向いている方角を示しております。こちらのフィールドには川や断崖なども配置されておりますが、プレイヤーさまのお通りになった区域だけがマップに記載される仕様となっております』
「なるほど。それじゃあ、三つの赤いマークは?」
『それは本ステージの攻略ポイントとなります。その位置に隠されている「鍵の欠片」をすべて入手いたしますと、本ステージのゴール地点がマップ上に示されて、そこから「第一の町」に向かうことが可能となります』
「それでこの森を脱出できれば、ミッションクリアってことだね。ちなみに、他のプレイヤーもあの魔法陣から続々とやってくるのかな?」
『いえ。プレイヤーさまには、それぞれ異なるスタート地点が設定されております。パーティを組んだメンバーのみが、同じ地点からスタートする仕様となっております』
15000名ものプレイヤーが同じ場所から出入りしていたら、大変な騒ぎになってしまうことだろう。ネムリは「なるほど」と納得した。
『なおかつ、他プレイヤーさまのバトルには干渉できない仕様となっております。他プレイヤーさまが討伐に失敗して「はじまりの広場」に自動送還された場合にのみ、生き残ったモンスターとエンカウントする可能性が生じます』
それで、必要な情報はすべて出揃ったようだった。
『ご質問がなければ、わたくしは退室させていただきます。戦闘中でなければバトルフィールド内においてもわたくしとアクセスすることは可能ですので、いつでもご遠慮なくお声をかけてください』
「了解したよ。案内ありがとうね」
『恐縮です。それでは、失礼いたします』
コハクタクの姿が、かき消えた。
後に残されたのは、不自然なまでに静まりかえった森のみである。
(ところどころ不自然な点はあるけれど、夢とは思えないリアルさだな。本当に、現実世界に戻れるんだろうか)
そんな風に考えつつも、ネムリはまったく思い詰めていなかった。
なるようにしかならないというあきらめの境地に至ったのか、不思議なぐらいに心のほうは安定していた。
(自力で目を覚ますなんて器用な真似はできないもんな。現実世界で目覚ましアラームが鳴るのを待つしかないさ)
ネムリは『モーニングスター』を引っさげて、てくてくと歩き始めた。
マップを表示したまま、まずは手近な攻略ポイントを目指す。自分が歩いた場所は淡い黄色で塗り潰されて、道や木々の配置などが記載されていくようだった。
しかしどこまで歩いても、森は静まりかえっている。
熱帯雨林を思わせる緑豊かな場所であるのに、ここには生命の息吹というものがいっさい感じられなかった。
(ものすごく精巧なセットの中か……もしくはやっぱり、CGの中を歩いているような気分だな)
そうして森の獣道をしばらく突き進むと、横合いの茂みがガサリと鳴った。
反射的に振り返ると、奇怪なモンスターが茂みの上から上半身を出していた。
緑色の皮膚と赤い瞳を持つ、悪しき妖精――ゴブリンである。
背丈は、ネムリよりもやや大きいぐらいであろうか。頭でっかちで胴体は細く、デフォルメされたキャラクターっぽい造形であるのに質感が妙に生々しいため、なかなか薄気味が悪い。
しかし、そのようなことをのんびりと考察している場合でもなかった。
そのゴブリンは、弓矢でネムリを狙っていたのだ。
ネムリが立ちすくんでいる間に、ゴブリンの矢が放たれる。
「うわあ!」と叫んで、ネムリは『モーニングスター』を振り回した。
完全に無意識の所作であったが、それでゴブリンの矢はあらぬ方向に弾き返された。
ゴブリンは獣のようなうめき声をあげて、第二の矢をセットする。
ネムリは意を決して、ゴブリンのほうに突進した。
その途中で、ゴブリンが矢を放つ。
『モーニングスター』を振り回したが、今度の矢はネムリの肩に命中した。
かすかな衝撃と不快な感触が走り抜けて、脳裏に『5pt』の数字が浮かび上がる。
それにはかまわず、ネムリは得物を振りおろした。
ゴブリンの肩口に、『モーニングスター』の先端が激突する。
『51pt』のダメージポイントとともに、ゴブリンの肉体は塵と化した。
『経験値2、ゴールド1を獲得いたしました』というアナウンスを聞きながら、ネムリは「ふう」と息をつく。
「ああ、びっくりした。肩に矢が当たったはずだけど……痛くもないし、傷痕も残ってないみたいだな」
ただし、ウィンドウでステータスを確認してみると、確かにHPは50から45に減じていた。
「痛くはないけど、HPが0になるのを体験したいとは思えないな。しばらくはスタート地点の近くで経験値とゴールドを稼いだほうがいいんだろうか」
そうしてネムリが一歩だけ足を踏み出すと、頭上の梢がガサリと鳴る。
嫌な予感とともに視線を向けると、枝の上に二匹目のゴブリンがいた。
今度のやつは手にショートソードを掲げており、奇声を発しながら跳びかかってくる。
再び「うわあ!」と叫びながら、ネムリは『モーニングスター』を振り回した。
その先端が、ゴブリンの横っ面をしたたかに殴打する。
『56pt』の数字とともに、そのゴブリンも消滅した。
「や、やっぱりちょっと心臓に悪いな。ひとまずスタート地点の近くに……」
ガサッ、ガサッ、ガサッ、とあちこちの茂みが一斉に鳴った。
三体のゴブリンが、ネムリを取り囲む格好で出現したのだ。
一体は遠距離から矢を放ち、残りの二体はショートソードを手に駆け寄ってくる。
ネムリは、無我夢中で応戦することになった。
背中に矢が刺さるのを感じながら、ゴブリンの一体を叩きのめす。
もう一体のショートソードはネムリの腕をかすめて、そこでもわずかにダメージポイントが宣告された。
しかし痛みはなかったので、ネムリはかまわずに『モーニングスター』を旋回させる。『クリティカル! 103pt』の数字とともに、ゴブリンはけし飛んだ。
残るは、矢をかまえた一体だ。
そのゴブリンは逃げる気配も見せずに、二発目の矢を射ってきた。
ネムリはその場で矢を払ってから、ゴブリンのほうに突進する。
驚くほどに、身体が軽かった。
きっと現実世界の根室恒平では、こんな風に数メートルの距離を一気に詰めることなどはできなかっただろう。
その不可思議な感覚を心地好く思いながら、ネムリは『モーニングスター』でゴブリンの脳天を粉砕した。
三体目のゴブリンも、あっけなく消滅する。
それと同時に、ネムリの脳内に軽やかなファンファーレが響き渡った。
『レベルアップです。ネムリはレベル2に成長しました』
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