第2話 復縁と絶縁。
長い回想をしている間に全員の自己紹介が終わったようで、今日はこれで解散となった。放課後を迎えて、彼女と言葉を交わしたくて仕方なかった僕は、即座に真後ろを振り向いた。
「あの……。」 「あの……。」
僕らは同時に言葉を発した。目の前で着席していた少女は、紛うことなきクラモチ アカリ、その人だった。彼女は少し顔を綻ばせてこう言う。
「久しぶりだね、陽太くん。」
「やっぱり、あのアカリちゃんなのか……。」
「……間違ってはいないけど、その呼び方はこっぱずかしいから止めてね。」
「ご、ごめん、つい四年前のノリで……。」
「愛花梨でいいよ。」
「急にハードルが上がったな……。まぁ、頑張って慣れるよ。」
「……慣れなくていいんだよ。」
「え……?」
「でも、また陽太くんと再会できるなんて思ってもみなかったよ。」
「こんな奇跡、あり得るんだな。」
「奇跡……、そうだね。確かに奇跡だね。」
彼女は僕に小学生の頃と同じ笑顔で応じようとした。しかしどうも彼女は僕との再会を、心の底から歓喜している様子ではなかった。彼女の笑顔は純粋なものではなく、どこか悲壮感の類いである心情が混じっている。彼女との突発的な再会に感激していた僕は、その違和感に気付くことに時間を要した。
四年ぶりの再会ということもあり、僕らは少々他人行儀な口調になっていたが、別に喧嘩別れではなかったので、次第にまた砕けた言い方で話すようになった。
クラモチ アカリは漢字表記にすると『倉持愛花梨』であり、僕は出会って五年目にして、やっと彼女の本名を知るのだった。
彼女は小学生の頃の面影を残しており、当初から端正な顔立ちだったことで、特別顔つきは変わっていなかった。一方で髪は短髪から長髪に変えて、より一層清楚な雰囲気を醸していた。
「愛花梨……、なんだか大人になったな。」
「陽太くんはまだまだお兄さんだね。」
「……成長はしてるみたいでなによりだよ。」
小学生の頃は互いにここまで口数が多くは無かったが、今日の僕らは高揚のあまり多弁になっていた。
僕にとってこの数分間は、至福以外の何物でもなかった。運命の赤い糸は簡単に解れるものではないのだと、そう理解させられたのだ。
やがて話に一区切りがついたところで、彼女は僕に一緒に帰ろうと言ってきた。彼女は何か言いたげだったので、僕はそれを二つ返事で了承し、二人で最寄駅へと向かうことになった。
登校初日から男女で歩幅を合わせていると、他の生徒から若干視線を感じる。そんな視線を跳ね返すようにして、彼女は過日と同様に、僕の隣で堂々と歩みを進める。
そして校門を出ると、彼女はこう呟いた。
「私たちって、あの頃付き合っていたのかな。」
「相思相愛だったし、付き合っていたと思う。」
「……いつまで?」
「僕は今でも愛花梨には惚れている……と思う。離れ離れになって以降も、僕が愛花梨を忘れた日は一日もなかった。だから、今もその……。」
「……そっか。そう言ってもらえると、私も生き甲斐があるよ。」
この一連のやり取りで、僕は未だに彼女の暫定的な恋人でいる可能性が生じた。僕の高揚は益々高まっていくばかりで、彼女が僕に配慮した線などを考える余裕はどこにもなかった。
「じゃ、じゃあ今はどう……。」
「私ね、陽太くんに伝えたいことがあるの。」
僕は彼女に回答を求めようとした。しかし彼女はこの一連の会話を断ちきって、僕の方に顔を向けた。そして次の瞬間、僕に強い衝撃を与える言葉を投げ掛けた。
「もう、私と関わらないほうがいいよ。」
「……無茶言うなよ。クラスメイトなんだから嫌でも関わるだろ。」
僕は彼女が冗談を口にしたのだと思い、それに順当な反応を示した。しかし彼女は僕に真意が伝わらなかったので、浮かべていた笑顔を完全に捨て去って立ち止まり、僕にこう告げるのだった。
「なら、金輪際、私とは縁を切ってほしいの。」
「彼氏でもできたのか……?」
「……そうじゃないよ。今でも私は陽太くんのことを想っているから。」
「ならどうして……。」
「私は知っているよ。陽太くんの青春を壊してしまうことをね。それは決して私の本位じゃないんだよ……。」
たとえ僕の高校生活が破壊されたとしても、対価として彼女と交際できるのなら、僕は確実に交際の路を選択するだろう。それを見越してかは知らないが、彼女は僕に釘を差した。
「……どうしてそう思うんだ?」
「さぁね。私にも分からないから。」
彼女の支離滅裂な発言に、僕は理解することを躊躇った。僕の知っている彼女の姿は、もうそこにはなかった。
彼女の不可解な言動は留まるところを知らず、挙げ句の果てにはこんな独り言を言った。
「……ホント、今日の私が当校初日に現れてくれてよかった。」
「さっきから何言ってんだよ……。昔の愛花梨はどうしちゃったんだよ……。」
「今でもここにいるよ。現れていないだけで。」
「……意味が分からない。」
「分からなくていいんだよ。今日はそのことを伝えられてよかった。」
彼女はかつての笑顔を取り戻した。僕はこの一連の流れを以て、どうして彼女が笑顔を復活させられるのか分からなかった。
何もかもが理解不能な中、僕が唯一可能だったことは、彼女に本心を伝えることだけだった。
「……今でも僕を想っているなら、僕ともう一回付き合ってくれよ。」
「私には、もう惚れないでよ……。」
「だから……、その理由を教えてくれよ。」
僕は必死だった。彼女の肩に両手を置いて、彼女を問いただした。彼女は少し寂しげな表情をちらつかせながら、一呼吸置いてこう発した。
「今までありがとう。じゃあね……。」
「……は、ちょ、おい!」
彼女は僕の手を振り払い改札口に向かって走り出した。そしてICカードを強く押しつけて、電車に駆け込んでいった。
僕はその場で呆然と立ち尽くすことしかできなかった。さっきまで他愛のない会話を展開していたことも影響して、僕は状況整理に苦しんだ。
今日、僕は彼女に縁を切られた。交際関係は突如として復活し、霧消したのだ。
彼女から心理的に突き放された事実は、僕の心に尋常ではない喪失感を流入させて、一瞬にして明日への希望を奪い去っていった。それだけ、初恋の相手とは特別な存在だった。
夕飯は一口も喉を通らず、心身の疲労が蓄積して抜け殻と化していた。彼女が物理的に近い距離いるのに手に入れられない苛立ちが、深夜になっても僕にヒシヒシと絶望を与え続けた。今の僕らはただのクラスメイト、またはそれ未満の範疇でしかなかった。
……それでも僕は彼女を諦めなかった。高校生になった彼女と、また特別な色恋がしたかった。
彼女が自身を卑下するようになったことは、恐らく空白の過去四年間が災いしている。僕はそこさえ解消すれば、再び結ばれるのではないかと考えた。そう思案していくうちに、僕を襲った悲壮感も大分薄れていった。そして最後残されたものは、徹夜したことによる眠気だけだった。
僕の高校生活は、無謀な挑戦に始まった。そして僕自身がこれを無謀な挑戦だと気付くのに、そう時間はかからなかった……。
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五分の一の君へ。 金森 りょう @Kanamoriryo
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