第1話 異世界転移

「やっぱりジャパンゲームショウはすげぇな!」


 人で溢れる会場の中、俺はスマホを構えて、右へ左へと向けた。もちろん動画を撮るためだ。

 企業ブースのライトが乱舞し、重低音が鳴り響き、自然とテンションが上がる。そしてずらりと並ぶ新作ゲームの展示物に、目があっちこっちに移る。


「秀ちゃん! あっち! あっち行こ!」


 俺はスマホを構えたまま、人混みに紛れそうになる琴音を追いかけた。


「琴音」


 幼馴染の琴音が笑顔で振り向き、ツーサイドアップにまとめた髪が、ふわりと揺れた。

 照明を受けてくっきり輝く瞳が、レンズ越しの俺を捉えた。


「……やっぱ可愛いな」


 ボソッと出てしまった言葉もきっと録音されたな。編集でカットだ。琴音に聞かれたら絶対からにマウント取ってくるぞ。

 まぁ実際、贔屓目に見ても琴音は可愛い。今の笑顔だって、他人には見せない笑顔だ。この笑顔を配信するのはなんか嫌だ。そんな気持ちが心の片隅にある。


 俺と琴音は動画共有サービス『ライブスフィア』に、動画を投稿している。

 誰もが一度は妄想したり、憧れるような、でも実行するには勇気がいるようなデート配信をしたり、二人でオンラインゲームのプレイ配信をしてる。いわゆる『カップルチャンネル』ってやつだ。


「今日は秀ちゃんと一緒に、ジャパンゲームショウに来てまーす!」


「来てまーす!」


 琴音も手に持ったスマホを俺に向けてくる。

 俺達の配信はライブ配信じゃなくて、事前に撮影した動画を編集して、投稿するスタイルだ。映っちゃいけないものが映ると怖いからな。特に個人情報だったり、居場所がバレるようなことはだめだ。俺達ってまだ高校生だから、そこらへんきちんとしろって、親にもバイト先にも言われた。ライブ配信はもっと慣れてからやろうと思っている。


「午前中は新作ゲームを見て回って……、午後はなんと! あの話題のオンラインゲーム! ミセリオンのクローズドベータテストに参加しちゃいます!」


「応募条件が『配信者で、ジャパンゲームショウに来られる人』だったから、当選したのかもな!」


「なんでオンラインじゃないのかな?」


「うーん、プロモーションの一環?」


「そうなのかな? わかんないや。午前中は有名なバーチャル配信者が、運営の人とゲームの紹介してるんだよね」


「俺達みたいな弱小チャンネルは、当選しただけでもラッキーだな!」


「そうそう。ベータテストは午後からだし、午前中はデートできるね!」


「せっかく来たからには楽しまないとな!」


「って! うひゃああっ! 秀ちゃんあれ見て! エンジョイメントのブース、めっちゃデカくない!?」


「おお、さすが大手……って、マジでデカいな。あっ、エンジョイメントってミセリオンの運営会社な」


 俺はスマホをブースに向けた。

 エンジョイメントのブースは、まるで小さなイベント会場と呼べる大きさだ。

 ブースは密閉式で、中の様子は見れないけど、外にある巨大なスクリーンには、幻想的な風景が映し出されていた。剣を振るうキャラクター達。飛び交う魔法。まさにファンタジーだ。

 撮影を忘れてポカーンと見ていると、プロモーション映像から、司会者と有名なバーチャル配信者――アリサが映し出された。


「アリサちゃん、やっぱり可愛いな……」


 琴音がぼそりとつぶやいた。

 ピンク色のツインテールに赤い瞳のアバターが、スクリーンの中で微笑んでいた。

 バーチャルアイドルアリサ。登録者数は三百万人を超えている。まさに化け物級の人気だ。因みに俺達のチャンネルは弱小すぎて比較にもならない。登録者数は三十人くらいかな……。殆どが身内とバイト先の人だ。

 まぁ、リアルで顔出してるカップルチャンネルと、バーチャルアイドルのチャンネルじゃあ、ジャンルが違うけどな! 負け惜しみじゃないぞ。


 俺達は人気のある企業ブースを見て回って、ランチを食べた後、午後のベータテストを受けるため、再びエンジョイメントのブースに向かった。


 エンジョイメントのブースには既に参加者が列を作っていた。入り口には『ミセリオン・クローズドベータテスト参加者受付』と書かれた案内板がある。


「このブースさ、でかいけど、ゲームする場所あるのかな?」


「ベータテストの端末はスマホだしねぇ。あるんじゃない? 狭そうだけど」


「スマホ対応してるのはありがたいけどさ。やっぱゲーム機かパソコンでやりたいな」


「でもほら、外でも遊べるっていうアピールじゃない? 放課後ファミレスで集まって、盛り上がれるよ~とか?」


「確かになぁ」


「まぁ何にしても、せっかく当選したんだから、しっかり遊び倒さないと!」


「そうだな!」


 ちょっと引っかかるところがあるけど、そんな事はどうでもいい。話題のゲームのクローズドベータテストに当たったんだ。配信できれば、登録者数を伸ばすチャンスだ。もちろん楽しみにしてたゲームだから、全力で遊ぶけどな!


「秀ちゃん楽しみだね!」


「あぁ!」


 俺達は列の最後尾に着き、受付へと進んだ。

 

「お客様、当選メールを確認させて頂きます」


「はい、これです」


 受付のスタッフに当選メールの画面を見せると、スタッフは微笑みながら頷いた。


「確認しました。事前ダウンロード、キャラクターと案内妖精ガイダンスフェアリーの作成はお済ですか?」


「はい」


「私も大丈夫」


「では、中にお進みください」



「なんだここは……」


 ブースの中はまるで格式高い和風の式場みたいだ。綺麗すぎて土足で入りにくい。


「ちょっと怖いね……」


「そうだな。ていうか、ミセリオンって剣と魔法の世界だよな? 和風ファンタジーじゃなかったはずだぞ?」


「そのはずだけど……」


 入口付近で圧倒されていると、先に入った人達から、クレームの声が聞こえてきた。


「何だここ?」


「立ったままやれって事?」


 確かに狭すぎる。

 部屋の隅には、防音室のような個室がいくつか並んでいる。あそこにバーチャル配信者が待機してるのかな?

 最後の人が入場したのだろう。背後で扉が閉まる音が響いた。


「秀ちゃん……なんか怖い……」


 琴音がギュッと俺の袖を掴んだ。


「大丈夫だ。俺がついてる」


「……うん」


 突然足元が光った。床板の上に巨大な和風の魔法陣が現れ、淡い光を放っている。

 これはまるで何かの儀式? しかし考えがまとまる前に視界が変わった。


 狭い部屋じゃない。大きめの体育館くらいの部屋だ。一瞬で場所が変わった?

 床は畳、壁は朱塗りの柱と白木のはり。金箔を施したふすまがずらりと並び、高い天井から金の灯篭とうろうが吊るされ、幻想的な光と影を落としている。そして前方には朱塗りの祭壇が鎮座し、その上にはさかきの枝が置かれていた。これは神を祀る祭壇か?


「――傾聴けいちょうせよ」


 その声は、その気配は、絶対的な畏怖だ。圧倒的な力だ。逆らう事なんて考えられない。

 息苦しくて声が出ない。それでも俺は必死になって琴音の方を向くと、琴音は俺と同じく恐怖で凍り付いていた。俺は動かない体を無理やり動かし、琴音を抱き寄せる。

 琴音が小さく頷き、俺も頷き返した。


「――傾聴けいちょうせよ」


 木魚を打つような音が部屋中に大きく鳴り響いた。

 俺と琴音は声もなくビクっと震えた。


「我は享楽之神きょうらくのかみ。人が ほがらかに暮らす様子を見て楽しむ者なり」


 やばいやばい。絶対にやばい。理解が追い付かない。


「理不尽な世。生きづらい世。そんな世の中だからこそ、一度ならず異世界へ旅立ちたい。そう思った者達をここに集めた」


 姿は見えない。ただ声だけがこの空間に響いている。


「そなたらには異世界で冒険をしてもらう。そしてその様子を配信してもらう。事が享受すれば、富と名誉を約束しよう」


 これは絶対にゲームショウの演出なんかじゃない。本物の神様だ。もしくは人知を超えた存在がいる。そう思ってしまう声だ。


「ふ、ふざけんな!」


「勝手に決めないでよ!」


 おいおい。この圧倒的な力の中で、声出せる奴がいるよ! あれか? 霊感がない奴程このヤバさに気づかないのか?


「そもそも何の目的でこんな事するの!?」


わが願いの享受。わが目的は世界中から愉快、喜び、満足を集め、『神力』に転じる事。さぁ神民達よ。願いを叶えてやろう。誰もが思い浮かべるゲームのような異世界。剣と魔法の世界。ステータスが見える世界。スキルと魔法で戦える世界。皆が望み、皆が夢見る世界。そこで世界中の視聴者達を熱狂させよ。心配する事はない。最高の配信環境と褒美も与えよう。さぁ時間だ。後は己が作った妖精に聞くがよい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る