2. 貧血
母から電話が来たのは、クリスマス仕様のケーキを買ってきて、冷蔵庫に入れた時だった。
『美久に蜜柑送るわ。受取日、いつがいい?』
「あー、じゃあ日曜日……、箱いっぱいはいらないよ? 五、六個ならいいけど」
『そんなこと言わないで、たくさん食べなさい。ビタミン効果できれいになれるんだから。これで早く彼氏作れるわよ』
母は電話でまたよけいなことを言ってくる。しかもよけいなものを送ってくるつもりでいる。
「あのさ、彼氏とかもう諦め……」
『ごめーん、お母さんお友達のクリスマスパーティーに呼ばれててちょっと忙しいの。何か話があるなら、また今度ね!』
そして言い逃げ。いつものことだけれど、今回は特に大きなため息が出た。
「よしよし、いい子いい子」
そんな時は、卵を撫でるに限る。真っ白すべすべ肌に手を這わせるとすーっと気持ちが落ち着く。頬をぴたりとつけ、人肌ほどの温度を堪能する。中から感じられる鼓動が昨日より少し強くなっている気がする。すごく安心するし、気持ちいい。至福ってこういうことを言うのね。
そんなふうにくっついてぼうっとしていたら、ぴくっ、と卵が揺れた。震えるように動くことはあったけれど、それより激しい動きだった。
何か生まれるのかな、と思った。きっと私はどんな命が生まれてきても愛せる。何が出てくるのだろう。この部屋はペット飼育可ではないから、引っ越しが必要になるかもしれない。それでもいい、引っ越しして一緒に穏やかに幸せに暮らしていきたい。
「ケーキ食べよう」
買ってきたのは、サンタのチョコプレートが乗っているケーキ二個。一個は卵の分。卵が何も食べられないのはわかっているけれど、クリスマスの雰囲気を一緒に楽しみたくて。
「あは、このサンタ面白い顔」
かちゃっ、とお皿とフォークがガラステーブルの上でぶつかる音。ぴくぴく動いている卵の隣に座ろうとした瞬間、私は倒れてしまった。サンタの面白い笑顔。暗くなっていく視界。ただの貧血ならいいけど、もしこのまま私が死んだら、卵は――
――卵が、割れた。
◇
「あなたはもう無理しなくていいわよ。今までお疲れ様」
私がしゃべっている。ううん、顔も声も体型も髪型も何もかも私にそっくりだけれど、私より顔色がよくて健康そうな女性が。
「代わりに私が彼氏作ってあげる。セックスもしてあげる。お母さんもきっと喜ぶわ」
そう言って、彼女はケーキを食べようとしてやめた。かちゃ、とフォークが置かれる。私はそれを黙って見ているだけ。口も体も重く、何もできそうにない。
「やっぱりこっちの方がいいな。甘いものはあとで」
彼女の手が、私の腕に伸びる。
そっか、でもこれでいいかな、と思った。失敗作の私なんか、社会の役に立てない。きっとこれが最善なんだ。
「いや、し、くれて、あ……がと……」
何とか口を動かし――
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