第5話:一方その頃、王都では聖女が詰んでいた

 リネム・メイフィールドが断眠塔の雑居房で、その意図に反して「奇跡」を起こしていた、ちょうどその頃。

 王都の中心、壮麗なる王宮の一室では、もう一つの「奇跡」が演じられようとしていた。


「――聖女よ、その力を、今こそ我らに示すのだ」


 玉座に座る国王の厳かな声に応え、一人の可憐な少女が恭しく一礼する。


 聖女リリア。


 彼女は、王太子アルフォンスの腕にエスコートされ、部屋の中央へと進み出た。中央には、原因不明の病で枯れかかった、王国の象徴「始まりの樹」の若木が置かれている。


「リリア、君ならできる。心配はいらない」


 アルフォンスが、愛おしげに彼女の手に口づける。


「ええ、アルフォンス様。全ては、この国と、民のために」


 リリアは天使のように微笑み、若木へと向き直った。

 彼女は胸元で輝く、白銀のペンダントを固く握りしめる。

 あれは、彼女の一族に代々伝わるという聖具『星の涙』。彼女の奇跡の力の源泉。


(――今日も、チョロいものね)


 リリアの可憐な微笑みの下で、その唇が歪んだ。


 聖女? 奇跡? ちゃんちゃらおかしい。


 このペンダントは、聖具などではない。王国のとある施設から、膨大なエネルギーを遠隔で引き出すための、ただの魔道具だ。


 彼女が興味あるのは、この力を使ってアルフォンスの寵愛を独占し、王妃の座を手に入れること。邪魔なリネムを排除できた今、その計画は最終段階に入っていた。


「おお、聖なる光よ! 我が声に応え、この地に癒しを!」


 リリアが高らかに詠唱する。ペンダントがまばゆい光を放ち、その光が若木へと降り注ぐ。

 そして、計画通り、この若木の病は「治癒」される。


 ――はずだった。


 ペンダントは、チカ、チカ、と弱々しく数回点滅しただけで、すぐにその輝きを失ってしまった。


「……え?」


 リリアの顔から、聖女の微笑みが消える。

 何度祈りを込めても、ペンダントはうんともすんとも言わない。まるで、ただの石ころのように沈黙している。


「リリア……? どうしたのだ?」


 アルフォンスが、不審そうな声を上げる。


「い、いえ、これは……その、少し、聖界への接続が不安定なようでして……」


 焦りが、冷や汗となって彼女の額を伝う。


(なんで!? いつもと同じはずなのに! エネルギーが、来ない……!? あのお方から頂いた、完璧な道具のはずなのに!)


 部屋が、ざわつき始める。国王の眉間に、深いシワが刻まれる。

 リリアは、もう一度、必死に祈りを捧げた。


「おお、聖なる光よ! 我が声に――」


 その時だった。


 ブツンッ


 ペンダントから、何かが断ち切れるような、小さな音がした。

 そして、それまで弱々しく漏れ出ていた光が、完全に、消えた。


「あ……」


 リリアは、血の気の引いた顔で、光を失ったペンダントを見つめる。

 アルフォンスが、信じられないものを見るような目で、彼女に冷たく言い放った。


「……リリア。一体、どういうことだ。説明してもらおうか」


 それは、数日前にリネムを断罪した時と同じ、冷え切った声だった。

 聖女の仮面が剥がれ落ち、ただの無力な少女に戻ったリリアは、その場で震えることしかできなかった。


 彼女はまだ知らない。

 その「エネルギー切れ」が、自分が陥れた悪役令嬢の、大きすぎる「あくび」のせいだということを。


■■■お願い■■■

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