第4話:懲罰房は、念願の安眠ルームでした

 雑居房のボスの巨大な一撃。

 迫りくる眠気。


 そして、あくびとともに発射されたビーム。


「…………え?」


 私は、自分の口元に手を当てる。

 今の、何? 口から何か出た。ビームみたいなのが、出た。


 パニックに陥る私を、現実は待ってくれない。


「て、てめぇ! ボスに何をした!」

「魔法か! ブッ殺せ!」


 他の囚人たちが、一斉に殺気立ち、私に襲い掛かってくる。

 恐怖と、混乱と、そしてどうしようもない眠気。私の頭は完全にキャパシティオーバーを起こしていた。


「あっ……! や、やめて……!」


 混乱に引きつった私の口から、また、意志に反して、あくびが漏れる。


「ふぁ……あ……!」


 ピッ、と短いビームが飛び出す。それは、一番近くにいた囚人の眉間に吸い込まれ、男は「ぐぇ」と短い悲鳴を上げて、その場で眠りに落ちた。


「ふぁああ……ふぁ……あく……!」


 もう、止まらない。

 パニックで呼吸が浅くなり、脳が酸素を求めるたびに、私の口からは次々と「あくび」が暴発する。


 ピッ! ピカッ! ゴォッ!


 短いビーム、拡散するビーム、ちょっと曲がるビーム。色も形も様々な「あくビーム」が乱れ飛び、屈強な囚人たちを次々と安らかな眠りへと誘っていく。


 数分後。あれほど騒がしかった雑居房は、折り重なって眠る男たちのいびきだけが響く、奇妙な静寂に包まれていた。


 その中心で、私は一人、ぜえぜえと肩で息をしながら、自分のしでかしたことに呆然と立ち尽くす。


(まてまてまって。口からビームで全員撃退?! これどういう仕様、いやむしろバグか?!)


 その時だった。


「なんの騒ぎだ!」


 ガチャリ、と勢いよく扉が開く。屈強な鎧の兵士たちを従え、鋭い顔つきの女性が入ってきた。その雰囲気だけで、彼女がただの看守ではないことがわかる。


 彼女は状況を見渡し、目を見開く。


「……全員、寝ているのか? ここで?」


 短い驚きのあと、声がすぐに引き締まる。


「触るな。起こすな。医務係を呼べ。呼吸と脈だけ確認。窓と通気口、異常なしを取れ。記録係、今から記録開始」


 視線が私に止まる。


「囚人番号403番」


「あ、はい」


「私は看守長だ。質問に短く答えろ。――今、ここで何があった?」


 端的な質問。


 この人、めちゃくちゃ『仕事ができる人』だ。


 ただ──


(口からビームで全員昏睡なんて信じてもらえるわけないよね?)


 どうする?

 いや、大丈夫、私は優秀なビジネスパーソン。

 この程度の修羅場、幾度となく乗り越えてきた。


 頭をフル回転させて、この場を乗り切る一言をひねり出す。


「く……口からビ……」


「ビ?」


「ビスケットが……」


「わかった。混乱しているな」


「あ、ちょま」


 看守長はマヌケな回答をした私を見限り、代わりに周囲にてきぱきと指示を出す。


「原因不明。403番は被疑者として要隔離。抵抗しない限り乱暴はするな。――特別独居房へ移送」


(……独居房?)


 一人きり。誰にも邪魔されない。静かな、部屋。


 それは、私が何よりも求めていた――最高の安眠環境では?


「ほかの者は室内を封鎖。医務係の指示に従え。──来い」


 看守長に連行されながら、私の口元は自然と綻んでいた。


 独居房に放り込まれ、すぐにベッドに倒れ込む。固い。でも十分だ。


「本日の就寝、はじめます」


 私は満面の笑みで、高らかにそう宣言した。



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