第3話:殴られたら気持ちよかったので、お礼に「あくビーム」を放ちました

 脳が蕩けるような、甘美な眠気。

 それは、呪いの刻印がもたらした、予期せぬ副産物だった。


「……ぅ……ふぁ……」


 拷問のはずの焼き印を受けながら、私の口から漏れたのは、気の抜けた声。

 私を押さえつけていた看守が、訝しげに私のうなじを覗き込んだ。


「おい、どうなってる。『断眠印』がついてねぇぞ」

「は? まさか」


 焼きごてを当てた看守が、信じられないといった顔で私のうなじを確認する。どうやら、あの奇怪な目の紋様は影も形もないらしい。


「なんだ、耐性持ちか? へっ、王都の貴族様は違うねぇ」

「チッ。面倒だな」

「とりあえず首輪は着けとくぜ」


 私は押さえつけられたまま、物々しい文様のついた首輪をはめられる。


「来い!」


 看守たちは私を乱暴に立たせたあと、前後を挟んで歩き出す。

 私はふらふらと覚束ない足取りで、二人に従う。


(跡が……ない? じゃあまだ眠れるってことでいいのかな……?)


 看守は扉をガチャガチャいじって開けたあと、私を乱暴に突き放した。すぐにガシャンと重い扉が閉まる。


(眠い……ああ、眠い……。一刻も早く、横になりたい……)


 雑居房らしき広い空間に叩き込まれた瞬間、むっとした汗と鉄の匂いが顔にまとわりついた。詰め込まれた男たちの目が、一斉にこちらへ向く。薄暗い灯りの下、奥から前へ出てきた中肉中背の男が、こちらを上から下までねめつけた。


「ヘッ、貴族のお嬢様か? 残念だがここに来たからには俺たちの掟に従ってもらうぜ」


 欠伸を飲み込む。立っているだけで足が重い。眠気は波のように、一定の間隔で頭を揺らす。


「はぁ……まず何を……」


 男は舌打ちをする。一歩詰め、指を三本立てて見せた。


「チッ。囚人番号と罪状を言え。三つ数えるまでだ。数えるぞ――一、二」


 なんだか急いているようだ。

 私は脳を無理やり働かせ、聞かれたことに答える。


「……囚人番号403番。罪……は眠いので後でいいですか……」


 室内の空気が一気に刺々しくなる。苛立ちの混じったざわめきが起きる。


「眠いだと? この塔で? てめぇ、俺たちをなめてんのか?!」


 別の男が横から身を乗り出し、乱暴に手を伸ばす。


「おい、こいつの首筋みてみろ」


 髪を掴まれ、うなじがむき出しになる。荒い指が皮膚をこすり、熱を確かめるように押しつけられた。


 すぐ近くで、小さく息を呑む音。


「こいつ、印がねぇぞ!」


 ざわめきが一段大きくなる。数人が前へ出かけ、また留まる。疑いと好奇の視線が、刺のように背中へ突き刺さる。


 けど、今はそれどころじゃない。


「あの、もうよいでしょうか。私、今とても眠くて……」


 そのとき、房の奥がすっと割れた。重い足音。周囲が道をあける。肩幅の広い巨漢――この房のボスだろう――が、私の正面に立った。


「お嬢さん、それならコイツで、目を覚まさせてやるぜ」


 拳がゆっくりと持ち上がる。


 巨漢が吼え、その巨大な拳が振り上げられる。風を切る音。


 ゴッ!


 鈍い音と共に、拳が私の側頭部にめり込んだ。


 誰もが私の吹き飛ぶ姿を想像しただろう。


 だけど。


(ああ……なんて……心地よい衝撃……)


 強烈な物理ダメージが、脳に届く寸前で、とろけるような“眠気”の波に変わる。


 焼き印の眠気が「ふかふかのマットレス」なら、今のは「ふわふわのまくら」。二つが混ざり合い、私の意識を優しく、しかし抗いがたく、眠りの淵へと引きずり込んでいく。


 私は、殴られたというのに、うっとりとした表情で上目遣いに巨漢を見上げた。


「……ねむ」


 その一言が、引き金だった。

 私の口が、意志に反して、大きく開いた。


「ふぁああ~~~~……」


 ―――ゴォッ!


 口から、光の奔流がほとばしった。

 淡い、乳白色のビーム。それは、美しいオーロラのようにきらめきながら、目の前の巨漢に直撃した。


「な……」


 巨漢は、何かを言いかけたまま、その巨体をぐらりと揺らす。


 そして、まるで糸が切れた人形のように、膝から崩れ落ちた。ドッシャアアン! と凄まじい音を立てて床に倒れる。


 だが、彼は死んでなどいなかった。ただ、すぅすぅと安らかな寝息を立てて、深く、深く眠っているだけだった。とても安らかな顔で。


「…………え?」



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