第4話「資金不足と夜の訪問者」

 王城からの帰り道、僕は王から渡された革袋の重さを掌で確かめ、密かに舌打ちをした。

 金貨500枚。

 一般市民が慎ましく暮らすなら一年は持つ額だ。だが、魔王討伐という世界規模のプロジェクトの予算としては、あまりにもふざけている。


「王様も大変なんだね、ヴェイン。『不作続きで国庫が厳しい』って申し訳なさそうだったし」


 隣を歩くセレスティアは、渡された路銀を大切そうに抱きしめている。

 彼女は疑うことを知らない。あの狸親父のような国王が、裏では貴族たちと贅沢な宴会を開いていることなど想像もしないだろう。


 僕の目には見えていた。

 このまま旅立てば、いずれ回復薬(ポーション)が尽き、やがて安物の鎧が砕け、セレスティアが深手を負う未来(因果)が・・・。


(……装備の質は生存率に直結する。最高級のミスリル装備に、無尽蔵のポーション、転移魔法石……金貨500枚じゃ、その端数すら払えない)


 セレスティアを死なせないためには、国家予算レベルの資金が必要だ。

 僕はため息をつきつつ、彼女の頭をポンポンと撫でた。


「そうだね。でも、僕に任せておいて。旅의資金繰りについては当てがあるんだ」

「えっ、本当に? ヴェインってばいつの間にそんな伝手を?」

「まあね。セレスは何も心配しなくていいよ」


 彼女を宿へ送り届けた後、僕は自室へと戻った。

 鍵をかけ、明かりを落とす。すると、部屋の隅の闇が音もなく盛り上がり、人の形を成した。


「……主様。ご報告を」


 クロエだ。

 彼女は音もなく僕の足元に跪くと、どこか熱っぽい瞳で見上げてくる。その尻尾は、忠誠心を示すように小さく揺れていた。


「王都最大の商会、『黄金の薔薇(ゴールデン・ローズ)』について調べました。会長の一人娘、ミレーヌ・ド・ラ・ヴァリエール。……強欲で高慢、金以外の価値を認めない女とのこと」

「上出来だ。金に汚い人間ほど、扱いやすいものはない」


 僕はベッドに腰を下ろす。

 クロエは当然のように僕の足の間に身体を滑り込ませ、頬を太ももに擦り付けてきた。

 以前の洗脳(書き換え)以降、彼女の僕への依存度は日に日に増している。任務の報告という名目で、こうして僕の体温を感じることが、彼女にとって至上の報酬になっているようだ。


「主様……あの商会の娘、邪魔なら殺しますか? 事故に見せかけて……」

「いや、殺すな。彼女には僕たちの『財布(スポンサー)』になってもらう」


 僕はクロエの獣耳を指先でくすぐる。

 ビクン、と彼女の体が跳ね、口から甘い吐息が漏れた。


「んぅっ……あ、るじ、さま……」

「いい子だ、クロエ。君の刃はまだ温存しておけ。次はもっと繊細な仕事だ。『黄金の薔薇』の娘を攻略し、その資産を全てセレスティアのために吐き出させる」


 クロエは恍惚とした表情で、僕の手のひらを舐めるように見つめ返した。


「はい……主様の、望むままに。私の全ては、貴方様のために……」


 勇者セレスティアのために命を懸ける「光」の道と、僕の足元で欲望と忠誠に溺れる「闇」の道。

 クロエは完全に僕の色に染まった。

 次は、高慢な商会の令嬢だ。


 セレスティアに最高級の装備を着せるためなら、僕はどんな手を使ってでも金を作る。たとえそれが、一人の令嬢の人生を狂わせることになったとしても・・・。


(第4話 完)

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