サンタクロースは今宵もやってくる
藤泉都理
サンタクロースは今宵もやってくる
山頂から見るその景色は私の知らない景色だった。
吐き出した白い息はたちまち消え去り、するどい寒さと寂しさだけが残った。
あの日の選択は正しかったのだろうか...そのことだけを今日まで考え続けてきた。
気を紛らわせるようにマフラーをきつく締める。
空は曇りがかっていて、とても綺麗とは呼べなかった。
空が黒いのか。
雲が黒いのか。
どちら共に黒いのか。
いついつまでも曇りがかっている空はいついつまでも黒いまま。
けれどもしかしたら現実では違う色なのかもしれない。
けれどもしかしたら現実では光り輝く色に染まっているのかもしれない。
ただただ、私の心を反映しているだけなのかもしれない。
嬉しそうな顔を見るたびに。
楽しそうな顔を見るたびに。
幸せそうな顔を見るたびに。
私の心も踊るのに、
それは本当なのに、
沈む心も確かにある。
私はもう家族と話す事は叶わない。友人と話す事は叶わない。これから出会うはずだった大好きな人たちと話す事は叶わない。
私はもう、あの世界で生きることは叶わないのだから。
あの日の選択は正しかったのだろうか。
そのことだけを今日まで考え続けてきた。
きっとこれからもずっとずっとずっと考え続けるだろう。
不意にマフラーがたなびきはじめたかと思えば、身体が宙に浮いた。
空っ風によって山頂から突き落とされたのだ。
落ちていく。
堕ちていく。
オチテイク。
黒い黒い空の中。
黒い黒い雲の中。
どちらが上でどちらが下か分からない。右も左も分からない。
どこもかしこも黒いから。
私の心が黒いから。
ああ、やはりあの日の選択は間違い、
「おい。
「ちょっっっっっっ。ちょ。ま。う。しょう、げき。しょう。げき。が」
空気を多く含む飴色のやわらかい毛を以てしても、高いところからトナカイの背中に胸から落下した少女、朱美の衝撃を完全に吸収することは叶わず。何度も息を詰まらせながら呼吸を整えることに心血を注ぐこと、十分間。
正常な呼吸を取り戻した朱美はトナカイの背中に跨っては、えへへと笑った。
「
朱美は自分を受け止めてくれたトナカイ、真樹へと謝罪の言葉を口にした。
「またホームシックになったのか」
「えへへ。ねえ。もうサンタクロースになって何年目って話よねえ。まったく。自分が情けないわ。サンタクロースはみんなの幸せを祈る存在なのに。みんなを羨ましがるなんて。サンタクロース失格よね」
「朱美。サンタクロースになると決意してくれた時にも言ったが。戻ってもいいんだぞ。もう二度とサンタクロースにはなれないが。サンタクロースになっていた時の記憶は失うが。俺のことも綺麗さっぱり忘れるが。その代わり、元の世界で大好きな人間たちと生きていくことができる」
「ごめん。真樹」
朱美は眉根を寄せた。
あまりにも情けない自分に涙がちょちょ切れそうだった。
毎年毎年欠かさずにホームシックになるこの体たらく。
毎年毎年変わらずに慮ってくれる真樹にいついつまでも甘え続けるこの体たらく。
しっかりすると決意したくせに。
立派なサンタクロースになると決意したくせに。
ホームシックになってしまう。
(でも、私は、)
真樹の背中から山頂に降り立った朱美は、マフラーを優しく撫でながら景色を見つめた。
山頂から見るその景色は私の知らない景色だった。
吐き出した白い息はたちまち消え去り、するどい寒さと寂しさだけが残った。
あの日の選択は正しかったのだろうか...そのことだけを今日まで考え続けてきた。
気を紛らわせるようにマフラーをきつく締める。
空は曇りがかっていて、とても綺麗とは呼べなかった。
(でも私は、)
「真樹。さあ、今年も精魂尽き果てるまでクリスマスプレゼントを配りに行きましょう。幸せを分かち合いに行きましょう」
「………バカだな。てめえは」
「ふふん。ホームシックになるサンタクロースも居ていいでしょ」
「開き直りやがった」
「えへへ」
「朱美」
「うん」
「さっさと乗れ」
「うん。真樹」
「おう」
「マフラーを私に残してくれてありがとう」
「っふ。毎年毎年、律儀に礼を言うな」
「えへへ。どういたしまして」
朱美はサンタクロースのソリを召喚しては真樹に繋いでサンタクロースのソリに勢いよく乗り込み、メリークリスマスと元気満々に言ったのであった。
(2025.12.25)
サンタクロースは今宵もやってくる 藤泉都理 @fujitori
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