Xマスイブにタイムリープした主婦、バス停で知らん婆さんにただ何度も怒鳴られた件。

間宮芽衣(ブー横丁)

Xマスイブにタイムリープした主婦、バス停で知らん婆さんにただ何度も怒鳴られた件。

「ガシャーン!!」


今日はクリスマスイブ。

 

 6時に起きて、洗濯物を取り込んでたたみ、子供の登園準備をしてから慌てて夫と子供、二人分のお弁当を作っていた時にそれは起こった。


「ぎゃー!どうしようっ、ああもう最悪っ!」


振り向きざまに後ろのフックにかけていたお弁当バッグを落としてしまい、子供用のカトラリーケースを割ってしまった。


「明後日まで幼稚園だし、今日は大人用ので代用するとして…。隣町まで買いに行かなくちゃ。」


(…泣きそう。買ったばっかりだったのに。)


これからケーキのデコレーションにご馳走の仕込みに、雪掻きに掃除にやる事が山程ある。


 しかも産後、なんだか抜け毛が増えた上に太ったし生理不順で体調も良くない。


 その上昨日は子供が夜中の3時に夜泣きして『ママー!抱っこして!』と叫んだので抱っこしたら、お腹を思いっきり蹴られて睡眠不足である。


 昨日のうちに、チキンをタレに漬け込んでおいた事だけが心の支えだ。


「やばっ!もう少しでバス来ちゃう!」


なんとか全て終わらせて、仕方なくバスに乗ろうとバス停に立っていた。


 頰がビリビリする程寒い。白い息を吐きながら寒さを誤魔化すように足踏みする。


(良かった…。なんとか間に合った。)


バスに乗ろうと運転手さんに手を振るとくいっくいと少しずれるように合図される。


 雪が多いので停めにくいからズレてという意味だろう。慌てて停めやすそうなところまでズレると、バスのドアが開いた。


「あんた!!変な所につっ立ったってんじゃないよっ!全く!これだから◯×△…!!」


すると、バスから降りてくる知らん婆さんに理不尽な言いがかりで怒鳴られてしまった。

 

 いきなり大きな声で叫ばれてポカーンとしてしまう私を運転手さんが気の毒そうに見ている。


(…わーんっ!今日はイブなのに最悪だよー!)


移動するバスの中でげっそりと放心していた。


 心身ともにズタボロになりながらバスに揺られること40分。なんとか隣町のショッピングモール前で降りる。


(あーやだやだ。今日は買うもの買ったらさっさと帰ってチーズフォンデュの野菜切ろう。壁に飾り付けもしなくちゃ。)


帰りのバスの時間を確認してから店内に入り、エレベーターに乗る。


 店内は暖房が効いておりクリスマスソングが流れていた。携帯ショップの前ではキャンペーンスタッフの男女がポケットティッシュを配っており、ほのかにオヤキを焼く甘い匂いもする。


 冷えた指先がじんわりとあたたかくなりなんだかホッとする。


 2階のファンシーグッズのお店に入って、娘の好きなグッドモーニングラビットのカトラリーケースを選ぶ。


(…クリスマスだし、サンタさん以外にママからも何かあげたいな。ついでにちっちゃいラビちゃんのぬいぐるみでもあげようかな。)


――そんな事を思いながら吟味して選んだものを持ってレジに向かっている時だった。


 ファンシーグッズ店ではあまり見かけない白髪のお爺さんとすれ違った。


「ほっほっほ。頑張り屋さんの君は、タイムリープさせてやろう。クリスマスプレゼントじゃ。」


ボソッと耳元で呟かれる。


(え?)


――次の瞬間、バス停の前に戻っていた。

 目の前にはさっき理不尽に怒鳴りつけてきた婆さん。固まる私。


「あんた!!変な所につっ立ったってんじゃないよっ!全く!これだから◯×△…!!」


(何これ?…ただ知らん婆さんにまた怒鳴られただけなんですけど!


 …何なんだろう。一体。)


そう思いながらバスに揺られること40分。


 再びバスはショッピングモールの前に止まった。


(…とりあえず、ラビちゃんのカトラリーケース、また買いに行こう。)


そう思い、ファンシーショップに直行する。


 キョロキョロと周りを見回すがおじいさんはいない。


(とりあえず、おじいちゃんいないし、もう巻き戻んないかもしれないからカトラリーケースとラビちゃんのぬいぐるみ買ってさっさと行こう…。)


そう思い、素早く先程と同じ物を選んでレジに並んだ瞬間だった。


 何故か先程の白髪のお爺さんが気がつくとすれ違ってきた。


「ほっほっほ。頑張り屋さんの君は、もう一度タイムリープさせてやろう。」


ボソッと耳元で呟かれる。


 目を見開いた瞬間、再びバス停の前に戻っていた。


「あんた!!変な所につっ立ったってんじゃないよっ!全く!これだから◯×△…!!」


なんだか腹が立ってきた。


 この婆さんにも腹が立つが、あの爺さんは一体何なのだろう。


(私っ!クリスマスプレゼントとか言うけど知らん会ったことない婆さんに何回も怒鳴られてるだけなんだけど!!


 …あ、まさかバスで揺られてる間に大事件があるとか?!)


そう思いキョロキョロしながらバスの中の様子を伺う。


 …特に変わった様子もない。

 お友達同士で談笑するおばあちゃん。


 白い帽子をかぶって寝かけているお爺ちゃん。

 ビジネスなのか、必死でパソコンを叩いているメガネのお姉さん。


(こうなったら、絶対時間を進ませてやる!!)


決心していると、ふと、斜め前の方に泣いている男の子が見えた。


(もしや…。)


「僕、大丈夫?ほら、良かったらこれ食べて。」


そう言ってそっと棒付きの飴ちゃんを渡す。娘と出かける時用に常備している物だ。棒付きだから喉に詰まることもないだろう。


 すると、キッとその子のお母さんに睨みつけられた。


「やめて下さいっ!うちの子には虫歯も怖いし無添加の手作りお菓子以外与えない事にしているんですっ!」


思わずポカーンとしてしまう。


「…あ、そうですか、すみません。」


心の中で沸々と怒りが湧いてくる。


(いや、そりゃさ!私も悪いかもしんないけど!さっきの婆さんと同じくらいモヤるんですけど!!


 これもさっきの爺さんのせいだ。)

 

――私の怒りはさっきの爺さんに向かった。


 そして、ショッピングモールのバス停に着くと私はキョロキョロする。


(何か、何か事件が起こっていないか…!)


だが特に何もない。唯一の事件とも言えない事件は犬が電柱にオシッコしてたくらいだ。


(…とりあえず今度こそ時間が進むかもしれないからカトラリーケースを買いに行こう…!!)


そう思いながらエレベーターを登る。


 その間もキョロキョロしながら何か異変がないか探る。さながら気分は探偵である。

 

 ――だが、世の中は平和だった。そうそう大事件など起こらなかった。


 とりあえずファンシーショップに着くと、私は爺さんを探す。


(…やっぱりまだ現れてない!)


今度はわざとこの前と違うデザインのラビちゃんカトラリーとぬいぐるみを選ぶ。


 前回までどっちにしようか迷っていたものだ。


 まだ爺さんは現れない。


(よしっ!さっさとお会計して帰ろう!!)


――そう思った時だった。


「ほっほっほ。頑張り屋さんの君は、またまたタイムリープさせてやろう。」


ボソッと耳元で呟かれる。


 目を見開いた瞬間、再びバス停の前に戻っていた。


「あんた!!変な所につっ立ったってんじゃないよっ!全く!これだから◯×△…!!」


「…なんなの?!一体!!」


この婆さんにというよりこのタイムリープに腹が立ってきた。


 婆さんはポカンとし、運転手さんは困ったように眉毛を八の字にしている。


「ちょっと来てください!!」


(もうこの婆さんを爺さんに押し付けよう!どうせタイムリープする可能性が高いんだし!)


私はそう思い、婆さんの手を引く。


「ちょっ!私はこれから家で大した面白くもないテレビを見て、大したおいしくもないメザシを焼くんだよっ!」


婆さんが怒鳴ってくる。


「いいからっ!お婆さんにクリスマスプレゼント買わせて下さいっ!」


私がそう言うと何故かお婆さんは大人しくついてきた。


「…わかったよ。すまなかったね。

 ほら、運転手さん、出発していいよ。」


そう言われて運転手さんがバスを出す。


 バスのシートで隣り合わせに座るが無言だった。


「…良かったら飴ちゃん、食べます?」

「…ああ。」


お婆さんは無言で飴ちゃんを食べた。


「…昔はさ。」


ボソッとお婆さんが呟いた。


「私も昔は楽しみだったんだよ。クリスマスがさ。

 だが、子供達も独立して、東京に行っちまって、爺さんも死んじまってね。

 ――何にもいいことなんかないよ。

 一人ぼっちさ。早く死んじまいたいよ。

 物価も高くなっちまって惣菜のチキンも800円くらいするしね。」


そう言われて私はどうこたえていいかわからなくなる。


「そうですか。何か欲しい物とかあります…?」


するとお婆さんが少し考え込む。


「…欲しいものも会いたい人もいないよ。


 会いたい友達はどんどん皆死んじまったし。

 歳を取るというのは辛いもんだ。」


お婆さんがそう言った瞬間、バスがショッピングモールの前に着く。


 私はお婆さんの手を引いてショッピングモールに入る。


「…疲れちゃうと思うので座って下さい。引っ張り出してすみません。」


私はショッピングモールで自由に使って良い車椅子に彼女を座らせようとしたが、拒否されてしまった。


「舐めんじゃないよ。私はこれでも東山第一中で一番足がはやかったんだ。」


「…あ、そうですか。」


とりあえず、お婆さんとエレベーターに乗ってファンシーショップに行く。


「すみません、ちょっとだけ買い物に付き合って下さい。その後、クリスマスプレゼントを買わせて頂きます。」


素早く一回目に選んだグッドモーニングラビットのカトラリーケースとちっちゃいラビちゃんのぬいぐるみを手に取ると、レジに向かう。


 すると、爺さんがまた現れた。


「ほっほっほ。頑張り屋さんの君は、タイムリー…」


――その時だった。


「…サブちゃんかい?」


お婆さんが呟いた。


 すると、爺さんがそのままの姿勢で固まる。


「こ、この声は…!!まさか、陸上部だったマサエちゃんか?!」


何故かお婆さんと爺さんの『トゥンク…』という胸の高鳴りが聞こえた気がする。


(この爺さん…東山第一中だったんかーい!フィンランドとかかと思ったのに!!)


「ああ…嬉しいねぇ。皆死んじまったかと思っていたのに…。」


そう言ってお婆さんが涙ぐんでいる。


「ああ、マサエちゃん、歳を取ってもかわいいのう…初恋だったんじゃ…。」


タイムリープ爺さんも涙ぐんでいる。


「あ、あのー?く、クリスマスプレゼントは…。」


私がそう言うと、お婆さんが初めて笑った。


「…サブちゃんと会えたことが一番のプレゼントだよ。その…、感謝してやるよ。


 それじゃあ。」


そう言って二人は手を繋いでどこかに行ってしまった。


 私はその場でポカーンとしていたが、やがてハッとした。


(そうだっ!買い物!!)


私は急いでレジに並ぶとお会計を済ませて帰りのバスに乗る。


 ショッピングモールの出口に向かう途中にタイムリープ爺さんとお婆さんが仲良くゲームコーナーで嬉しそうにメリーゴーランドに乗っているのがチラッと見えた。


(…うん。まあ、良かったのかな?私だけ何回も理不尽に怒鳴られたけど。


 …まあいっか。)


家に帰って急いでチンしたご飯に納豆とキムチと生卵をかけてお昼ご飯にする。


 そして、昨日作っておいたレアチーズケーキの上にフルーツをデコレーションしたあとナパージュ(ゼリーでコーティング)して、チーズフォンデュの材料を切る。


「あ!もうこんな時間!!」


時計を見ると、もう幼稚園バスのお迎えの時間だった。


 ――慌ててお迎え場所に行くと丁度バスが来た。


「ママー!!」


ドアが開くなり娘が飛びついてきた。


「おかえりっ!!」


「さりちゃん、今日お片付けすっごい頑張ってたんですよ!お家に帰ったらいっぱい褒めてあげて下さい。」


バスの先生がそう言ってニコニコしている。


「ありがとうございます。さり、行こうか。」

「うんっ!!」


二人で手を繋いで家路に着くと、娘をお風呂に入れて一緒に部屋を飾り付けする。


「ねえ、ママー!これ、幼稚園で作った!!」


そう言って紙皿で作ったクリスマスリースを差し出してきたのでそれも飾る。


「ただいまー。」


暫くすると夫が帰ってきたのでチキンと野菜をグリルし始める。その間にチーズフォンデュとバケットなどの具材を用意する。


 家の中には香ばしい美味しい匂いが充満する。


みんなでシャンメリーで乾杯するとクリスマスパーティーが始まった。


「メリークリスマス!!」


美味しい料理とケーキに舌鼓を打つ。


(うん。まあ…幸せかもしれない。)


そんな事を思いながら私はベッドの中で目を閉じた。


 ――翌朝。


 少し生臭い匂いがして目が覚めた。


『昨日はありがとう。サブローandマサエ』


枕元を見ると、フリーザーパックに入ったメザシが置いてあった。


「いらねぇえええっ!」


私は小さく叫びながらクリスマスの朝を迎えた。


おしまい。

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