1-9 引き金を引けない「天才」
ーー王国歴143年1月5日6:00
レガルド王国では珍しく、雪がパラパラと舞っていた。地面にはほんの少しだけ積もっている。
リュシアンに会ってから5ヶ月。俺たち新兵はひたすら座学!座学!座学!で訓練という訓練は魔族の脅威を忘れた頃にまた初日のように犬型の魔族にボコボコにされただけだ。変わった点はこの間の訓練では全員で協力して魔族の犬の1匹を倒せたことくらいだ。
「みんなおはよう!! 本日は雪で寒いので体調管理に気をつけるように!」
ラセルは暖かそうなコートを羽織り、大声で呼びかける。俺たちにもコートは支給されているが、見た目で分かる。ラセルの方が断然暖かそうだ。――そんなどうでもいいことを、いつも通り考えていた。
「今日から王国兵器の訓練を行う! 9時にグラウンド集合だ!」
ラセルは小走りでグラウンド隅の小屋へ戻っていった。
「さみぃ〜。早く部屋に戻ろうぜ、レイル」
アスカは鼻をすする。俺は彼の後ろについて歩き、部屋に戻って食事を済ませた。9時までゆっくり待機する。
「なぁレイル。今日の訓練って、この雪の中でやるのか?」
ベッドに寝転がりながら、俺は適当に返す。
「そうじゃないか? だってグラウンド集合だし」
「やっぱりかー。嫌だなー」
俺たちは平和な会話を続ける。アスカが少し元気がないのは珍しい。雪の中での訓練が、どうやら彼のテンションを下げているらしい。
――コンコン
ドアをノックする音が聞こえた。
「入るよー!」
ノックした癖に、カレンは確認もせずに部屋へ入ってくる。後ろにはミレアもいた。
「なんだよー! 俺たちは寒いの嫌だから、ギリギリまで布団にいるぞ!」
アスカに俺も同意する。
「そうだぞカレン。こんな寒い日は出るべきじゃない」
だがカレンは容赦ない。布団をめくり上げる。
「あんたらバカなこと言ってないで行くよ! もう8時50分よ!」
どうやら、俺たちが部屋でまったりしている間に、あっという間に時間が過ぎていたらしい。
「アスカ、そろそろ行くか」
「そうだな、レイル」
テンションの低い俺たちを、カレンはアスカを、ミレアは俺の手を引き、グラウンドへと連れ出す。
グラウンドに出た俺たちは、いつも通り整列して待つ。
最後の方に来たはずのアルトが、ぜぇぜぇと息を整えながら俺たちの後ろに並んでいた。
「どうしたんだ、アルト? しんどそうだけど」
アスカが質問する。すると珍しく、アルトは少し怒った声で答えた。
「アスカとレイルが来てないから探せって、カレンに言われて……兵舎内を走り回っていたんですよ……」
話すのもしんどそうで、胸を抑えながら言っている。
「ごめんな、アルト。俺たち部屋でダラダラしてただけだ」
アスカが謝れそうになかったので、俺が代わりに謝った。アルトはもう諦めたのか、何も説明せず黙って整列を続ける。
「ねぇレイルさん、ラセル長官ずっと私たちを見てるよ」
ミレアにそう言われ、兵舎の壁に備え付けられた時計を見ると、すでに9時になっていた。
慌てて前を向くと、ラセルも俺の視線を確認し、話し始めた。
「新兵の諸君! これまでの半年間の座学、ご苦労だった!!」
ラセルは大げさに一人拍手をして、俺たちを褒め称える。
「知識がついたお前たちには、これから兵器の使用方法を学んでもらう!!」
そう言うと、コートの内ポケットから銃のような兵器を取り出す。
「これはジオガンという、王国の龍脈兵器だ」
ラセルが小屋の方を指さす。すると、魔族の犬が三匹、ラセルに向かって勢いよく走ってきた。
「よく見ておけ。兵器を扱えれば、こうして戦えるんだ」
ラセルはジオガンの引き金を引き、魔族の犬を一匹ずつ静かに仕留める。
「お前たちは王国兵器を持っていなかったから、毎度全滅していた。しかし兵器があれば、この通りだ」
一旦言葉を切り、周囲の新兵たちの反応を観察し、再び口を開いた。
「王国兵器を扱うには少しコツがいる。いつもの班に分かれ、兵器の扱いに慣れるんだ。以上だ」
手を叩くと、グラウンド隅の小屋から兵士たちが現れ、さっき使ったジオガンと同じ兵器を大量に置いていく。
「さぁお前たち、白銀の壁に向かって撃て。全員撃てた班から、今日の訓練は終わりだ!」
兵士たちは武器を拾いに走る。
「レースでもなんでもないなら、焦る必要もないね。少し落ち着いてからやろうか」
カレンが俺たちの活動方針を決める。
当然のように、アスカは一人でジオガンを取りに行き、何事もなく戻ってきた。
そのおかげで、俺たちはその銃を使って訓練することになった。
「俺が持ってきたんだから、最初は俺で文句ないよな! な!」
アスカが騒がしくカレンに詰め寄る。
カレンは少し笑って、にこやかに頷いた。
「当然いいよ。ばっちりコツ掴んで、みんなに教えてちょうだい」
半年間一緒に過ごしたせいか、カレンもだいぶアスカの扱いに慣れてきたようだった。
「うおおおお! 行くぜ、俺の必殺銃!」
――バン。
引き金が引かれると、ジオガンから紫色の線のような光が放たれ、白銀の壁に細い傷を刻む。
「やったー! 一発成功だ!!」
アスカはその場で跳ねて喜ぶ。
その様子を見ながら、カレンが落ち着いた声で尋ねた。
「発射するとき、何かコツはあった?」
アスカは得意げに胸を張る。
「なんかさ、銃にエネルギー吸われてる感じがしたんだよ! だから気合い入れて引き金引いたら、撃てた!」
カレンは一瞬黙り込み、そして小さく肩を落とした。
「ああ……アスカに聞こうとした私が間違いだったね」
深いため息を一つ。
「私が次やる。私なりのやり方を見つけて、みんなに説明するから」
「できるようになるまで、ちょっと待ってて」
そう言って、カレンはジオガンをしっかりと握った。
「……これ、なんか持つと気持ち悪い感覚する」
そう言って、カレンは足早に壁の前へ進み、引き金を引いた。
しかし――ジオガンからは何も発射されない。
「全然、簡単じゃないじゃない!」
苛立ったように声を上げ、カレンは一度ジオガンを地面に落とす。
すぐに拾い上げ、深呼吸をしてから、もう一度構えた。
「……気持ち悪いって思っちゃ、いけないのかな」
再び引き金を引く。
だが、相変わらず何も起きない。
小さくため息をつき、視線を落としたその時だった。
アルトが、メガネをクイッと押し上げる。
「……皆さんが何も知らなそうなので、黙って見ていましたが」
誰も聞いていないのに、アルトは淡々と話し始めた。
「僕は、その兵器の仕組みを知っています」
そして、少し早口で続ける。
「ジオガンの使用方法ですが、まず引き金に指をかけ、龍脈エネルギーを本体に送ります」
カレンは言われるがまま、引き金にそっと指をかけた。
「その次に、龍脈を“流し込む”イメージをしてください」
「そうすると、身体の中の龍脈が、少しだけジオガンに吸収されます」
横でアスカが目を閉じている。
どうやら集中するときは、目を瞑るタイプらしい。
「そして」
アルトは一拍置いて言った。
「身体から龍脈が流れていく感覚が、完全になくなった瞬間に、引き金を引いてください」
「……こう?」
カレンが静かに引き金を引く。
――バン。
紫色の線が、ジオガンの銃口から放たれ、白銀の壁に傷がついた。
「や、やったよ! アルト! ありがとう!!」
カレンは柄にもなく、素直に声を弾ませていた。
その様子に、アルトは満足そうに小さく頷く。
「では、カレンもできたことですし、僕とミレアさんも挑戦するとしましょうか」
その一言に、俺の頭にははてなマークが浮かんだ。
――いや、俺、まだなんだが。
「おいアルト。俺もまだやってないぞ」
「レイルくんはできそうなので、最後でいいでしょう?」
さらりと言い切られる。
「竜核に吸われていたエネルギー量を考えると、こんなジオガン、楽勝でしょうから」
俺の意見は完全に無視され、アルトはそのままミレアの方を向いた。
「いいですか? 龍脈を流し込むスピードは人によって違います」
「アスカくんは一瞬。カレンも比較的速い部類でした」
「ですから、あの二人のように素早く撃つ必要はありません」
アルトは腕を組み、ミレアの横に立つ。
その姿は、もう教官そのものだった。
「……流れてる感覚、なくなったんだけど。もう撃ってもいいの?」
ミレアが不安そうに尋ねる。
「急ぐ必要はありません」
「確信を持ってから引き金を引けばいいのです」
その言葉に背中を押されるように、ミレアは引き金を引いた。
――バン。
紫色の線が放たれる。
「や、やったよ! ありがとね、アルトくん!」
ミレアは弾むようにカレンの元へ駆けていった。
それを見たカレンも、自然と表情を緩めている。
「では、僕の番ですね」
そう言ったアルトは、ジオガンを握ると――
迷いなく、即座に引き金を引いた。
一瞬だった。
「……まあ、こんなものです」
それを見ていたアスカが、興奮した様子で詰め寄る。
「アルトすげぇよ! なんでそんな早撃ちできるんだ?」
アルトはどこか誇らしげに語り始めた。
「龍脈を流すスピードは、訓練次第である程度速くなります」
「ジオガン程度の使用量であれば、一瞬での充填も可能ですよ」
「今度やり方教えてくれよ! な!」
アルトはメガネをクイッと押し上げ、
「いいですよ。ただし、“僕が教えた”と、みんなに言いふらしてくださいね」
アスカはその返事を聞き、嬉しそうに飛び跳ねている。
「では――真打ですね」
そう言って、アルトは俺にジオガンを差し出した。
俺はアルトからジオガンを受け取った。
その瞬間、額から雪か汗かわからない冷たいものが頬を伝って落ちる。
寒さのせいじゃない。
胸の奥が、妙にざわついていた。
正直に言うと、俺はアルトの説明をほとんど理解できていなかった。
龍脈を流す感覚――そんなもの、俺にはわからない。
試しに、ジオガンを握る。
――何も感じない。
吸われていく感覚も、流れ出す気配もない。
やっぱりだ。
「レイルくん!」
アルトの声が、やけに明るく響く。
「どれだけのエネルギーを君が秘めているのか、僕は見たい!」
悪気がないのはわかっている。
それでも、その言葉が胸に突き刺さった。
……できるはずだ。
アルトの言う通り、俺に本当にそんな力があるなら。
俺は静かに、そして力を込めて引き金を引いた。
――カチ。
鳴ったのは、乾いた金属音だけだった。
誰も何も言わない。
何秒沈黙が続いたのか、わからない。
その沈黙を破ったのは、アスカだった。
「お、レイルできねーのか!」
「じゃあこの分野は俺の担当だな!」
いつも通りの、明るい声。
その無邪気さが、逆に胸を締め付ける。
「まったく……僕の話を聞いていなかったのですか!」
アルトは少し怒った様子で、もう一度説明を始めた。
「まずジオガンを握ります。そして龍脈を――」
――カチ。
――カチ。
――カチ。
――カチ。
――カチ。
何度引いても、紫色の線は現れなかった。
朝から始まった訓練。
アルトが撃った頃には、まだ他の班も残っていた。
だが、気づけばグラウンドには俺たちだけが残っていた。
雪はしんしんと降り積もり、
白くなった地面が照明に照らされて浮かび上がっている。
「……お前ら四人はできたんだろ」
「もう帰っていいぞ」
ラセルの声には、苛立ちよりも諦めが混じっていた。
「よっ! 先帰っとくぜ! がんばれよ!」
アスカはそう言って、いつもの調子で走り去っていく。
カレン、ミレア、アルトは、
何も言わず、下を向いたまま俺を見ていた。
そして、全員が兵舎へ戻った。
その背中が見えなくなった瞬間、
俺の視界は滲んだ。
涙が、自然と溢れていた。
「……さあ、始めるぞレイル」
「これは出来ないと、話にならん」
ラセルの言葉に、俺は我に返る。
それから俺たちは、
月が見えなくなるまで、ひたすら引き金を引き続けた。
――だが。
最後まで、俺は一度も撃てなかった。
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