1-8 英雄はすべてを見抜いている
リュシアンは用意されていた椅子に腰を下ろし、穏やかな声で俺たちに話しかけた。
「君たちの話は、少しラセルさんから聞いたよ。竜核を、きちんと連携して運んできた。素敵なチームだそうだ」
にこやかな表情のまま、リュシアンは続ける。
「私たちより遥かに肉体が強い魔族に勝つにはね、個の力じゃ足りない。王国の兵器と、人の連携——それを噛み合わせるのが一番だ」
そう言うと、彼は椅子から立ち上がり、俺たち一人一人の前に視線を巡らせた。
アスカには、期待するような眼差し。
カレンには、冷静に値踏みする表情。
ミレアには、安心させるような微笑み。
アルトには、すでに答えを知っているかのような納得の顔。
——そして、俺。
優しい。だが、ほんの少しだけ困惑している。
「うん。君たちは、いいチームだったようだね。顔と雰囲気を見れば、大体のことは分かる」
淡々とした言葉なのに、不思議と根拠があるように聞こえた。
まるで、俺たちの性格も癖も、最初から見抜かれていたかのような——そんな感覚。
「じゃあ、一人ずつ自己紹介をしてもらおうか。もっと君たちのことが知りたい」
リュシアンは楽しそうに言ってから、アスカを指差した。
「手前の、赤い髪の男性からお願いしてもいいかな?」
指名されたアスカは、目に見えて肩を震わせながら立ち上がり、ぎこちなく口を開いた。
「お、おれ……い、いや、私の名前はアスカです! 出身は青海街です! よろしくお願いします!」
緊張で肩を震わせるアスカを見て、リュシアンは小さく笑った。
「青海街はいいところだよ。僕も近くへ行くと、よく美味しい魚を頂いている」
「ほ、本当ですか!? う、嬉しいです!」
それが会話になっていたのかどうかは分からない。
だがリュシアンは満足そうに頷くと、次はカレンに視線を向けた。
「私はカレンです。チームでは、みんなに支えてもらって一位になれた……運のいいリーダーです」
自己紹介の後、カレンは訓練のことを簡潔に話した。
それを聞いたリュシアンは、少しだけ考える素振りを見せてから口を開く。
「君がリーダーだったのか。仲間に支えられるリーダーはね、それだけで“いいリーダー”なんだ。自信を持っていい」
にこやかなその言葉に、カレンはわずかに視線を逸らし、頬を赤らめた。
……カレンが照れるなんて、本当に珍しい。
次に視線が向けられたのは、俺だった。
「レイルです。テストで勝てたのは、みんながいてくれたからだと思っています」
俺がそう言うと、リュシアンは穏やかに笑う。
「君が竜核を運んだんだろう? 仲間を想えるその優しさは、王国にとって大切な力だ。これからも頼りにしているよ」
——言っていない。
それなのに、なぜ知っている。
背中に、ぞくりとしたものが走った。
この人は、見ていないはずのことまで、すでに知っている気がする。
そんな違和感を抱く間もなく、アルトの自己紹介が始まった。
「僕はアルトです。龍脈技術を研究して、将来は今より低エネルギーで高出力な武器を作りたいと思っています」
リュシアンは一度だけ視線を落とし、それから再び顔を上げた。
「龍脈エネルギーも、無限じゃないからね。アルトくんの研究には期待しているよ」
「は、はい! 頑張ります!」
上ずった声でそう答えたアルトの後、最後にミレアが立ち上がる。
「私はミレアです。私は……本当に、いいとこ取りをしただけで……」
その言葉を、リュシアンは静かに遮った。
「ミレアちゃん。君がいたから、このチームは優勝できたんだ」
彼はそう言って、まっすぐミレアの目を見る。
「自分を低く見すぎないで。もっと自信を持って動けば、君はもっと良くなる」
ミレアは一瞬言葉を失い、次の瞬間、耳まで赤く染めて小さく頷いた。
自己紹介が終わったその時、部屋に一人の兵士が入ってきた。
兵士はリュシアンの耳元で小声で何かを伝える。
それを聞いたリュシアンは、わずかに表情を引き締め、椅子から立ち上がった。
「ごめんね、みんな」
そう前置きしてから、俺たちを見渡す。
「カルフォートという温泉街で、魔族の不穏な動きが確認されたみたいなんだ」
残念そうに微笑むと、それ以上は何も言わず、リュシアンは部屋を後にした。
扉が閉まり、彼の足音が完全に聞こえなくなった頃——
「はぁ〜……緊張した……」
アスカが大きく息を吐き、ようやく肩の力を抜く。
「なんか、凄すぎる人だろ。全然ちゃんと話せなかった……」
「分かります!」
アルトも勢いよく頷いた。
「凄すぎて、言葉が出ないって、こういうことなんですね!」
いつもの調子で二人が騒ぎ始めた、その時だった。
「お前たち二人。少し静かにしろ」
ラセルの低い声が飛ぶ。
二人は揃って口を閉ざした。
ラセルは腕を組み、淡々と続ける。
「リュシアン殿は現地へ向かわれた。これ以上、面談を続けることはできん」
そして少しだけ表情を和らげる。
「よって、代わりに私が城内を案内しよう」
不貞腐れた顔をするアスカとは対照的に、アルトの目が輝いた。
「す、凄いです! 城内なんて、本来立ち入れる場所じゃないんですよ!? ぜひお願いします、長官!」
俺はカレンとミレアと目線を交わし、同時に答える。
「お願いします、長官!」
少し遅れて、アスカが小さな声で付け加えた。
「……せっかくなので、行きたいです。お願いします、長官」
そんな俺たちの様子を見て、ラセルは小さく笑った。
「よし。では行くぞ。ついてこい!」
——そこから約二時間。
王の間、憲兵宿舎、兵器貯蔵庫。
そして、龍脈を生み出すという謎の装置。
正直に言って、俺にはさっぱり分からなかった。
面白くなかった。
だが、授業をきちんと聞いていたカレンや、聞いていそうなミレアとアルトは違う。
三人とも、ラセルの話を食い入るように聞いている。
——ああ、こんなことなら。
ちゃんと、座学を聞いておくんだった。
ラセルの案内が終わり、俺たちは再び城門の前に戻ってきた。
来た時と同じように、太陽はまだ頭上から明るく俺たちを照らしている。
体感では、丸一日以上ここにいた気分だった。
だが実際には、三時間ほどしか経っていないらしい。
「明日からまた訓練が始まる。今日はしっかり休んでおけ」
それだけ言い残すと、ラセルは城内へと戻っていった。
……さて。
ここからは徒歩で帰らなければならない。
「はぁ……とっても楽しかった」
カレンが、心から満たされたようなため息をつく。
それは、いつもの俺たちに呆れた時のものとは、明らかに違っていた。
「本当に……」
アルトも感慨深そうに続ける。
「自分が、まだまだ未熟だって思い知らされました。王国の技術……凄すぎます」
感動のあまり、目にうっすら涙まで浮かべている。
——そんな、しんみりした空気を。
「なぁ! 帰って何する? どっか寄ってくか!」
一瞬でぶち壊したのは、やっぱりアスカだった。
その明るい声に、カレンとアルトは現実へ引き戻される。
俺は思わず、そんな二人を見て笑ってしまった。
「とりあえず、みんなで飯でも食べに行くか!」
そう言って、俺はミレアの方を見る。
「王国出身だろ? 美味しい店、知ってるよな?」
問いかけると、ミレアは一瞬驚いたあと、満面の笑みで頷いた。
「……うん。任せて」
そう言って、彼女は自然と先頭を歩き始める。
今まで見たことのないミレアの積極的な行動に、
カレンとアルトは少しだけ目を丸くしていた。
俺はその二人の後ろに回り、軽く背中を押す。
「ミレアが連れてってくれる飯屋で、続きは話そう」
そう言って歩き出す。
前を見ると、アスカとミレアが並んで、楽しそうに話していた。
——リュシアンと出会って、ミレアは少し変わった。
きっと本人は、まだ気づいていない。
……そして。
俺の中の何かも、ほんのわずかに変わっていたのかもしれない。
英雄リュシアン。
その凄さを、この目で初めて知った一日だった。
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