1-6 繋いだ竜核、届けた想い

どれくらい走っただろうか。

 少し前を走っていたはずのミレアは、もう目と鼻の先にいる。息も荒く、相当疲れている様子だった。


 それでも――確実に、前に進んでいる。


「ミレア……あれが、そうなのか」


「……そうだよ。あれが、レガルド城」


 視線の先には、見たこともない巨大な建造物がそびえ立っていた。

 想像していた“城”とはまるで違う。至るところに王国兵器が取り付けられ、要塞と言った方がしっくりくる。


 城を見上げる俺を見て、ミレアは笑顔で言った。


「ゴールは、こっちだよ!」


 そう言って、再び走り出す。


 城門が見えた。

 ラセルの姿も確認できる。


 ――勝った。


 そう思った瞬間だった。


 ――嫌な気配が、背中を撫でた。


 次の瞬間、横から巨大な体が突進してきた。

 衝撃で体が宙を舞い、城壁に叩きつけられる。


「レイルさん!」


 ミレアの叫び声が聞こえた。


 歯を食いしばりながら立ち上がると、目の前には身長二メートルはあろうかという屈強な男が立っていた。


「ありがとうよ。ここまで竜核を運んでくれて」


 男がそう言い、走り出そうとした瞬間――

 ミレアが男の腕にしがみつく。


「これは……私たちみんなの想いが乗ってるの!奪われちゃ、いけない……!」


「なにすんだ、この雑魚が!」


 男は吐き捨てるように言い、乱暴にミレアを振り払った。


 ミレアは地面に叩きつけられ、そのまま動けなくなる。

 それでも、必死に俺を見て、首を振っていた。


 ――行くな、ってことか。


 俺は男の前に立った。


「渡せない」


 喉が渇いているのが分かる。


「理由は……今は考えてないけどさ」


 一歩、前に出る。


「ここで引けないんだ」


 横目で見ると、ミレアはまだ起き上がれそうにない。

 ここは――俺一人で、止めるしかない。


「カッコつけるなよ。どうせお前は俺に負けるんだから」


 屈強な男はそう吐き捨てると、再び俺に向かって突進してきた。

 動きは一直線。さっきより速いが――単純だ。


 俺は身をひねってかわし、反射的に拳を振り抜く。

 手応えがあった。


 拳が男の顔面を捉え、鈍い音が響く。

 男はよろめき、抱えていた竜核を取り落とした。


 地面に転がる竜核。

 男はそれを一瞥すると、ゆっくりと俺を睨みつけた。


「……よくも俺を殴ったな?」


 低い声だった。


「起き上がれないようにしてやるよ」


 その圧に、背筋が震える。

 それでも、俺は口を開いた。


「……お前じゃ、俺たちには勝てない」


 自分でも驚くほど、声は震えていなかった。


 男は嘲るように笑い、次の瞬間、拳を振るってきた。

 避けきれない。


 俺の体は工場の外壁に叩きつけられた。

 息が詰まり、視界が揺れる。


 ――違う。

 同じ人間じゃない。


 威力が、重さが、桁違いだ。


「よぉ」

 男が近づいてくる。

「よく俺のことを殴ってくれたな」


 もう一撃。

 頭が揺れ、意識が遠のく。


 ――ダメだ。

 ここで倒れたら……。


「……やっぱり、全然ダメだな。俺って」


 そう呟くと、なぜか笑いが込み上げてきた。

 大声で、無理やり。


「とうとう気が狂ったか」

 男は吐き捨てる。

「可哀想な男だ」


 男がトドメを刺しに踏み込んだ、その瞬間。


 ――今だ。


 俺は残った力を振り絞り、カウンターで足を振り上げた。

 踵が男の顔面に叩き込まれる。


「――ッ!」


 男が一歩、下がる。


「ミレア!」

 俺は叫んだ。

「ここは俺に任せろ!」


 視界の端で、ミレアが起き上がるのが見えた。

 ふらつきながらも、確かに竜核を抱え、前に進んでいる。


「おい! 待て!!」


 男が叫ぶ。

 俺はその前に立ちはだかった。


 仁王立ちで、逃げ道を塞ぐ。


「ここは……絶対に通さない」


 下を向いたまま、そう宣言する。

 鼻から垂れた血が、地面にぽたりと落ちた。


 男は何も言わず、突進してきた。


 俺はそれを、正面から受け止める。


「言っただろ!」

 喉が裂けるほど叫ぶ。

「ここは通さない!!」


「うるせぇ! どけ!!」


 次の瞬間、体が宙を舞った。


 視界が回転する中で――

 俺は見た。


 ミレアが、ラセルのもとへ辿り着く姿を。


 そして、意識が途切れる直前。

 聞き慣れた、あの大声が響いた。


「ミレア班! 一着!!」


 いつもなら、正直うるさいと思う声。

 なのに、その声は――


 親の言葉みたいに、俺の心を包んだ。


 俺は、静かに目を閉じた。


  目を覚ますと、見覚えのある白い天井が目に入った。

 その瞬間、意識が一気に現実へ引き戻される。


 ――そうだ。訓練は?

 ミレアは?

 みんなは……?


 混乱する頭の中に、聞き慣れた声が足元から飛び込んできた。


「よお、目を覚ましたか相棒!」


「しっかりしてくださいレイルくん。今回の主役がこんなんじゃ、僕の面目が丸潰れになるじゃないですか!」


 痛む体を無理やり起こすと、そこにはアスカとアルトが並んで立っていた。


 俺は開口一番、気になっていたことを口にする。


「……テストの結果は?」


 二人は一瞬だけ目配せし、次の瞬間、同時に満面の笑みを浮かべた。


「当然一位だ!」


「当然一位です!」


 誇らしげに語り始めた二人の妨害戦の武勇伝を横目に、俺は隣のベッドへ視線を向けた。


 そこには眠るミレアと、そのそばで看病するカレンの姿があった。

 ミレアは俺に気づくと、安心したように微笑んでくれる。


 その後、カレンはミレアに声をかけ、静かに病室を出ていった。


「……ごめん。肩、貸してくれ」


 まだ話し足りなさそうな二人にそう頼むと、アスカもアルトも当然のように肩を差し出してくれた。


 支えられながら外に出ると、グラウンドの端に一人で座るカレンの姿が見えた。


「あれ? カレン、なんであんなとこに?」


「確かに……様子がおかしいですね」


 俺は二人に頼む。


「ちょっと、カレンと二人で話したい。ミレアのこと、頼んでもいいか?」


 アスカはにこやかに頷き、アルトは察したように病室へ戻っていった。


 俺はふらつきながら、なんとかカレンのもとへ辿り着く。


「どうしたんだ、カレン」


 できるだけ優しく声をかける。

 彼女が座っていた地面の土は、少し湿っていた。


「……カレンのおかげで一位になれた。ありがとう」


 そう言って、俺も隣に腰を下ろす。


「いてて……」


「レイル、無理してない?」


 さっきまで黙っていたカレンが、ようやく口を開いた。


「この通りだよ」

 俺は無理に笑って、腕をぐるぐる回す。

「アスカみたいには暴れられないけどな」


「あたしさ……」

 カレンは俯いたまま続ける。

「みんなを仕切ってたけど、結局ミレアもレイルも、こんなに怪我させちゃった」


 いつもの彼女らしくない、静かな声。


「私じゃなくて……レイルやアルト、ミレちゃんがリーダーだったら、誰も怪我しなかったんじゃないかな」


 俺はカレンの顔を見ることができなかった。

 ただ、土に落ちる水音だけが聞こえた。


「俺はさ」

 前にそびえる銀色の壁を見上げながら言う。

「カレンがリーダーで良かったと思ってる」


「……」


「あそこで俺とミレアに任せてくれた。ミレア、今まで見たことないくらいの笑顔で走ってたぞ」


 間を与えないように、続ける。


「ミレアが怪我したのは、カレンのせいじゃない。周りを見てなかった俺の責任だ。俺の傷なんて、ミレアに比べたら大したことないしな」


 そう言って笑うと、カレンは震える声で言った。


「レイルが……この班で一番重症だったよ」


 顔を上げたカレンは、

 いつもの冷静な彼女じゃなかった。


「私、自分は強いと思ってた。現実的で、効率的で、みんなを守れるって……でも全然だよ。守られてばっかり」


 子供みたいな顔で、涙を流していた。


「ねぇレイル……どうすればよかったのかな」


 俺は深く息を吸い、思ったままを口にする。


「……まずは、自分を認めるところからじゃないかな」


 そう言って立ち上がり、カレンの手を引いた。


「リーダーが欠席してたら、アスカとアルトの武勇伝が台無しだろ。帰ろう」


 カレンは裾で涙を拭い、いつもの笑顔を浮かべた。


「うん。行こっか。みんなの頑張り、ちゃんと聞かないとね」


「俺の頑張りも聞いてくれよ、カレン!」


 俺たちは肩を借り合いながら、病室へ戻った。


 沈みゆく夕日が、

 俺たちの背中を、そっと押してくれていた。

 

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