1-5 規格外の新人

「おい、作戦失敗したけどこれどうすんだよ!」

「僕としたことが……不覚でした」


 アスカとアルトがそろって地面を見る。

 空気が一瞬、重くなった。


 俺は二人にやる気を取り戻させるため、わざと明るく言った。


「この竜核ってボールを持って走るしかないだろ!」


 そう言って、地面に置かれている竜核に手をかける。


 ――重い。


 直径十センチもない球体。それなのに、持ち上げようとした腕がびくりとも動かない。

 感覚的に、四十キロはある。


 これを一人で、何キロも運ぶ?

 無理だ。


「誰か、これ運ぶの手伝ってくれないか?」


「おっしゃぁ!レイル、任せとけ!」


 俺が竜核をアスカに渡す。

 アスカは歯を食いしばり、苦しそうな顔をしながらも、


「この程度なら余裕だ!行くぞ!」


「アスカ、待って!」


 カレンが声を張り上げる。

 竜核を抱えたまま歩き出そうとするアスカのもとへ、早足で向かった。


 俺たちも後に続く。


「いい? この竜核は、みんなで交代しながら持つよ」


「なんでだよ、カレン!俺一人のほうが速い!」


「あぁ、もう!」


 カレンは頭をかきながら、はっきりと言い切った。


「竜核は体内のエネルギーを勝手に吸い取るの。あなたが倒れたら、異常が起きた時に対処できなくなるでしょ!」


「おう!なるほど!分かった!」


 アスカは早歩きをやめないまま、妙に元気よく答えた。


 ――単純明快な作戦。

 とにかく速く、王都へ行く。


 本来なら、カレンとミレアが安全ルートを確認し、

 俺、アスカ、アルトの三人で護衛と運搬を担当する予定だった。


 だが、手袋はもうない。


「手袋がなくなったから作戦変更!あたしがルートを調べてくる!あんたたち四人で何とかして!」


「僕も運ばないといけないのですか?私は頭脳で勝利に導くタイプなのですが……」


 アルトが言い終える前に、

 アスカが笑いながら竜核を俺にパスし、アルトの肩を叩いた。


「大丈夫だ!アルトは俺たちの頭脳だ!何かあったら頼む!」


 次にミレアを見る。


「ミレアは見張りを頼む!」


 そして――俺の方を向いた。


 今日一番の、無邪気な笑顔で。


「レイル。それでも大丈夫か?」


 俺は、その笑顔に釣られるように、満面の笑みで答えた。


「余裕だ!」


 こうして俺たちは、

 王国の商店街を早歩きで駆け抜けていった。


  商店街の人々は、俺たちを見世物でも見るような目で見ていた。

 興味と好奇心。

 それに――どこか別の感情が混じっている。


 その視線が、妙に不気味だった。


「ねぇ、みんな……前に誰かいる!」


 ミレアの声に、俺は反射的に顔を上げる。


 道の先に立っていたのは、王国兵士の制服を着た男が二人。

 通りを塞ぐように、堂々と腕を組んでいる。


「お前らの班は、私たちの手によりここで終わる」


 低い声で、大柄な屈強な男が言った。

 その横には、腰巾着のように付き従うもう一人。


「私たちに見つかってしまったんだからな」


 二人は得意げに一歩前に出る。


「新兵一、屈強な肉体を持つ!私の名はカイザ!」


「新兵一、屈強な精神を持つ!私の名はヴァン!」


「二人合わせて――」


 最後まで聞く前に、


 ――ゴッ。


 アスカの拳が、二人をまとめて吹き飛ばした。


 派手な音を立てて地面に転がり、二人はそのまま動かない。


「おお……アスカくん」

 アルトが目を丸くする。

「こんな問題の解決方法もあるのですね」


「ああ!」

 アスカはあっけらかんと笑った。

「こういう邪魔してくるやつは、ぶっ飛ばすのが一番早いからな!」


 ……本当に大丈夫なのか?

 アスカとアルトだけが笑っていた。

 俺は急に不安になった。


 横で周囲を警戒していたミレアの表情も、どこか硬い。

 たぶん、同じことを考えている。


 それでも俺たちは進む。


 商店街を抜け、王国の居住地へ出た。


 王国は白銀の壁に囲まれている。

 その中心に、レガルド城。

 周囲には兵器工場、住居、商店街、兵舎が順に配置されていた。


 授業で聞いたことがある。

 これは、何かが起きた時――

 **失ってはいけないものを、内側に置いた結果**だと。


 俺は無意識に、白銀の壁を見上げていた。


  俺たちはそのまま、住居エリアの中を真っ直ぐ進んだ。


 前方に、別の班が見えてくる。

 その中の一人が、地面に座り込んだまま動けなくなっていた。


「みんな……俺のことはいいから、先に行け」

 かすれた声で、兵士はそう言った。

「俺も……リュシアンに合わせてくれよ……」


「だめだよ!」

 隣にいた班員が叫ぶ。

「龍脈がなくなったら死んじゃうんだ!今、カルが龍脈キットを買いに行ってるから!」


 ――龍脈が、なくなったら死ぬ。


 そんなの、大変だな。

 俺はどこか他人事のようにそう思いながら、横を通り過ぎた。


「ねぇ、レイルさん」


 ミレアが、そっと声を落として話しかけてくる。


「あなた……竜核、そんなに長い間持っていて大丈夫なの?」


 言われて、初めて気づいた。

 俺は商店街に入ってから、ずっと竜核を抱えたままだ。


「そういえば……」

 アルトも思い出したように言う。

「商店街に入った時から持ち続けていますね。先ほどの方のようになる前に、交代をお願いします」


「分かったよ、アルト」


 俺は竜核をアスカに渡した。


 受け取ったアスカは、少し顔を歪めたが、

 そのまま歩くペースをさらに上げる。


「レイルがここまで運んだんだ!」

 振り返りもせずに叫ぶ。

「だったら、俺が城まで運ぶ!」


「アスカくん!」

 アルトが慌てて声を上げる。

「それでは、カレンに怒られてしまいます!」


 ……本当に。

 俺は胸の奥で、そう思った。


  賑やかな雰囲気の中、俺たちは順調に進んでいた。


 ……もう何分経っただろう。

 気づけば、まだ住居エリアの中だ。


 アスカの足取りが、少しずつ重くなっていく。

 さっきまでの元気が、嘘みたいに消えていた。


「アスカ、そろそろ交代しよう」


 俺が声をかけると、

 アスカは引きつった笑顔を浮かべて言った。


「へへ……レイルばっかに、いい顔させられるかよ」


 その時だった。

 前方から、見覚えのある影が走ってくる。


「……カレンだ!」


 見つけた瞬間、

 カレンは息を切らしながら駆け寄り、無言で竜核を奪い取った。


「アスカ、あんたねぇ!!」


 拳を震わせ、怒鳴る。


「なんでこんなになるまで持ってるの!

 ほんとに、死ぬよ!」


「レイルがここまで運んだんだ。俺はもっと……」


 ――バシッ。


 一瞬、空気が凍る。


「何がレイルに負けたくないよ!!

 チームの目的を忘れるんじゃない!」


 俺は、何も言えなかった。

 それが正しいと、分かってしまったからだ。

 

「ごめん。俺が間違ってた」

 アスカはカレンに謝ると俺に竜核を渡してきた。

 

「レイル。俺ちょっと休憩するわ」


「ああ、あとは俺たちに任せろ」


 そう言ったはずなのに、

 アスカは少し休んだだけで、結局また前に出ていた。

 ……そう言う性格だったしな。


 龍脈キットの中の食料をかじり、

 まるで何事もなかったかのように――

 いつもの調子で、先頭を走り出す。


 カレンが合流し、最短ルートや他チームの情報を手に入れたことで、俺たちの足取りはさらに速まった。

住居エリアを駆け抜け、はや数十分。ようやく視界の先に工場地帯が見えてきた。カレンは、運搬役の俺をちらちらと見ては、すぐに周囲の警戒に勤しむ。工場地帯へと突入する直前、カレンは俺の横に寄ってきた。

 

「ねぇ、レイル。そろそろ交代しようか」

 

俺は長いこと竜核を持っていたが、せいぜい腕が少し痺れている程度だ。カレンに言われるまま、その重い球体を渡した。

 

「うわっ!」

 

カレンは竜核を受け取った瞬間、顔を歪めた。彼女は数歩踏み出しただけで、すぐさま地面に降ろし、息を飲む。


 「これって思ったより重いし、体の芯から力が抜けるんだね」

 

その言葉を聞いたアルトは、待ちきれないように持論を展開し始めた。

 

「カレン。よく気づきましたね。レイルくんは明らかに異常です」

 

そう言ってメガネをクイッと上げ、額の汗を拭う。

 

「レイルくんはアスカくんのゆうに三倍の時間、竜核を持っていますが、健康そのものです。他の班員が次々と倒れている状況を考慮すると、これは計算外です」

 

「え!?レイル、そんなに持ってたの!?」

 

カレンが驚き、思わず大声を上げる。その様子を見てニヤリと笑い、アルトはさらに続けた。

 

「レイルくんの体内の龍脈エネルギーの量は、私たちの常識を遥かに超えた異常な程多いのではないでしょうか。アスカくんも充分凄い龍脈量なのですが、レイルくんは……」

 

アルトの解説もまだ途中だというのに、アスカが俺の横に来て、どかっと肩を組んできた。

 

「流石だレイル!やっぱりお前しか俺の相棒が務まる奴はいねーよ!」

 

アスカは笑いながら俺の横で満面の笑顔を振りまく。

 

「レイルはまだ龍脈が無くなってきた感覚ないの?」

 

カレンが地面にしゃがみ込みながら、不思議そうに俺に質問してくる。アスカに肩を組まれたまま早歩きしている俺は、何とか彼女の質問に答えた。

 

「正直、腕が少し痺れてるだけで、疲れていない。むしろ、走ってもいいくらいだ」

 

「嘘でしょ……」

 

カレンは呆然とつぶやくと、竜核を地面に放り出した。

 

「ねぇ、レイル。あなたが持って」

 

カレンがそう言うと、アルトがカレンの行動に驚き声を上げた。

 

「カレン!レイルくんの龍脈がいくら多くても、これ以上持たせるのは危険なんじゃ……!」

 

カレンはアルトを無視し、俺の目を見て問いかけた。

 

「あんたは一位になりたいんでしょ。私たちも同じ」

 

カレンは言葉を選びながらも、その眼差しは真剣だった。

 

「私も同じ…。あんたの異常な体力に、私は賭ける。一位になるには、このペースを絶対に維持しないといけない」

 

カレンはそう言って俺の手を取り、冷たい竜核に触れさせた。

 

「みんなで優勝するには、レイルが運ぶしかないの。私たちの前には、あとひと班だけいる」

 

カレンは俺に竜核を持たせ、背中を押した。

 

「前の班は私たちよりほんの少しだけはやい!でも、レイルの無限の龍脈があれば追いつける」

 

カレンはそう言って前を向き、冷静にみんなに作戦を伝える。

 

「いい? みんな。ここからはレイルをチームの先頭に進めさせて、相手の竜核を遅延するのを徹底するよ」 カレンはミレアに紙を一枚渡すと、俺の背中を強く押し、そのまま俺の横を駆け抜けていった。

 彼女が通り過ぎたあとに吹いた風は、なぜか少しだけ暖かかった。


「レイル!任せたぞ!!向こうの足を引っ張るのは任せろ!」


 そう言って、アスカも走り出す。


「まったく……仕方ない方たちですね。班の頭脳役である僕が、妨害担当に一番向いているでしょう!」


 アルトもそう言い残し、二人の後を追っていった。


 三人の背中を見送っていると、横から声がかかる。


「じゃあ私たちは、ゴールを目指そうか!」


 ミレアはそう言って紙を広げた。


「こっちだよ、レイルさん!」


 そう言うと、彼女は俺の前を走り出す。


 胸の奥に、熱いものが込み上げてくるのを感じた。


「おう!絶対、一位を取るぞ!」


 俺はそう叫び、ミレアの後を追った。

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