第12話(最終回):0.1%の奇跡と、永遠の女王様

 絶望の荒野で、私は立ち尽くしていた。

 頼みの綱だった『強制スワップ』はデコイに阻まれ、『絶対権限』によるハッキングもマリアに無効化された。

 私の手札はもうない。

 目の前では、最強の騎士・カイザーが大剣を振り上げている。


「チェックメイトだ、哀れな道化よ」


 レイヴンもバルカンも瀕死だ。ライムは身動きが取れない。

 ……ううん、まだある。

 たった一つだけ、残された可能性が。


(『手動パラメーター・スワップ』……!)


 システムアシストなしの、マニュアル操作によるステータス入れ替え。

 成功率は、通常のプレイヤーなら1/1000以下。

 私のプレイヤースキルで極限まで精度を高めても、せいぜい30%。

 失敗すれば、私は隙だらけの状態で即死する。

 それに、もし成功しても……。


(カイザーと入れ替わっても、マリアの回復がある限りジリ貧だ。……どうすれば……)


 恐怖と迷いで、指が動かない。

 死にたくない。負けたくない。でも――。


「……ミサピョン」


 その時、背後から掠れた声が聞こえた。

 レイヴンだ。

 彼は血まみれになりながらも、私を庇うように立ち上がった。


「伏せていろ。最後の一撃は……私が防ぐ」

「ダメです! もうHPが……!」

「構わん!」


 レイヴンが叫んだ。

 その声は、静まり返った決勝フィールドに、そして集音マイクを通じて全世界に響き渡った。


「優勝なんてどうでもいい! 最強の称号も、賞品もいらない!」

「レイヴン……?」

「私はただ……陽(あなた)と一緒にいたいだけだ!!」


 ――え?

 時が止まった気がした。

 レイヴン(美咲先輩)は、マスク越しでもわかるほど真剣な眼差しで、私だけを見ていた。


「たとえこの世界で負けても、リアルで何があっても……私の気持ちは変わらない。愛している、陽! だから、お前だけは守り抜く!」


 ……言っちゃった。

 本名も、愛の言葉も、全部。

 数億人が見ている前で。


**【大会公式掲示板】**

> 1200: 名無しの観戦者

> ファーーーwwwww

>

> 1205: 名無しの腐女子

> 公 開 プ ロ ポ ー ズ キ タ ー ! !

>

> 1210: 名無しのファン

> 熱すぎるwww もう結婚しろお前らwww


 会場中が「ヒューヒュー!」と指笛を鳴らすような空気に包まれる。

 恥ずかしい。顔から火が出そう。

 でも――それ以上に。

 胸の奥から、燃えるような力が湧いてきた。


(……先輩がここまで言ってくれたんだ。私がウジウジしててどうするの!)


 30%? 上等じゃない。

 愛の力で、100%にしてやる!

 私は顔を上げた。

 狙うのはカイザーじゃない。この戦場の支配者、マリアだ!


「……どけぇぇぇッ!!」


 私はレイヴンの横を駆け抜けた。

 カイザーが反応して剣を振るうが、今の私には止まって見える。

 ギリギリで回避し、後衛のマリアに肉薄する。


「なっ、私だと!?」

「貴方のその『神の頭脳』……私が頂きますッ!!」


 私は手を突き出し、手動スワップのコードを叩き込んだ。

 迷いはない。恐怖もない。

 あるのは、先輩への愛と、勝利への執念だけ!


 **カチリ。**


 世界が反転した。


> **[SYSTEM] PARAMETER SWAP: SUCCESS**


「な……私のINTが……!?」


 マリアが膝をつく。

 逆に、私の身体に膨大な演算能力が流れ込んでくる。

 全能感。これなら行ける。

 私はマリアから奪ったナノマシン制御権を掌握し、叫んだ。


「レイヴン! 受け取ってください!」


 **ヒュンッ!**

 緑色の光がレイヴンを包み込む。

 私のハッキングによる超高速修復。HPバーが一瞬で満タンになる。


「……力が、戻った」

「さあ、行って! 私の騎士様!」

「応ッ!!」


 完全復活したレイヴンが、音速を超えた。

 マリアの援護を失った魔導士たちなど、彼の敵ではない。


 **ズバッ! ズバァッ!!**


 一瞬の交錯。魔導士二人が両断され、爆散する。

 私は続けてバルカンにも修復光を飛ばす。


「おおお! 復活! 愛の力で蘇りましたぞーッ!」

「うるさい、働け!」


 戦況は一変した。

 残る敵はカイザーひとり。こちらは完全復活した4人。

 しかも、敵の回復役はもういない。


「そ、そんな……馬鹿な……」


 孤立したカイザーが後ずさる。

 私たちは、じりじりと包囲網を縮めた。


「さて……これまで散々やってくれましたね?」


 私がムチを鳴らす。

 レイヴンが剣を構える。バルカンが拳を鳴らす。ライムが照準を合わせる。


「みんな、やっちゃえー!!」

「「「オラオラオラオラァァァッ!!!」」」


 それはもう、目も当てられないフルボッコだった。

 最強の王者は、愛と友情の暴力の前に、あえなく散ったのだった。


> **[SYSTEM] WINNER: 漆黒の執行者**

> **CHAMPION!!**


   ◇


 表彰式の後、私たちはレイヴンの隠れ家で祝勝会を開いていた。

 テーブルの上には、優勝賞品『願望器(ウィッシュ・オーブ)』が輝いている。


「さあミサピョン。願いを叶える時だ」

「はい……!」


 私は震える手でオーブに触れた。

 長かった。この露出狂生活とも、今日でおさらばだ。


「願いを言え」

「えっと……この『深紅のボンテージ』の見た目を……普通にして!」


 私は叫んだ。

 オーブが激しく明滅する。


『了解。対象装備のカテゴリ:ボンテージにおける「標準的(ノーマル)」なデザイン定義を検索……適用します』


 光が私を包み込む。

 やった! これで清純派女子高生に……!


 **パァァァ……!**


 光が収まった。

 私は期待に胸を膨らませて鏡を見た。

 そこには――。


「……あれ?」


 以前と変わらず、胸元が大きく開き、太ももが露わになったボンテージ姿の私がいた。

 いや、よく見るとトゲトゲが少し減って、より洗練された(エッチな)デザインになっている気がする。


「な、なんで!? 変わってないじゃない!」


 レイヴンが口元を押さえて震えている。


「……ふっ、くくっ……。ミサピョン、ボンテージの世界では、それが『普通(スタンダード)』なんだよ……」

「そ、そんなぁぁぁぁ!!」


 私の絶叫がこだました。

 結局、私の露出狂ライフはこれからも続くらしい。

 仲間たちの笑い声に包まれながら、私は諦めと、少しの幸福感を感じていた。


   ◇


 ――そして、2学期。


「おはよう、陽」

「あ、おはよう……美咲、先輩」


 登校中の昇降口。

 美咲先輩が、以前よりもずっと自然な笑顔で話しかけてくる。

 周りの生徒たちが「あれ? 生徒会長と天野さん、仲良くない?」「てか雰囲気似てない?」とざわついている。


「放課後、生徒会室に来なさい。……旅行の計画、立てるわよ」

「は、はいっ!」


 先輩が私の耳元で囁き、通り過ぎていく。

 教室に入ると、蓮くんがニカっと笑って手を振った。

 御門先輩は相変わらず遠くから会釈してくる。


 私の日常は、以前の「灰色」とは少し違う。

 ちょっと騒がしくて、恥ずかしくて、でも最高に楽しい「バラ色(ただしボンテージ色)」の日々。


 現実では陰キャJK。

 でも電脳世界では、最強の仲間と、最愛のパートナーを持つ『伝説の女王様』。

 

 私の憂鬱で幸せな無双ライフは、まだまだ終わらない!


(完)

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現実では陰キャJKですが、サイバーパンク世界の頂点に立っちゃいました 〜伝説のハッカー『ミサピョン』の憂鬱な無双ライフ〜 茜 亮 @Akane_Ryo

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