第11話:決勝戦 〜王者の策略と、何もない荒野〜
準決勝での『地下鉄暴走事件』から一夜明け、私たちはちょっとした英雄(あるいは災害)扱いされていた。
「いやー、マジで凄かったな昨日のアレ! 掲示板とか『破壊神ミサピョン』って呼ばれてるぜ?」
「うぅ……もうお嫁に行けない……」
放課後の生徒会室。
蓮くんがスマホを見ながら興奮気味に話しかけてくる。
私は机に突っ伏して呻いていた。あんな派手な勝ち方をするつもりじゃなかったのに。
「いいえ、素晴らしい戦果でした天野さん!」
「そうよ。あれくらいやってくれなきゃ、私のパートナーは務まらないわ」
御門先輩と美咲先輩も、満足げに頷いている。
特に美咲先輩は、昨日の勝利で機嫌がすこぶる良い。
「ねえ、陽さん。この大会が終わって受験勉強が本格化する前に……二人で旅行に行かない?」
「えっ、りょ、旅行ですか!?」
「ええ。景色のいい温泉宿でも取って、二人きりで……優勝のお祝いをしましょう」
先輩が妖艶に微笑む。
その言葉には、ただの遊びではない、どこか切実な響きがあった。
そうか。先輩たちは3年生。この夏が終われば、あとは受験一直線で、卒業してしまうんだ。
この夏が、先輩と過ごせる最後の自由な時間なのかもしれない。
「い、行きたいです……!」
「俺も行きたいっす! みんなで行きましょうよ!」
「私もお供します! 荷物持ちとして!」
空気を読まない男子二人が手を挙げたが、美咲先輩は氷の視線で一蹴した。
「……誰が『みんな』って言ったのかしら? これは私と陽さんだけの大事な時間よ。邪魔するなら……わかるわよね?」
「「ヒッ……承知しました……」」
二人が縮み上がる。
私は嬉しさと緊張で、胸がいっぱいになっていた。
優勝して、先輩と旅行に行く。
そのためにも、次の決勝戦……絶対に負けられない!
◇
その夜。決戦直前の作戦会議。
レイヴンが、決勝の相手『王権(レガリア)』のデータをモニターに映し出した。
「いいか、心して聞け。奴らは文字通り『最強』だ」
**【敵チーム構成】**
1. **カイザー(ウォリアー):** サーバー最強のタンク兼アタッカー。物理火力・防御力ともにカンスト寸前。
2. **聖女マリア(ハッカー):** **最重要警戒対象**。見た目は聖職者だが、中身は超一流のハッカー。ナノマシンを制御し、破損したアバターのデータを瞬時に書き換える「修復」を行う。
3. **魔導士A・B(スナイパー):** 杖に見せかけた「高出力レーザーライフル」を持つ狙撃手。
「厄介なのはカイザーの硬さじゃない。後ろにいる**ハッカーのマリア**だ」
レイヴンがマリアの画像を拡大する。
「奴の『修復ハッキング』は、我々の最大火力を上回る速度でHPデータをロールバックさせてくる。つまり、マリアがいる限り、カイザーは実質『不死身』だ」
「そんな……じゃあどうやって倒すんすか?」
「そこで、ミサピョンの出番だ」
レイヴンが私を指名する。
**【作戦概要】**
1. 開幕直後、ミサピョンがボンテージの固有スキル『強制執行(オート・スワップ)』を使用。
2. 最強のカイザーとステータスを入れ替え、前線を無力化する。
3. 盾を失った敵陣に突撃し、全員でマリアを瞬殺する。
「なるほど! カイザーさえ雑魚化させれば、あとは防御の薄い後衛だけっすね!」
「そうだ。ミサピョンの『初手スワップ』が決まれば、勝率は100%だ」
完璧な作戦だ。
私は拳を握りしめた。私のワンクリックに、チームの運命がかかっている!
◇
そして迎えた決勝戦当日。
世界中のプレイヤーが注目する中、私たちはフィールドに転送された。
そこは――『荒野』だった。
赤茶色の岩肌と砂だけが広がる、広大な大地。
建物も、機械も、何もない。
**【大会公式掲示板】**
> 1020: 名無しの観戦者
> うわ、荒野かよ! ミサピョン終わったな。
>
> 1025: 名無しの分析班
> 昨日の電車暴走みたいな環境ハッキングは無理だな。
> 純粋なステータスの殴り合いになるぞ。
>
> 1030: 名無しのファン
> いや、ミサピョンにはまだ『スワップ』がある!
> 開幕でカイザーをゴミにすれば勝てる!
観客の予想通り、環境利用は封じられた。
でも大丈夫。私には『必勝の作戦』がある!
『決勝戦、スタート!!』
開始の合図と共に、私はボンテージの固有スキルを発動した。
必中・確実な勝利のために。
「はあああっ!! 『強制執行(オート・スワップ)』!!」
カッ!!
ピンク色の光がカイザーを包み込む。
成功だ! 最強のステータスを頂いた!
「レイヴン、今です! カイザーは無力化しまし――え?」
私は自分のステータスウィンドウを見て、凍りついた。
> **STR: 5 (Low Battery)**
> **AGI: 2 (Error)**
……は?
何これ? 私のレベル1ステータスより低いじゃない。
まるで、ゴミ屑のような数値。
「な、なんだ……?」
目の前のカイザーが、ガシャンと音を立てて崩れ落ちた。
鎧が外れ、中から転がり出てきたのは――人間ではなかった。
ブリキと配線で作られた、安っぽい自律駆動ドロイド(カカシ)だったのだ。
「そんな……偽物!?」
「――フン。我々が何の対策もしていないと思ったか?」
岩陰から、低い声が響いた。
空間の揺らぎが解け、そこには本物のカイザーが立っていた。
光学迷彩で隠れていたのだ。
**【大会公式掲示板】**
> 1050: 名無しの観戦者
> ファーーーwww デコイかよ!!
>
> 1055: 名無しの分析班
> 『王権』すげぇ……。スワップ対策完璧じゃねーか。
>
> 1060: 名無しの絶望
> 詰んだ。ミサピョンの切り札が不発。
「我々のハッカーが作った『デコイ・アーマー』だ。貴様のスワップ対策にな」
「しまっ……罠だ!!」
レイヴンが叫ぶが、もう遅い。
作戦の前提が崩れた私たちは、完全に足並みが乱れていた。
本物のカイザーが突っ込んでくる。速い! 重い!
「ぐあっ……!」
「がはっ……!」
レイヴンとバルカンが必死に応戦するが、カイザーの剣圧に押されている。
それでもレイヴンが隙を見て、渾身の斬撃をカイザーの脇腹に叩き込む。
深手だ! これなら――
「……『システム修復(リストア)』」
後方のマリアが、聖書に見せかけたホロキーボードを高速で叩く。
その瞬間、カイザーの傷口に緑色のデータ光が走り、ビデオの逆再生のように塞がった。
「なっ……!?」
「無駄だ。ナノマシンによる即時修復。我々の回復速度は、貴様らのDPS(秒間ダメージ)を凌駕する」
絶望的な光景だった。
何度斬っても、瞬時にデータを書き換えられて元通りになる。
一方で、こちらのダメージは蓄積していく。ライムも、後方の魔導士(スナイパー)たちによる正確無比なレーザー狙撃で釘付けにされ、援護ができない。
こうなれば、あれを使うしかない。
1日1回、どんなセキュリティもぶち破る『女王のムチ』の固有スキル。
これでカイザーの義体システムを強制停止させる!
「止まれぇぇぇ!!」
私はムチを振るった。
ビシィッ! とカイザーの装甲にヒットし、強制コマンドが走る。
> **[ADMIN HACK] 運動制御システム、凍結。**
カイザーの動きがピタリと止まる。
やった! これなら!
「……『状態異常解除(デバフ・クリア)』」
しかし、マリアが淡々とキーを叩いた瞬間。
カイザーの瞳が再び輝き、動き出した。
「な、嘘……私の絶対権限が……」
「システムの強制介入か。厄介だが、即座に修正パッチを当てれば問題ない。……所詮はレベル1の攻撃だ」
マリアが冷ややかに笑う。
終わった。
スワップの切り札も、ムチの切り札も、全て潰された。
**【大会公式掲示板】**
> 1100: 名無しの観戦者
> 終わった……。
>
> 1105: 名無しのガクブル
> 強すぎる。これがサーバー1位の実力か。
> ミサピョンのギミックが全部通じない。
>
> 1110: 名無しのファン
> もう見てられない……降参してくれ……。
フィールドには絶望的な砂嵐だけが吹いている。
レイヴンもバルカンもボロボロだ。
私の手札はもう何もない。
ただ立ち尽くす私に、カイザーの大剣が無慈悲に振り上げられた。
(……ごめんなさい、美咲先輩。旅行、行けそうにないです)
私の視界が涙で滲んだ。
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