第10話:暴走する愛と、暴走列車 〜準決勝 vs 第7機甲師団〜

 学校中が、ある噂で持ちきりになっていた。

 『生徒会副会長・御門賢治は、VRゲーム内で屈強な男アバターを使い、パートナーの男に禁断の愛を叫んでいるらしい』。


「ち、違います! あれは忠誠心です! 騎士道精神のようなものです!」


 休み時間の廊下で、御門先輩が必死に弁解している。

 しかし、遠巻きに見守る女子生徒たちの目は、どこか温かく、そして腐っていた。


「いいじゃない御門くん。愛に性別は関係ないわ」

「応援してるよ、変態タンク……」

「ぐぬぬ……!」


 そこへ、騒ぎを聞きつけた美咲先輩が現れた。

 御門先輩の顔がパッと明るくなる。


「会長! 説明してください! あの『レイヴン』の正体は会長であって、私は決して男色の気が……」

「あら、御門」


 美咲先輩は、困ったように微笑むと――爆弾を投下した。


「……無理に隠さなくてもいいのよ? 貴方のその『熱い想い』、私は尊重するわ」

「へ?」

「私がレイヴンだなんてバレたら大変だし(小声)……今は貴方が泥を被ってちょうだい(ニッコリ)」


 先輩は御門先輩の肩をポンと叩き、去っていった。

 残されたのは、真っ白に燃え尽きた御門先輩と、爆笑する蓮くん。

 美咲先輩……自分の正体を守るためなら、忠実な部下すら社会的に抹殺するなんて。恐ろしい人だ。


   ◇


 そして迎えた準決勝。

 対戦相手は、軍事シミュレーション勢のガチ部隊『第7機甲師団』。

 フィールドは『地下鉄ターミナル』。

 入り組んだ通路と、広大なプラットホームが存在する閉鎖空間だ。


「いいか、奴らは『移動要塞』だ。ホームの奥に陣取り、入口にキルゾーンを作っているはずだ」


 レイヴンが慎重に進軍を指示する。

 私たちは細いメンテナンス通路を抜け、ホームへの侵入口を目指した。


「クリアだ。……行くぞ!」


 レイヴンを先頭に、バルカン、ライムが続く。私は最後尾だ。

 しかし、その一歩を踏み出した瞬間。


 **カチリ。**


 微かな音が響いた。

 次の瞬間、通路全体が閃光に包まれた。


「しまっ――地雷原だ!!」

「退避――!!」


 **ドゴォォォォン!!**


 凄まじい爆風が吹き荒れる。

 指向性クレイモア地雷と、隠蔽されていた自動機銃(セントリーガン)の十字砲火。

 『第7機甲師団』は、待ち伏せ地点そのものを爆破するという、狂気の防衛ラインを敷いていたのだ。


「うぐっ……!」

「がはっ……!」


 爆煙が晴れた時、そこに立っている者はいなかった。

 レイヴン、バルカン、ライム。

 3人のHPバーはゼロになり、無残なポリゴンとなって散り始めていた。


「嘘……みんな……?」

「……すまん、ミサピョン……。罠の探知レベルが……高すぎた……」


 レイヴンが最期にそう言い残し、消滅した。

 最後尾にいた私だけが、奇跡的に爆風の範囲外にいて助かったのだ。


> **[SYSTEM] 味方残存数:1名**


**【大会公式掲示板】**

> 902: 名無しの観戦者

> うわあああああ!! 『漆黒の執行者』壊滅!!

>

> 905: 名無しの求道者

> 第7機甲師団えげつねぇ……。通路ごと爆破とか正気かよ。

>

> 910: 名無しのファン

> 終わった……。残ったのミサピョンだけじゃん。

> レベル1だぞ? 何ができるんだよ……。

>

> 912: 名無しの一般人

> 降参推奨。これ以上は虐殺ショーになるだけだ。


「ははっ、やったぞ! 主力は全滅だ!」

「残ったのはあの変態女だけだ! 囲んでハチの巣にしろ!」


 ホームの奥から、迷彩服の男たちが勝ち誇った声を上げて迫ってくる。

 相手は無傷の4人。私はレベル1のハッカー1人。

 絶体絶命なんてレベルじゃない。


(……どうしよう。逃げる? 降参する?)


 震える足で後ずさりそうになる。

 でも、その時。消えていった美咲先輩の、悔しそうな声を思い出した。

 『私の女王様がいない夏なんて、退屈で死んじゃう』


(……私が負けたら、先輩との夏が終わっちゃう)


 恐怖が、冷たい怒りに変わっていく。

 私は顔を上げ、腰の『女王のムチ』を強く握りしめた。


「……よくも、私の大切な『下僕たち』をやってくれましたね」


 私は走り出した。

 敵に向かってではない。壁にある『統合制御コンソール』に向かってだ。


「おい、何をする気だ? 悪足掻きはやめろ!」

「撃て撃てぇ!」


 銃弾が私の足元を掠める。

 私はコンソールにムチを叩きつけた。

 

 **ビシィッ!!**


 有線接続。

 セキュリティレベルは『SS(最高機密)』。

 本来なら、どんなハッカーでも突破に数時間はかかる鉄壁のファイアウォール。

 だが、今の私にはこれがある。


「1日1回……この力を使わせてもらうわ!」


 私は固有スキル『絶対権限(アドミン・ハック)』を発動した。


> **[OVERRIDE] 強制・管理者権限取得。**

> **セキュリティ・プロトコル、全解除。**


 赤い警告ウィンドウが全て緑色に変わる。

 私は制御システムの中枢を掌握した。

 操作するのは、照明でもスプリンクラーでもない。もっと巨大で、凶悪な質量兵器。


「……『終電』のお時間ですよ?」


 私がエンターキーを叩いた、その瞬間。

 ゴウウウウウウ……ッ!!

 トンネルの奥から、地響きのような音が迫ってきた。


「な、なんだこの音!?」

「おい、まさか……電車!?」


 敵チームが慌てて振り返る。

 暗闇の中から現れたのは、ブレーキ制御を解除され、最高速度で暴走する地下鉄車両。

 しかも、ポイント切り替えで敵が陣取っているホーム側の線路へと誘導されている!


「回避しろぉぉぉ!!」

「無理だぁぁぁ!!」


 **ズガガガガガガァァァン!!**


 何百トンという鉄の塊が、ホームに乗り上げ、敵チームの陣地ごと彼らを粉砕した。

 重装甲も、完璧な陣形も、物理的な質量の前には無意味だった。

 轟音と土煙が収まった後、そこには何も残っていなかった。


> **[SYSTEM] WINNER: 漆黒の執行者**


 静寂が戻った駅の構内で、私だけがポツンと立っていた。


**【大会公式掲示板】**

> 950: 名無しの観戦者

> …………は?

>

> 952: 名無しのハッカー

> ちょwwww 電車ぶつけやがったwwww

> ハッキングの規模がおかしいだろ!!

>

> 955: 名無しの求道者

> 物理(Physics)攻撃じゃねーか!!

> 第7機甲師団、電車に轢かれて全滅とか伝説に残るぞ……。

>

> 960: 名無しのガクブル

> ミサピョン様を怒らせてはいけない(戒め)

> ああいう倒し方が一番エグい。


「……ふぅ。粗大ゴミの片付け完了、ですね」


 私は震える手で髪をかき上げ、精一杯の強がり(女王様ムーブ)を見せた。

 こうして、仲間全員の犠牲と引き換えに、私たちは決勝戦へと駒を進めたのだった。

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