第9話:見えない敵と、信じる瞳 〜準々決勝 vs 虚空の亡霊〜
予選から一夜明けた放課後。
私たちは生徒会室に集まり、昨日の反省会を行っていた。
「……昨日はすまなかった。私の冷静さが欠けていたせいで、チームを危機に晒した」
美咲先輩が、珍しくしょんぼりと肩を落としている。
いつも凛としている先輩がこんなに弱気だなんて。私が慰めようと口を開きかけた、その時だった。
「いいえ! 断じて会長のせいではありませんッ!!」
バンッ!!
御門賢治先輩(バルカン)が、机を叩いて立ち上がった。
「全ては私の責任です! 私がもっと早く、光の速さで盾になるべきでした! 会長の手を煩わせる前に、あの変態魔法少女どもを私が肉壁となって圧殺すべきだったのです!」
「え、いや御門、お前あの時まだ敵に近づいてすらいなかっ……」
「黙れ速水! 私の忠誠心が足りなかったのだ! 会長、どうか私に罰を! 靴を舐めろと言われれば喜んで舐めます!!」
「……いや、それはいいわ。汚いし」
美咲先輩がドン引きしつつ断ると、御門先輩はその場に土下座して床に頭を打ち付けた。
ガンッ! ガンッ!
「申し訳ありませんんん!!」
「あはは……御門先輩、もう大丈夫ですから……」
その必死すぎる姿に、重かった空気が吹き飛んでしまった。
私たちは顔を見合わせ、笑った。
「ま、結果オーライだろ。ライムの隠れっぷりはマジで凄かったしな」
「そうね。速水、貴方にあんな才能があったなんて見直したわ」
「へへっ、伊達に普段から女子の目線避けてないっすよ」
こうして、和やかな雰囲気のまま反省会は終わり、話題は次戦へと移った。
◇
「次の相手は『虚空の亡霊(ヴォイド・ファントム)』。……正直、データが少なすぎる」
美咲先輩が資料をめくる。
予選での彼らの動きは地味だった。
目立った戦闘はせず、市街地エリアのビルに潜伏し、気がついたら上位に残っていたらしい。
「映像を見ても、敵と交戦している形跡がほとんどないな」
「運良く敵に会わずに生き残った『ラッキー枠』じゃないっすか?」
「あるいは、ライムみたいに隠れるのが得意なタイプか」
私たちは楽観的な結論に至った。
隠れているだけなら、炙り出して叩けばいい。
私たちの『漆黒の執行者』には、最強のアタッカー(レイヴン)がいるのだから。
「よし。策は弄さず、正攻法で押し潰すぞ」
◇
そして迎えた準々決勝。
フィールドは、複雑なパイプラインと蒸気が立ち込める『サイバー・プラント』。
私たちの試合はメインスクリーンで中継されており、多くの観客が見守っていた。
「行くぞ。陣形を崩すな」
開始直後、私たちは中央広場へと進軍した。
しかし――敵がいない。
「おかしいな。索敵範囲には誰も……」
「っ!? レイヴン、回避!!」
私の警告より先に、レイヴンが身体を捻った。
ヒュンッ!
何もない空間から火花が散り、レイヴンの頬を掠める。
「なっ……!?」
「どこからだ!? 射線が見えないぞ!?」
ライムが叫ぶ。
私のハッキング・アイ(視覚)にも、敵の反応(赤いマーカー)は映っていない。
なのに攻撃だけが飛んでくる!
**ガガガガッ!!**
見えない銃弾の雨がレイヴンを襲う。
レイヴンは超加速スキル『ソニック・アクセラレーター』を発動し、残像を残して回避し続けるが、防戦一方だ。
「くっ……! 視界ジャックか!? 姿が見えない!」
「リーダー! このままじゃジリ貧だ!」
敵は光学迷彩と、私たちの視神経デバイスへのハッキングを併用しているのだ。
完全なる透明人間。
レイヴンのHPが少しずつ削られていく。致命傷こそ避けているが、スタミナが持たない!
「させるかァァァ!!」
その時、巨大な影が動いた。
バルカンだ。
彼はスキル『仁王立ち』を発動し、レイヴンの前に立ちはだかった。
「バルカン!?」
「リーダーは下がれ! 俺が全ての攻撃を受ける!」
ドガガガガッ!!
無数の銃弾がバルカンの重装甲に突き刺さる。
彼は一歩も退かない。その背中は、あの土下座していたひ弱な先輩とは思えないほど大きく見えた。
「ぐおおおっ! 効かぬ! レイヴン様への愛に比べれば、こんな痛みなど蚊に刺されたごときわァァ!!」
「(……言ってることは気持ち悪いけど、カッコいい!)」
バルカンの絶叫は、中継音声を通じて全観客に届いていた。
**【大会公式掲示板】**
> 820: 名無しの観戦者
> バルカンかっけぇぇぇ!! 漢だ!!
>
> 822: 名無しのドン引き
> 待って、レイヴンって男キャラだよな?
> バルカンも男だよな?
> ……男同士でその愛はキツイってwww
>
> 825: 名無しの腐女子
> 公式最大手が爆誕したと聞いて。
>
> 828: 名無しの一般人
> 絵面がムサ苦しすぎるwww
> 公衆の面前でイチャつくな気色悪いwww
ギャラリーの反応など知る由もなく、バルカンは叫び続ける。
「もっと撃ってこい! 私の身体が砕けようとも、レイヴン様の毛先一本触れさせんぞォォォ!!」
バルカンが時間を稼いでいる間に、ライムが動いた。
「弾道は見えた……あそこだっ!!」
バルカンに突き刺さる銃弾の角度から、敵の位置を逆算。
ライムのライフルが火を吹く。
何もない空中で、血飛沫が二つ舞った。
「やった! 二人落とし……がはっ!?」
直後、別の方向からの狙撃がライムの頭部を貫いた。
ライム、脱落。
「ライム!!」
「くそっ、まだ残ってやがるのか!」
敵は残り二名。
バルカンの装甲も限界だ。HPバーが赤く点滅している。
私も必死で視覚を凝らすが、見えない。
どうする? どうすれば?
(……待って。目で見ようとするからダメなんだ)
私は目を閉じた。
物理的な視覚を遮断し、世界を「データの奔流」として知覚する。
ハッカーとしての本能を研ぎ澄ませ。
ここにあるのはただのデータだ。隠蔽されたパケットの揺らぎを探せ。
(……そこ!)
不自然なデータの空白地帯。
私は叫んだ。
「レイヴン! 3時方向、距離15メートル! 高さ3メートル!」
そこには何もない。ただの空気が揺らめいているだけだ。
だが、レイヴンは迷わなかった。
「了解した」
レイヴンが地を蹴る。
バルカンの横をすり抜け、何もない虚空へ向かってブレードを振り抜いた。
疑いなど微塵もない、完璧な一撃。
**ズバァァァン!!**
空間が割れ、二つの人影がノイズと共に現れた。
アサシンとスナイパー。驚愕の表情を浮かべたまま、二人は両断された。
> **[SYSTEM] WINNER: 漆黒の執行者**
「……やった……」
「見事だ、ミサピョン」
レイヴンが着地し、微笑む。
その背後で。
「……さすがです、会長……。私の役目は……ここまで……」
全身穴だらけになったバルカンが、満足げな笑みを浮かべて親指を立てたまま、光の粒子となって消滅した。
「バ、バルカンさァァァん!!」
私の絶叫が響き渡る。
バルカンの尊い犠牲(と多大なる誤解を生んだ愛)により、私たちは準決勝への切符を手にしたのだった。
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