第8話:予選バトルロイヤル 〜作戦は完璧、実行は壊滅〜

 8月。夏真っ盛り。

 蝉の声が降り注ぐ中、私たちは冷房の効いた涼しい部屋から、熱気渦巻く電脳空間へとダイブしていた。

 ついに『サイバー・コロシアム』予選の日がやってきたのだ。


 広大な待機ロビーには、何千というプレイヤーアバターがひしめき合っている。

 私たちは円陣を組み、最終確認を行っていた。


「いいか、我々のチーム名は今日から**『漆黒の執行者(ブラック・エクスキューショナー)』**だ」


 レイヴンが真剣な顔で宣言する。

 かっこいいけど……長い! そしてちょっと恥ずかしい!

 美咲先輩のネーミングセンス、意外と中二病寄りだった。


「予選の通過条件は『上位8チームに入ること』。全滅さえしなければいい」


 レイヴンがホログラムマップを指す。


**【作戦フェーズ1:ポップ地点の選定】**

「今回、スタート地点は任意選択制だ。優勝候補の『王権(レガリア)』や『第7機甲師団』との衝突は絶対に避ける」

「ライム、情報は?」

「バッチリっす。俺の強化聴覚で盗み聞きした限り、奴らは中央の『市街地エリア』を選ぶみたいっすね」

「よし。ならば我々は、視界が悪く遭遇戦が起きにくい『森林エリア』の端を選ぶ」


**【作戦フェーズ2:戦闘ドクトリン】**

「基本は『逃げ』だ。だが遭遇した場合は……」

「俺が盾になって突っ込む! その間に姉御が『1日1回の必殺技(フリ)』で威嚇、リーダーとライムで殲滅する!」

「そうだバルカン。最悪、お前と私は死んでも構わない。ライムの隠密スキルなら、一人でも隠れ通せるはずだ」


 非情な作戦だが、予選突破のためには合理的だ。

 私は緊張で喉が鳴った。


「だ、大丈夫かな……私、足手まといにならないかな」

「安心しろミサピョン。……お前には指一本触れさせない」


 レイヴンが私の頭をポンと撫でる。

 その頼もしさに、私は今日こそ「完璧な勝利」を確信していた。


『――全プレイヤーに告ぐ。予選ラウンド、転送開始10秒前!』


 運営のアナウンスが響き渡る。

 私たちは顔を見合わせ、頷き合った。


「行くぞ、『漆黒の執行者』! 我々の夏を始めるぞ!」

「「「オーッ!!」」」


 光に包まれ、私たちは戦場へと飛び立った。


   ◇


 転送された先は、鬱蒼とした森林エリアだった。

 木々の影に身を潜め、索敵を開始した直後。


「あら〜ん? こんなところに可愛い子猫ちゃんたちがいるわ〜♡」


 茂みから現れたのは、フリフリの魔法少女衣装を着た、筋骨隆々のスキンヘッド男4人組だった。

 チーム『マジカル☆ボンバーズ』。

 今回のイロモノ枠だ。


「げっ……最悪の相手とエンカウントしたっす……」

「無視だ。関わるとろくなことにならん」


 レイヴンが冷静に撤退を指示する。

 しかし、敵のリーダー(中身はおっさん)が私を見て、甲高い裏声で叫んだ。


「ちょっとぉ! そのボンテージの子! アタシたちとキャラ被ってるじゃないのよ〜!」

「へ?」

「しかも何その安っぽいムチ! 露出度だけで売ろうとするなんて、ビッチのすることよ〜! 汚らわしい!」


 彼らはケラケラと笑いながら、私に向かって卑猥なジェスチャーをした。

 私はカチンとくるより先に、あまりの濃さに引いていたのだが――。


 **ブチッ。**


 隣で、何かが切れる音がした。


「……汚らわしい、だと?」


 レイヴンから、どす黒いオーラが噴き出した。

 あ、待って。これヤバい。


「私のミサピョンを……その腐った眼球で見るなァァァ!!」


「ちょ、リーダー!? 作戦は!?」

「バルカンの盾が先っすよ!?」


 私たちの制止も虚しく、レイヴンは単身で敵陣に突っ込んだ。

 隠密? 連携? 知ったことか。

 それはただの虐殺だった。神速の斬撃が、魔法少女(おっさん)たちを次々と細切れにしていく。


「ひいいっ! ごめんなさぁぁい!」


 一瞬で『マジカル☆ボンバーズ』は全滅した。


 ――その様子は、もちろん中継されていた。


**【大会公式掲示板】**

> 582: 名無しの観戦者

> おいwww 森林エリアで虐殺が起きてるぞwww

>

> 585: 名無しのカメコ

> レイヴンはえぇぇぇ!! 見えねぇよ!!

>

> 590: 名無しの求道者

> 完全にブチギレてて草

> 作戦とかないんかこのチームw


 レイヴンは荒い息を吐きながら、血振るい(納刀アクション)をする。


「ふん。……ゴミ掃除完了だ」


 その時だった。


 **ズドンッ!!**


 遠くから乾いた銃声が響き、レイヴンの頭部が弾け飛んだ。

 HPバーが一瞬でゼロになる。


「え?」


 レイヴンが崩れ落ちる。

 森の奥、遥か遠くの稜線に、キラリと光るスコープの反射が見えた。

 別のチームのスナイパーだ! レイヴンが派手に暴れすぎたせいで、位置がバレていたのだ!


「レ、レイヴン!!」


 私はパニックになった。

 作戦では「死んでもいい」はずだった。でも、目の前で彼が倒れているのを見て、身体が勝手に動いてしまった。


「ダメっ、死なないでぇぇ!」


 私は回復アイテムを持って、遮蔽物のない場所へ飛び出した。

 ライムの「姉御、出ちゃダメっす!」という悲鳴が聞こえる。


 **ズドンッ!!**


 二発目の銃声。

 私の視界が暗転する。


> **[SYSTEM] YOU DIED**


 ……あ。

 私、死んだ。


**【大会公式掲示板】**

> 610: 名無しの観戦者

> ファーーーwwwwwww

>

> 612: 名無しのハッカー

> 嘘だろ!? レイヴンとミサピョン、開始数分で脱落!?

>

> 615: 名無しの求道者

> 何してんのこれwww

> バカップルかよwww 駆け寄って心中とかwww

>

> 620: 名無しのファン

> 残ったのタンクとスナイパーだけじゃん。詰んだなこれ。解散解散。


   ◇


「……嘘だろ。開始五分でリーダーと姉御が落ちたぞ」


 残されたバルカンとライムは、茂みの中で顔を見合わせていた。

 戦力の大半を失った。状況は絶望的だ。


「ど、どうするっすかこれ……」

「……やるしかねぇ」


 バルカンが覚悟を決めたように立ち上がった。


「俺が囮になって走り回る。ありったけの防御スキルを使って、一秒でも長く敵のヘイトを稼ぐ」

「そしたら俺が……」

「ああ。お前は絶対に見つかるな。最後の一人になっても、草の根っこを齧ってでも生き残れ!」


 そこからの戦いは、泥臭く、そして壮絶だった。

 バルカンは全身に矢と銃弾を受けながらも、「うおおお! 俺はここだァァ! かかってこいやァァ!!」と森を駆け回った。

 その男気に、敵チームの注意が一点に集中する。


 その隙に、ライムは泥にまみれて極限まで気配を殺し、草むらと一体化していた。

 ただひたすらに、時間が過ぎるのを待つ。


   ◇


 数十分後。

 霊体モード(観戦画面)の私とレイヴンが見守る中、システムアナウンスが響いた。


> **[SYSTEM] 予選終了。生き残った8チームが決定しました。**


 画面には、ボロボロになってHPが残り1ミリのライムが映し出されていた。

 バルカンは既に散っていたが、彼の決死の陽動のおかげで、ライムは見つかることなく生き延び、私たちはギリギリ8位に滑り込んだのだ。


「……よかったぁぁぁ」


 私はへなへなと座り込んだ。

 隣では、レイヴンがバツが悪そうに顔を背けている。


「……すまん。頭に血が上った」

「もう! 美咲先輩のバカ! あんな特攻したらダメじゃないですか!」

「だ、だって……あいつらが、貴女を……」


 先輩がマスクを外し、上目遣いで私を見る。

 反則だ。そんな顔されたら怒れない。


「……次は、ちゃんと守ってくださいね?」

「……約束する」


 こうして、私たちの予選は「レイヴンの暴走」と「残された男たちの意地」によって、薄氷の勝利を収めたのだった。

 本戦トーナメント出場決定。

 しかし、このチームワークで本当に優勝できるのだろうか……?

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