第7話:夏だ! 水着だ? いやボンテージだ! 〜放課後の密室と、女王様の初陣〜

 季節は梅雨に入り、湿った空気が肌にまとわりつく6月。

 私たち学生にとって、避けては通れない地獄のイベントがやってきた。

 ――期末テストだ。


「……ここ、わかんない……」


 放課後の生徒会室。

 私は数式が羅列されたノートを前に、魂が抜けかけていた。

 赤点スレスレの私のために、美咲先輩が直々に勉強を見てくれているのだ。

 しかも、生徒会室の鍵を閉めて、二人きりで。


「もう。さっき教えたばかりでしょう?」


 呆れたような声と共に、ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 美咲先輩が私の背後から覆いかぶさるようにして、ノートを覗き込んできた。

 近い。近すぎる。

 先輩のサラサラした黒髪が私の頬に触れ、柔らかな胸の感触が背中に……。


「ひゃっ……!」

「動かないで。ここ、代入する数字が間違ってる」


 先輩の細い指が、私の手を取ってペンを誘導する。

 その体温が伝わってくるだけで、心臓が早鐘を打った。

 これまでは「怖い」「支配されてる」という感覚が強かったけれど、最近は何かが違う。


 真剣な眼差しで見つめられると、胸の奥がキュンと締め付けられるのだ。

 綺麗な横顔。長い睫毛。私のためだけに使ってくれている時間。


(……なんで、こんなに優しくしてくれるんだろう)


 私はドキドキを誤魔化すように、小さな声で尋ねた。


「あの、美咲先輩……どうして私なんかに、ここまで……?」

「ん?」


 先輩が顔を上げ、私と至近距離で目が合う。


「私、勉強できないし、地味だし……先輩の時間を奪うのが申し訳なくて……」

「バカね」


 先輩はフッと優しく微笑むと、私の前髪を指で梳いた。


「貴女は私のパートナーでしょう? ゲームでも、リアルでも」

「あ……」

「それに……赤点を取ったら夏休みの大会に出られなくなるわ。私の『女王様』がいない夏なんて、退屈で死んじゃう」


 先輩は悪戯っぽくウィンクをした。

 その瞬間、私の顔が一気に熱騰した。

 あざとい。そして可愛い。

 憧れの先輩に「パートナー」と言ってもらえた。必要とされている。

 その事実が、たまらなく嬉しくて、愛おしくて。


(……ダメだ。私、本当に先輩のこと……)


「ほら、手が止まってるわよ。あと1ページ終わったら、ご褒美にお菓子あげましょうか?」

「……はい! 頑張ります!」


 私は単純な「チョロイン」のように、ペンを走らせた。

 この密室でのドキドキが、私の成績(と恋心)を急上昇させていることは間違いなかった。


   ◇


 なんとかテスト地獄を乗り越え、私たちはレイヴンの隠れ家に集まっていた。

 モニターには、待ちに待った告知が表示されている。


> **【重大発表】第一回 公式最強決定戦『サイバー・コロシアム』開催決定!**


「き、キターーー!!」

 バルカンとライムが歓声を上げる。

 レイヴンが詳細情報をウィンドウに展開した。


「よく聞け。今回のルールは少し特殊だ」


**【大会概要】**

* **開催時期:** 8月上旬。

* **参加条件:** 4人固定パーティ。レベル・装備制限なし。

* **予選ラウンド:**

* **形式:** 『広域バトルロイヤル』。

* **フィールド:** 複数のエリア(市街地、荒野、森林など)が連結した超広大な専用マップ。

* **ルール:** 各チームは開始時に「出現ポイント」を選択可能。得意な地形で戦うか、敵の裏をかくかが重要。観客はドローンカメラの映像を通じて視聴する。

* **決勝ラウンド:**

* **形式:** 8チームによるトーナメント戦。

* **賞品:** 優勝チームには**『願望器(ウィッシュ・オーブ)』**を授与。


「『願望器』……! これがあれば、システムの干渉権限で装備の見た目を変更できる!」

「理論上は可能だな」


 レイヴンの言葉に、私の魂が燃え上がった。

 これだ。これしかない。私が普通の女の子に戻り、平穏なVRライフを取り戻すためのラストチャンス!


「やります! 私、絶対優勝します!!」

「いい気迫だミサピョン。……だが、勝つためには『情報戦』が必要だ」


 レイヴンがニヤリと悪い顔をした。


「お前の『パラメーター・スワップ』は強力すぎる。まともに使えば、決勝で対策されて詰むだろう」

「あ……確かに」

「だから、予選と練習では**『嘘』**をつく」


 レイヴンの作戦はこうだ。

 練習試合や予選では、派手なエフェクトが出る**ボンテージの固有スキル『オート・スワップ』**だけを使う。

 そして、「あのスワップ能力は、強力なユニーク装備による1日1回限定の大技だ」と敵に誤認させるのだ。


「本当は『プレイヤースキル(手動)』で何度でも撃てることを隠すんですね?」

「そうだ。一発撃たせて、『もう弾切れだ』と油断して近づいてきた敵を……手動スワップで食う。いいな?」

「はいっ! 悪女になります!」


   ◇


 作戦を確認した私たちは、早速『対人戦練習フィールド』へ移動した。

 観客席には、新設された対人戦を見ようと多くの野次馬(と偵察部隊)が集まっている。

 対戦相手は、そこそこ名の知れた中堅チームだ。


「へへっ、噂のボンテージ女がいるぞ」

「装備は派手だがレベル1だ。カモだぜ!」


 相手チームが嘲笑いながら突っ込んでくる。

 私はレイヴンの指示通り、大袈裟にポーズを決めた。


「無礼な輩には、天罰です!」


 **カッ!!**

 私はボンテージの固有スキル『強制執行(オート・スワップ)』を発動した。

 派手なピンク色の光と共に、ターゲットラインが敵タンクへと伸びる。


「な、なんだぁぁ!?」


 一瞬でステータスが入れ替わる。

 レベル1になった敵タンクは、装備の重さに耐えきれず無様に転倒した。

 私はそこへ追い打ちをかける。


「お座り!」


 ビシィッ!

 ムチの一撃で、弱体化した敵がポリゴンとなって爆散した。


「うおぉぉ!? 一撃必殺!?」

「なんだあのチートスキル!?」


 観客席がどよめく。

 よし、ここからが演技の見せ所だ。

 私はわざとらしく肩で息をして、膝に手をついた。


「はぁ、はぁ……! やっぱりこの大技を使うと、エネルギーが空っぽになっちゃいますね……! **今日はもう使えません……!**」


「おい聞いたか? あれ一発撃ったらガス欠らしいぞ」

「なんだ、じゃあ一回凌げば楽勝じゃん」


 敵チームからも、観客席からもそんな声が漏れる。

 しめしめ。完全に信じている。

 本当は、私の集中力が続く限り、手動入力(成功率30%)で何度でも撃てるけど、それは秘密だ。


「よし、作戦通りだ。撤収するぞ!」


 残りの敵をレイヴンたちが手早く処理し、私たちは練習試合を終えた。

 掲示板には『ミサピョンのスワップは1日1発限定のロマン砲』という情報が、まことしやかに書き込まれていった。


「完璧だな。これで本番、敵は不用意に間合いに入ってくるはずだ」

「ふふっ、楽しみですねレイヴン」


 隠れ家に戻り、悪い笑みを浮かべる私たち。

 だが、その直後。


「それにしても姉御の演技、上手かったっすよ! 女優になれるんじゃないっすか?」

「え、そうかな? ありがとうライム!」


 ライムが無邪気に私の肩を叩こうとした瞬間、レイヴンの目が光った。


 **スッ**。


 レイヴンが無言で私の腰に手を回し、自分の方へ引き寄せたのだ。

 ライムの手が空を切る。


「あ、あれ? リーダー?」

「……ミーティングは終わりだ。解散」


 レイヴンは私を抱き寄せたまま、ライムとバルカンに冷たい視線を送る。

 その目は明らかに「触るな」と言っていた。


「え、ちょ、俺まだ何もしてないっすよ!?」

「存在が邪魔だ」


 理不尽すぎるリーダーの言葉に、私は赤面しながらも、胸の奥が温かくなるのを感じていた。

 この夏は、いろんな意味で熱くなりそうだ。

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