第4話:初クエストの報酬が『ムチ』ってどういうことですか?

 呪いの24時間が経過し、私はついにあの忌まわしいボンテージから解放された。

 今の私は、どこにでもいる普通のハッカーの姿だ。


「似合ってるじゃねえか、嬢ちゃん」

「うん、変態装備よりずっとマシっすよ」


 バルカンさんとライムちゃんが、余っていた中級装備(タクティカル・ベストとカーゴパンツ)を譲ってくれたのだ。

 防御力はそこそこだけど、何より露出が少ない! 布の面積が多いって素晴らしい!


「ありがとうございます! これで私も、普通の女の子として戦えます!」

「ははは! よし、気合入れていくぞ!」


 初めての仲間。初めてのまともな装備。

 私の心は希望に満ち溢れていた。……この時はまだ、神様が用意した意地悪なシナリオなんて知らずに。


   ◇


 今回のクエストは、軍部からの極秘依頼。

 『某巨大企業の秘密研究所へ潜入し、開発中の機密データを奪取せよ』というものだ。


「作戦を確認する」


 廃ビルの屋上で、レイヴンが地図を広げる。


「正面ゲートの警備部隊はバルカンが引きつけろ。派手に暴れて注意を逸らすんだ」

「おうよ! 任せとけ!」

「その隙にライムが高所から狙撃で監視ドローンと増援を潰す」

「了解っす。一匹も通さないっすよ」

「私とミサピョンは裏口から侵入。最深部のサーバーへ向かう」


 レイヴンが私を見る。


「ミサピョン、お前の仕事は私のルート確保だ。電子ロック、トラップ、タレット……全て走りながら解除しろ。できるな?」

「はいっ! やります!」


 私は力強く頷いた。

 もう特訓だけの私じゃない。頼れる仲間がいるんだ。


   ◇


 作戦は完璧だった。

 ドォォォン!! と正面で爆発音が響くと同時に、バルカンの雄叫びが聞こえる。

 上空のドローンは、ライムの正確無比な狙撃で次々と撃ち落とされていく。


「行くぞ!」

「はい!」


 レイヴンが疾走する。銀色の閃光と化した彼に、私は必死で思考を追従させる。

 閉ざされた隔壁。思考入力――『Open』。

 天井から現れるタレット。思考入力――『Sleep』。

 床の感圧センサー。思考入力――『Freeze』。


「……いいぞ。完璧なアシストだ」


 走りながらレイヴンが囁く。

 その言葉が嬉しくて、私の指先(思考)はさらに冴え渡った。

 私たちは一度も足を止めることなく、最深部のメインサーバールームへと到達した。


「データ抽出を開始する。ミサピョンは警戒を――」


 レイヴンが端末に手を伸ばした、その時だった。


「――招かれざる客だ」


 冷徹な声と共に、部屋の奥から影が飛び出した。

 速い!

 レイヴンが咄嗟にバックステップで回避するが、その頬に赤い線が走る。


「……ッ! 私の反応速度を上回っているだと?」


 現れたのは、全身が漆黒の装甲に包まれたサイボーグだった。

 軍が警戒していた「次世代義体(プロトタイプ)」だ。


「排除する」


 敵が動いた。残像すら見えない。

 レイヴンも「加速(アクセル)」を発動して応戦するが、明らかに押されている。

 火花が散り、レイヴンのコートが切り裂かれる。


「くそっ、速すぎる……! ミサピョン、手出し無用だ! お前の動体視力でも、この速度差じゃ誤爆する!」


 レイヴンが叫ぶ。

 その通りだった。私の『パラメーター・スワップ』を使おうにも、二人が高速すぎて照準が定まらない。

 手動操作(マニュアル)の成功率は30%。外せば、私は反動で死に、孤立したレイヴンも殺される。

 確実に当てるには、100%の精度が必要だ。


 ガキンッ!!

 重い金属音が響き、レイヴンが壁に叩きつけられた。

 敵のブレードが、動けない彼の喉元へ迫る。


「終わりだ」


 死ぬ。レイヴンが死ぬ。

 初めて私を認めてくれた人が。初めてのフレンドが。

 嫌だ。絶対に嫌だ!


「……やるしかないの……?」


 私はインベントリを開いた。

 そこには、二度と着ないと誓った『深紅のアイコン』が鎮座している。

 あれを着れば、オート・エイムで必中になる。でも、あれを着るということは……。


(ううん、迷ってる場合じゃない!)


 私は唇を噛み締め、叫んだ。


「レイヴン、伏せて!!」

「なっ……!?」


 私は装備変更ボタンを叩いた。

 カッ!! と部屋全体がピンク色の光に包まれる。


「――変身(インストール)!!」


 光の中で、譲ってもらった大切な服が弾け飛ぶ。

 代わりに装着されるのは、光沢のあるエナメル、食い込むベルト、そして恥ずかしいウサギ耳ユニット。

 伝説の変態装備、再臨。


「うぅぅぅ、恥ずかしいぃぃぃ! さっさと終わらせてやるぅぅ!」


 私は羞恥心を怒りに変え、ボンテージ姿で仁王立ちした。

 機能解放。『強制執行(オート・スワップ)』起動。


「そのステータス、置いていきなさい!!」


[SYSTEM] ターゲット・ロックオン。スキル発動成功。


 カチリ、と世界が反転する。

 私の「レベル1の最弱ステータス」が敵へ。

 敵の「次世代の最強ステータス」が私へ。


「……ガ、ガガ……出力ガ……出ナイ……?」


 敵の動きが、スローモーションのように鈍る。

 最新鋭のボディを持ってしても、中身(パラメータ)がレベル1の貧弱なハッカーでは、その鉄の塊を支えることすらできない。

 敵はその場にガシャンと膝をついた。


「今だレイヴン! そいつの中身は、今の私(最弱)より弱い!」

「……お前、その格好……」


 レイヴンは目を見開いて私を見ていたが、すぐに状況を理解したようだ。

 銀色の瞳が鋭く光る。


「よくやった。……あとは任せろ!」


 レイヴンが駆けた。

 もはや動く鉄屑と化した敵に、回避する術はない。

 交差する一閃。


「機能停止(シャットダウン)だ」


 ズバンッ!!

 次世代義体の戦士は、レイヴンの一撃で真っ二つに切り裂かれ、爆散した。


   ◇


 静寂が戻った部屋に、システム音声が響く。


[QUEST CLEAR] 機密データの回収に成功しました。

[LOOT] プロトタイプ・パーツを獲得しました。


「……ふぅ。危ないところだった」


 レイヴンがブレードを納め、振り返る。

 そこには、露出度マックスのボンテージ姿で、顔を真っ赤にして縮こまっている私がいた。

 24時間の呪いが再発動してしまったため、もう着替えることはできない。


「あ、あの……これは、その……」

「ミサピョン」


 レイヴンが近づいてくる。

 怒られる? 呆れられる? 私はギュッと目を閉じた。


「……助かった。ありがとう」


 聞こえたのは、心からの感謝の言葉だった。

 そっと、彼のボロボロになったコートが、私の肩にかけられる。


「だが、その……なんだ。刺激が強すぎるから、街に戻るまではそれを羽織っておけ」

「……はいぃぃぃ……」


 私はコートの前を必死にかき合わせた。

 そこへ、バルカンとライムが合流してくる。


「うおぉ! 姉御、やっぱりその姿が正装なんすね! 最高っす!」

「うるさいよバルカン! ……でも、今回は本当に助かった。ありがとう」


   ◇


 クエスト報酬は、倒したプロトタイプや研究所から回収した「試作装備」の山分けだった。

 これがまた、全員にとって喉から手が出るほどのレアアイテムだった。


【レイヴンへの報酬】

『ソニック・アクセラレーター』:プロトタイプから回収した加速装置。アサシンの加速性能を限界突破させる義体パーツ。


【ライムへの報酬】

『ホークアイ・レンズ(試作型)』:射撃精度とロックオン速度を飛躍的に向上させる高性能義眼。


【バルカンへの報酬】

『イージス・バリア発生器』:一定時間、あらゆる物理攻撃を弾く無敵シールドを展開する。タンク待望の装備。


 そして、私への報酬は――。


「……なにこれ?」


 私が手にしたのは、黒革で編まれた一本の『ムチ』だった。

 先端から赤い電子光が漏れている。


【女王のコード・ブレイカー(ユニーク武器)】

種別:ムチ / ハッキングデバイス

効果:対象(電子機器・生物問わず)をこのムチで叩くことで、強制的にセキュリティホールをこじ開け、侵入する。

スキル:『絶対服従(アドミン・ブリーチ)』

1日1回、どんな強固なセキュリティも100%破壊・解除できる。

※注意:このスキルを使用すると、装備中の「ボンテージ系装備」の解除不能時間が24時間延長される。


「うわぁ……」


 性能は神だ。1日1回、絶対にハッキング成功。これがあれば、即死トラップも開かない扉も怖くない。

 でも、見た目が……。


「装備してみろよ姉御!」


 バルカンに急かされ、私は恐る恐るムチを腰に装備した。

 その瞬間。

 深紅のボンテージ。ウサギ耳。そして右手に握られた黒いムチ。

 レイヴンの黒いコートを羽織っているせいで、余計に「裏社会の支配者」感が漂っている。


「「「女王様だ……」」」


 三人の声が重なった。


「ちがぁぁぁう!! 私はただの陰キャJKなぁぁぁん!!」


 私の絶叫が、無人の研究所に虚しく響き渡った。


   ◇


 翌日。掲示板はまたしても新たな伝説で持ちきりになっていた。


【VRMMO】ニューラル・グリッド総合スレ Part.158


405: 名無しの目撃者

おい、見たか?

高難易度エリアで、レイヴンのパーティとすれ違ったんだが……。


406: 名無しのハッカー

どうだった? あそこ、少数精鋭のガチ勢だよな。


410: 名無しの目撃者

いや、レイヴンたちも凄かったんだが、後ろを歩いてた女がヤバい。

ボンテージ姿で、黒いコート羽織って、片手にムチ持ってた。


411: 名無しの住人

ブフォwww

ムチwww ついに武器までwww


415: 名無しの求道者

あれは『ミサピョン』だ。

噂によると、敵のセキュリティをムチで叩いて屈服させるらしいぞ。


420: 名無しのカメコ

【画像あり】盗撮してきた。

蔑むような目でこっち見てる。ご褒美です。


421: 名無しの住人

うわぁ、完全に女王様じゃねーか!

『死神ウサギ』改め、『電脳の女王(クイーン)』降臨だな。


425: 名無しのハッカー

本人はただのハッカー枠のはずなのに、なんでどんどん業が深くなっていくんだ……。


 こうして、私の「お友達作り」の第一歩は、なぜか「下僕作り」のような誤解と共に踏み出されたのだった。

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