第5話:リアルでの遭遇と、盛大な勘違い
楽しい時間は、どうしてこうも一瞬で過ぎ去ってしまうのだろう。
私のゴールデンウィークは、あっという間に終わりを告げた。
「はぁ……。学校、行きたくないなぁ……」
朝、制服に着替えながら、私はこの世の終わりのような溜息をついた。
鏡に映るのは、前髪で目を隠した、いつもの地味で陰気な私。
数時間前まで、露出度全開のボンテージ姿で、ムチを片手に巨大企業へカチコミをかけていた『電脳の女王』と同一人物とはとても思えない。
「元気出してよ陽ちゃん! 昨日のクエスト、すっごく楽しかったじゃない!」
「う、うん……まあ、死ぬほど恥ずかしかったけどね」
ぴょん太の言葉に、私は苦笑いで返す。
でも、不思議と以前のような絶望感はなかった。
「……家に帰れば、また『みんな』と会えるしね」
レイヴン、バルカン、ライム。
あんな変態装備の私を、仲間として受け入れてくれた人たち。
昨日の解散際、「またな、ミサピョン」と言ってくれた彼らの声を思い出すだけで、少しだけ足取りが軽くなる気がした。
友達って、いいな。ふふっ。
◇
教室に入ると、いつもの喧騒が私を包んだ。
私は空気のように自席へ滑り込み、机に突っ伏して体力の温存を図る。
すぐ近くの席には、クラスの中心人物である速水
スポーツ万能の爽やかイケメン。今日も朝から女子たちに囲まれている。
「ねえねえ速水くん、GWは何してたの?」
「ん? ああ、ずっと友達とつるんでたよ」
「えー、それって彼女とデートじゃないの〜?」
女子たちの冷やかすような声。
蓮くんは「まさか」と笑って否定しつつ、少しだけ遠くを見るような目をした。
「彼女じゃないけど……面白い女(ヤツ)には会ったかな」
「えーっ! なにそれ誰!? 詳しく教えてよ!」
教室が「キャーッ!」と色めき立つ。
私は机に顔を伏せたまま、(へぇ、やっぱりリア充は違うなぁ。面白い女性との出会いか……私には一生縁のない話だ)と、別世界の出来事として聞き流していた。
その時だった。
教室の入り口がざわつき、空気がピリッと張り詰めた。
「おい、生徒会長だ……」
「副会長も一緒だぞ。なんでウチのクラスに?」
現れたのは、この学校の頂点に君臨する二人。
生徒会長・烏丸
黒髪ロングの麗しい容姿と、氷のようなカリスマ性で全校生徒の憧れの的だ。
そして、その後ろに控える副会長・御門
真面目そうな眼鏡男子で、成績学年トップの秀才。
(うわ、美咲先輩だ……! 今日も綺麗だなぁ。私のアバターの元ネタなんて、口が裂けても言えない……)
私は心臓をバクバクさせながら、狸寝入りを決め込んだ。
二人が向かった先は、やっぱり蓮くんのところだった。
「速水。少し時間いいか?」
「うげっ、会長? 俺、なんかしましたっけ?」
「昨日の件だ。少し確認しておきたいことがある」
――え?
私はピクリと眉を動かした。昨日の件?
聞き耳を立てると、三人の真剣な声が聞こえてくる。
「昨日の『研究所』、なかなかキツかったけど面白かったな」
「ああ。まさか最後にあんな大立ち回りになるとはな」
「でも、苦労した甲斐はあったわ。あの『報酬(ドロップアイテム)』、最高だったじゃない」
「違いない。あの性能なら、次のエリア攻略も楽勝だ」
……待って。
研究所。大立ち回り。最高の報酬アイテム。
それって、昨日の私たちのクエストのことじゃない!?
(嘘……この三人、もしかして……!)
私はパニックになりかけた頭を必死で回転させる。
三人は昨日のパーティメンバーだ。
じゃあ、誰が誰?
私はチラリと、中心で話している蓮くんを見た。
スポーツ万能、長身イケメン、クラスのリーダー的存在。
そして昨日のリーダー『レイヴン』は、長身イケメンのアバターで、みんなを引っ張っていた。
(……間違いない。蓮くんがあの『レイヴン』だ!!)
そうに決まってる! リアルでのハイスペックぶりが完全に一致してるもん!
となると、残りの二人が『バルカン』と『ライム』か。
御門先輩は真面目そうだし、美咲先輩はクールだし……どっちがどっちかわからないけど、とにかくこの三人が「あの仲間たち」なんだ!
衝撃の事実に、私の心臓が早鐘を打つ。
そんな私の動揺になど気づかず、蓮くんが言った。
「で、どうするよ? 次のクエスト」
「そうだな……。やっぱり、あいつの意見も聞きたいところだ」
「ああ、昨日のMVPか」
蓮くんが楽しそうに笑って、こう続けた。
「じゃあ、今夜のミーティングだけどさ。ゲーム内でもいいから、ミサピョンにも入ってもらおうぜ?」
「はい、参加します!!」
条件反射だった。
昨日一日中、その名前で呼ばれ、指示に従い続けていたせいで、体が勝手に反応してしまったのだ。
私はガバッと顔を上げ、元気よく返事をしてしまった。
――シーン。
教室に、痛いほどの沈黙が流れる。
三人は、そしてクラス中のみんなは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で私を見ていた。
「えっ……天野さん?」
「あ……」
やってしまった。
蓮くんと御門先輩が、信じられないものを見る目で私を見ている。
もう誤魔化せない。私は覚悟を決めて、真っ直ぐに蓮くん(レイヴン)を見た。
「き、聞こえちゃいました……。ば、バレちゃったなら仕方ないです!」
私は震える足で立ち上がり、蓮くんに向かってペコリと頭を下げた。
「昨日はありがとうございました! 私、友達ができてすっごく嬉しくて……! あと、最後にコート貸してくれて助かりました! やっぱり蓮くん……ううん、レイヴンは、リアルでも優しいんですね!」
「は? え、俺? レイヴン?」
蓮くんがポカンとしている。
あれ? 正体がバレて焦ってるのかな?
すると、横から絶対零度の冷気を帯びた声が割り込んだ。
「……へぇ。貴女には、こいつが『レイヴン』に見えるわけ?」
美咲先輩だった。
腕を組み、冷ややかな視線で私と蓮くんを交互に見ている。
なぜか目が笑っていない。美しい顔に青筋が浮かんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「え、あ、はい。だってカッコいいですし……リーダーっぽいですし」
「そう。カッコいいから、こいつがリーダー。なるほどね」
美咲先輩が、ギリリと歯軋りした。怖い。なんでそんなに不機嫌なの?
先輩はツカツカと私に歩み寄ると、顔を至近距離まで近づけてきた。
「じゃあ質問を変えるわ。……天野 陽さん」
「は、はいっ!」
「貴女のアバター。どうしてあんな名前と、私そっくりの容姿にしているのかしら?」
――ッ!!
一番触れられたくない核心を突かれた。
よりによって、ご本人の前で。
「そ、それは……その……」
「答えなさい。まさか、悪ふざけでやっているわけじゃないでしょうね?」
「ち、違いますっ!」
私は必死に首を振った。
悪意なんてない。あるのは、重すぎるくらいの「好き」だけだ。
私は顔を真っ赤にして、蚊の鳴くような声で白状した。
「……あ、憧れてて……。美咲先輩みたいに、綺麗で、強くて、凛とした人になりたくて……それで……」
言ってしまった。
アバターでコスプレするほどファンです、なんて。気持ち悪いって思われるに決まってる。
私はギュッと目を閉じて、罵倒を待った。
けれど。
「――っ!」
聞こえたのは、誰かが息を飲む音だった。
恐る恐る目を開けると、そこには頬を朱に染め、口元を手で覆って震えている美咲先輩がいた。
(……可愛い。何この生き物。私に憧れて、あんな破廉恥な格好で戦ってたの? 健気すぎる……尊い……)
美咲先輩の心の声など聞こえない私は、ただただ怯えるしかない。
先輩はコホンと一つ咳払いをすると、私の手首をガシッと掴んだ。
「……わかったわ。事情は理解した」
「へ? あ、あの、怒ってないんですか?」
「怒る? まさか」
先輩は、獲物を見つけた肉食獣のような、妖艶な笑みを浮かべた。
「むしろ感心したわ。でも、素材が良くても磨かなきゃ宝石とは言えない。……私の『写し身』がそんな地味なままじゃ、困るのよ」
「は、はい?」
「御門、速水。この子は借りるわよ」
「えっ、会長!? これからの作戦会議は……」
「後回し! 今から生徒会室で、この子の『特別指導(コーディネート)』を行うわ!」
言うが早いか、美咲先輩は私を引きずって歩き出した。
「えっ、ちょ、待ってください! 蓮く……レイヴン助けてぇぇ!」
私が助けを求めると、蓮くんは複雑そうな顔で頭をかいた。
「悪い、天野さん。……あと、一応言っとくけど」
彼は少し頬を染めて、言った。
「俺はレイヴンじゃねぇよ。『ライム』だ」
「え?」
「で、そっちの眼鏡が『バルカン』」
「えぇ!?」
ひ弱な御門先輩があの巨漢?
イケメンの蓮くんがあの毒舌少女?
じゃあ、私の手を引いている、この麗しの美咲先輩が――?
「行くわよ、ミサピョン。……ふふ、覚悟しなさい♡」
振り返った美咲先輩の笑顔は、あのVR世界で見たレイヴンの不敵な笑みと、完全に重なっていた。
こうして、私のリアル学校生活は、ゲーム以上に波乱万丈な幕開けを迎えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます