第3話:変態装備ですが、最強パーティのお友達になってくれますか?

 レベル1に戻って最強の武器(プレイヤースキル)を手に入れた私、ミサピョン。

 意気揚々と通常クエストに出かけた私は――開始十分で、路地裏のゴミ箱の中に隠れていた。


「……無理。これ無理ゲーすぎる」

「ドンマイだよ陽ちゃん。相性が悪かっただけだって」


 ぴょん太が慰めてくれるが、私の心はボッキリ折れていた。

 私の必殺技『パラメーター・スワップ』は、相手が強ければ強いほど効果を発揮する。

 逆に言えば、「そこらへんの雑魚」相手には何の意味もないのだ。


 さっき遭遇した『量産型警備ドローン(Lv5)』相手に使ったらどうなったか。

 私がドローン並みの微弱な攻撃力を手に入れ、ドローンが私の最弱ステータスを手に入れた。

 結果、「泥仕合」になった。

 ペチペチと不毛な殴り合いをしている間に、増援が来て囲まれて終了。逃げ帰ってきたのが今だ。


「ハッキングで砲台を乗っ取っても、私のINTじゃ威力不足で倒しきれないし……」

「陽ちゃんは完全な『デバッファー(弱体化役)』だからねぇ。トドメを刺してくれる『アタッカー』がいないと、ソロプレイは厳しいかも」


 ぴょん太の正論が胸に刺さる。

 アタッカー。つまり仲間(パーティ)。

 そんなの、このコミュ障の私に一番縁遠いものじゃないか。

 しかも今の私は、脱げない呪いのボンテージ姿。こんな変態をパーティに入れてくれる奇特な人はいない。


「……詰んだ。私のVRライフ、終了」


 私が膝を抱えてうじうじしていた、その時だった。


「――そこにいるのは、『レベル1の自爆魔』だな?」


 頭上から、低く落ち着いた男性の声が降ってきた。

 ビクッとして見上げると、路地裏の配管の上に、三つの人影が立っていた。


 真ん中に立つのは、黒いロングコートを羽織った美青年サイボーグ。

 その右には、巨大な斧を担いだ巨漢の戦士。

 左には、大きなライフルを抱えた小柄な少女。


 一目でわかった。この人たちは「ランカー(強者)」だ。


「ひぃっ! ご、ごめんなさい! ここ私の土地じゃないです! すぐ出ていきます!」

「待て。別にカツアゲに来たわけじゃない」


 リーダーらしき美青年――レイヴンは、音もなく私の目の前に着地した。

 近くで見ると、モデルのようなクールなイケメンだ。鋭い瞳が私を値踏みするように見つめている。


「お前の特訓、見させてもらった。……面白い動きをするな」

「えっ……(あの自殺特訓を見られてた!?)」


 レイヴンは私の目を真っ直ぐに見て言った。


「単刀直入に言う。私のパーティに入らないか?」


「へ?」

「おいおいリーダー、正気かよ!?」


 私が固まるより先に、後ろの巨漢が声を上げた。


「相手はレベル1だぞ? しかも見ろよこの格好! どう見てもネタプレイの露出狂じゃねぇか! 俺たちの高難易度クエストに連れて行ったら、一瞬で蒸発するぞ!」


 少女の方も、ジト目で私を見ている。


「自分も反対っす。リーダーの趣味は尊重するっすけど、戦場に変態を連れ込むのはどうかと思うっす」


 うぅ、正論すぎて言い返せない。変態でごめんなさい。

 巨漢の名はバルカン。少女の名はライムというらしい。


 しかし、レイヴンは動じなかった。


「バルカン、ライム。お前たちはあいつの『死に際』を見ていなかったからな」

「あ?」

「こいつは0.1秒以下のフレーム単位で、サーバーの乱数の隙間を縫っていた。その反応速度は、間違いなく私と同等か、それ以上だ」


 レイヴンの言葉に、二人が「はぁ?」と懐疑的な声を上げる。

 私自身も驚いていた。

 気づかれた。何百回死んでようやく身につけた、私だけの感覚。それを、ただ見ていただけで見抜くなんて。


「……そ、そうだけど……それが何?」

「その処理能力(タイム感)が欲しい」


 レイヴンが一歩近づく。


「私はスピード特化のアサシンだ。だが、速すぎて通常のハッキングじゃ私の突入スピードに間に合わない。お前のその反応速度なら、私の動きに合わせられるはずだ」


 彼は私の肩に手を置いた。


「テストだ。実力を見せてみろ、ミサピョン」


   ◇


 連れてこられたのは、高難易度エリアの入り口にある『セキュリティ・回廊』だった。

 無数のレーザートラップと、自動迎撃タレットが待ち受ける一本道だ。


「ルールは簡単だ。私がここを駆け抜ける。お前は私が接触する直前に、トラップをハッキングして無効化しろ」

「えっ!? まって、ハッキングって普通、数秒かかるものでしょ!?」

「私のトップスピードは音速に近い。数秒も待っていたら蜂の巣だ」

「無理無理無理!」


 バルカンが呆れたように鼻を鳴らす。

 ライムが「無理っすよ。死ぬ前に遺書書いとくっすか?」と毒づく。


「できる。お前は死ぬ気で0.1秒を掴んだんだろう? なら、ここでも死ぬ気でやれ」


 レイヴンは問答無用でコートを脱ぎ捨てた。

 露わになったのは、流線型の美しい銀色の義体。

 次の瞬間、彼の姿がブレた。


「――行くぞ」


 速い。

 目で見えるレベルじゃない。銀色の閃光が、回廊へ向かって爆走する。


「くっ……!」


 私は反射的に思考を加速させた。

 通常の手動入力じゃ間に合わない。使うのは、特訓で掴んだ「直感」と「思考入力」。


 レイヴンがレーザーに触れる、コンマ数秒前。

 私の脳内で、赤い文字列が弾ける。


『Open(開け)!!』


 ヒュンッ!

 レイヴンが通過する瞬間だけ、レーザーが消失する。

 通過直後、再びレーザーが起動するが、もう彼はそこにはいない。


「おぉっ!?」とバルカンの野太い声が聞こえる。


「次はタレット三機!」

「わかってる!」


 私の思考が加速する。

 彼の軌道を予測し、障害物となるプログラムを片っ端から叩き壊していく。

 速い。怖い。でも――。


(……きれい)


 私のハッキングに合わせて、彼が何一つ速度を落とさず、障害物をクリアしていく。

 私が道を作り、彼が駆ける。

 まるで最初から打ち合わせしていたかのような、完璧なシンクロ。


 気づけば、私たちは回廊の出口に立っていた。

 タイムは歴代最速。


「……はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」


 私はその場にへたり込んだ。脳みそが焼き切れそうだ。

 後ろから、ドスドスとバルカンたちが駆け寄ってくる。


「おいおいおい! マジかよ今の! 全部見切ってやがったぞ!?」

「……信じられないっす。あの変態装備、伊達じゃなかったんすね……」


 二人の目が、侮蔑から畏敬へと変わっていた。

 そしてレイヴンが、涼しい顔で私を見下ろしている。


「……合格だ」


 彼はマスク越しに、微かに笑ったようだった。

 そして、私の前に手を差し出した。


「私とフレンドになってくれ。そして、正式にパーティに入らないか?」


「…………へ?」


 思考がフリーズした。

 フレンド? パーティ?

 私が? こんな強そうな人たちの仲間?


「……嫌か? まあ、いきなりこんな怪しい男に誘われても――」

「なりますぅぅぅぅ!!」


 私の目から、滝のような涙が噴き出した。


「えっ、おい、なぜ泣く!?」

「だってぇぇ! 私、友達欲しくてこのゲーム始めたんですぅぅ! なのにソロじゃ無理ゲーだし、変な装備のせいで詰んだと思っててぇぇ! うわぁぁぁん!!」

「お、落ち着け! 鼻水が出てるぞ!」


 クールなレイヴンが珍しく狼狽えている。

 私は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、震える手で『承諾』ボタンを押した。


[SYSTEM] 『レイヴン』とフレンドになりました。


 その文字を見た瞬間、私の灰色の世界が色づいた気がした。


(……それにしても)


 レイヴンは、泣きじゃくるミサピョンを不思議そうに見つめていた。

 その仮面の下で、ある疑問を抱きながら。


(この子……なぜ、『あの人』にそっくりなんだ? それに名前も『ミサピョン』……まるで姉妹か、熱烈なファンか……?)


 彼――レイヴンには、現実世界(リアル)でよく知る人物がいた。

 学校の生徒会長。才色兼備の完璧超人。

 目の前の少女のアバターは、まるでその人物を、少し幼く、可愛らしくデフォルメしたかのように瓜二つだったのだ。


(まあいい。腕は確かだ)


 こうして、最速のアサシンと、最弱(変態)のハッカー。

 互いに大きな秘密と勘違いを抱えたまま、凸凹パーティが結成されたのだった。

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