第2話:レベル100を捨てて、私は最弱(さいきょう)を目指す
私が逃げるようにログアウトした後、ネット上の掲示板はハチの巣をつついたような騒ぎになっていたらしい。
【VRMMO】ニューラル・グリッド総合スレ Part.155
203: 名無しのハッカー
おい、昨日のレイドボス『ヘカトンケイル』の討伐動画見たか?
204: 名無しのサイボーグ
見た。意味わからん。
初心者エリアに誤爆沸きしたレイドボスが、デコピン一発で爆散したぞ?
205: 名無しのスナイパー
しかも倒したの、ドスケベボンテージ女だったんだが。
206: 名無しの求道者
>>205 訂正しろ。『ドスケベ最強ボンテージ女』だ。
解析班によると、プレイヤー名は『ミサピョン』らしい。
210: 名無しの住人
ミサピョンwww 名前ふざけてるのに強すぎワロタ
運営のデバッグキャラか? それともチーター?
215: 名無しのハッカー
いや、あれはチートじゃない。システムログ見たら、正規のスキルコードが走ってる。
……ただ、やってることが人外すぎるだけだ。
◇
そんな祭りが起きているとは露知らず。
私は現実の自室のベッドで、茹でダコのように顔を赤くして転がっていた。
「あー……! もう無理! あんな恥ずかしい格好、お嫁に行けない!」
「おかえり陽ちゃん! すごいすごい! 初ダイブでレイドボス撃破なんて快挙だよ!」
ぴょん太が興奮気味に、私の周りを跳ね回る。
「うるさいなぁ……。もう二度とやらないからね。あんな痴女みたいな装備、死んでも着たくないもん」
「えー、でも陽ちゃん。ボスの攻撃を止めた時、ちょっと笑ってなかった?」
ぴょん太の言葉に、私は動きを止めた。
脳裏に蘇るのは、あの瞬間の感覚。
圧倒的な質量を持つ鉄の巨人を、たった一本の指で支配した時の、背筋がゾクゾクするような全能感。
現実(リアル)の私――教室の隅で息を殺しているだけの「天野 陽」には、一生味わえないであろう高揚感。
「うっ……。そ、それは……その……」
「気持ちよかった?」
ぴょん太がニヤニヤと覗き込んでくる。
私は枕に顔を埋めたまま、小さな声で答えた。
「……うん。ちょっとだけ、ね」
「だと思った! じゃあ、明日も行こうよ! あの装備の性能も確認しなきゃだし!」
……まあ、誰もいないところでコッソリ確認するだけなら、いいかな。
◇
翌日。私は再び『ニューラル・グリッド』の世界へダイブした。
ログイン場所は、昨日の戦闘エリア近くの薄暗い路地裏だ。
実体化した瞬間、私は自分の体を見下ろして悲鳴を上げそうになった。
「やっぱ着てるぅぅぅ!」
深紅のエナメル素材が、私のささやかな胸や太ももを締め付けている。背中のウサギ耳ユニットが、ネオンピンクに明滅していた。
私は慌ててステータス画面を開き、この忌々しい装備『紅蓮のサイバー・ボンテージ』の詳細を確認した。
【紅蓮のサイバー・ボンテージ(ユニーク)】
スキル:『強制執行(オート・スワップ)』
着用中、ユニークスキル『パラメーター・スワップ』の成功率が100%になる。
<呪い(着用制約)>
一度装備すると、ゲーム内時間で24時間は解除不可。
上書き(アバター偽装)不可。
「……は?」
成功率100%はすごい。0.1%が確実になるなんて、まさにチート級だ。
でも、その代償が「24時間この恥ずかしい姿を晒し続けること」だって?
冗談じゃない。こんな格好で街を歩いたら、社会的に死ぬ。私のガラスのメンタルが粉々になる。
「……脱ぐ。絶対脱ぐ」
私は装備ウィンドウを操作するが、『解除不可』のエラー音だけが虚しく響く。
どうやら、この呪いは本物らしい。
「ううぅ……こんなの、あんまりだよ……」
「ドンマイだよ陽ちゃん! でも最強装備なんだから、着てれば無敵だよ?」
「こんな恥ずかしい無敵、いらない!」
私は叫んだ。
この装備を着ていれば、確かにスキルは100%成功する。でも、それはつまり「この装備がないと何もできない」ということだ。
24時間経って呪いが解けた時、私はまた0.1%の運ゲーしかできない雑魚に戻ってしまう。
それなら……。
「特訓する」
「え?」
「この装備の『自動成功機能』をオフにして、自力で当てる練習をするの。そうすれば、いつかこの装備を脱ぎ捨てても戦える!」
◇
私は24時間脱げないサイバー・ボンテージのまま、人目を避けるように街の外れへ向かった。
初心者エリアとの境界線にあるゴミ処理場。そこには最弱モンスター『ジャンク・スライム』が湧いている。
「ぴょん太。このゲーム、死んだらどうなるんだっけ?」
「えっと、デスペナルティは結構重いよ。所持金の半額ロストと、レベルダウンかな。経験値を大幅に失うから」
なるほど。レベルダウンか。
私はニヤリと笑った。
「好都合(ラッキー)」
私は目の前のスライムに向かって、スキルを発動しようと意識を集中した。
装備の支援機能を切り、マニュアル操作で乱数に挑む。
確率は1000分の1。当然、失敗する。
[SYSTEM] スキル発動失敗。反動ダメージを受けます。
ドカーン!!
私の体は内側から弾け飛び、ポリゴンとなって四散した。
……そして、数秒後。
私はすぐ近くのリスポーン地点で復活した。
[SYSTEM] あなたは死亡しました。Lv 100 ⇒ Lv 95
「よし、もう一回!」
復活するなり、私は再びスライムへ突撃する。
スキル発動。失敗。爆散。
復活。突撃。失敗。爆散。
「わわわ! 陽ちゃん何やってるの!? レベルが! せっかくのレベル100が下がってくよ!?」
ぴょん太がホログラムの顔を青ざめさせて叫ぶ。
でも、私は止まらない。
「いいの! むしろレベルなんて下がってくれた方がいい!」
「えっ?」
「よく考えてみて。私のスキルは『能力の入れ替え』でしょ? もし私がレベル100で強かったら、入れ替えた時に敵も強くなっちゃうじゃん!」
そう。このスキルは諸刃の剣。
私が強ければ強いほど、入れ替えた相手に塩を送ることになる。
逆に言えば――私が弱ければ弱いほど、相手をゴミクズにできるんだ。
「私は最強になるために、最弱(レベル1)に戻るの!」
ドカーン!!
[SYSTEM] あなたは死亡しました。Lv 80 ⇒ Lv 65
死ぬたびに、感覚が研ぎ澄まされていく。
最初はただの運ゲーだった。
でも、何度も死んでサーバーの「間」を感じているうちに、ノイズのような数字の滝の中に、一瞬だけ光る「赤い文字列」が見え始めた。
あれが、当たり判定(乱数の切れ目)。
あそこを通せば――!
ドカーン!!
……まだだ。コンマ01秒遅い。
ドカーン!!
今度は早い。
私は狂ったように死に続けた。
レベルは50を切り、10を切り、ついに初期値であるレベル1に戻った。
そして、三百回目のリスポーン直後。
私の目には、はっきりと「それ」が見えていた。
「――そこっ!」
無意識に放った思考コマンドが、赤い文字列を正確に射抜く。
カチリ、という音。
[SYSTEM] スキル発動成功。対象とステータスを交換します。
目の前のスライムが、一瞬で筋骨隆々に変貌した。
成功だ。入れ替わった。……って、あれ?
私は自分のステータスを確認して固まった。
私の今のレベルは「1」。
対するスライムの元のレベルは……「1以下(0相当)」。
つまり、入れ替わったことでスライムは「人間並みの知能と筋力」を手に入れ、私は「アメーバ並みの軟弱ボディ」になったということだ。
目の前で、ムキムキになったスライムが拳を振り上げるのが見えた。
「あ」
バゴォォン!!
スライムの強烈なボディプレスを受け、私は本日三百一回目の爆散を遂げた。
「あはは……。でも、掴んだ」
リスポーンした私は、ボンテージについた土を払いながら、不敵に笑った。
成功率は体感で30%。
三回に一回は、狙って出せる。
上出来だ。これなら、あの恥ずかしい装備機能に頼らなくても戦える。
◇
一方その頃。
掲示板には、新たなスレッドが立ち、戦慄が走っていた。
【悲報】ミサピョン、発狂してレベル1になるまで自殺を繰り返す
350: 名無しの目撃者
おい、ゴミ処理場の前でミサピョンが自爆テロしてるぞ。
出てきてはスライムに特攻して爆散してる。
351: 名無しのハッカー
なにあれ? 何かの儀式?
355: 名無しの解析班
ステータス見たけど、レベル100からついにレベル1に戻ったぞ。
せっかくのレイド経験値を全部ドブに捨てやがった……。
360: 名無しの古参
いや、待て。
あの爆散する直前の動き……どんどん洗練されてないか?
まさかあいつ、命を削って何かを掴もうとしてるのか……?
362: 名無しの住人
【速報】よく見たら自爆だけじゃねえ!
たまに成功してるっぽいんだが、そのあとムキムキになったスライムにタコ殴りにされてるぞ!
363: 名無しのプレイヤー
は? 何それ。
ボンテージ姿で、スライムに殴られて、しかも笑ってる……だと?
364: 名無しの求道者
……間違いない。あれはガチ勢じゃない。
ただの『ド級のドM変態プレイヤー』だ。解散。
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