第4話 共闘

 世界が軋むような音を立てた、その瞬間だった。

 ミナがハンマーを振るう。

 ――敵ではない。叩きつけたのは、地面だ。


 襲いかかってきた黒い陽炎は、足元から吹き上げた振動に弾き飛ばされた。

 ミナが生み出した振動が大地を伝い、標的を撃破している。


 「振動で敵を倒す」と言っていた彼女は、文字どおり振動を自在に操っていた。

 ――これほどとは。


 だが敵は一体ではない。

 形のない獣たちが、音を嗅ぎつけるように僕たちを包囲していく。

 揺らめくその陽炎は、認識することが困難だ。

 ミナひとりではとらえきれない、防ぎきれない。


 覚悟を決めた。

 僕はダメージを承知で耳を使う。


 荒れ狂う落石の反響音が鼓膜を叩きつける中、

必死にエコービーストの音へチューニングする。

 ――そこだ!


 僕はミナの手を取った。指先で、素早くタップする。


 「右後方、三歩先」


 彼女は不敵に笑い、振り返ることなくハンマーを地面に叩きつけた。

 完璧なタイミングだった。

背後から迫っていた影が、振動に弾き飛ばされる。


 両耳の奥が、焼けるように熱い。

 だが――


 「これなら、戦える!」


「いいぞ。お前が敵を補足しろ、私が攻撃する」


 つないだ手を、ミナが強く握り返す。振動で伝わる意思。

 僕は視線で応え、再びチューニングイヤーを展開した。


 反響音が耳を焼く。

 だがレゾナンススタッフがそれを和らげ、かろうじて補足できる。


 「左前方、四歩先だ!」


 ハンマーが唸りを上げ、激しい振動がエコービーストを消滅させた。


 「このまま、前方を突破するぞ」


 僕たちは手をつないだまま、黒い陽炎の包囲網を切り裂いて進んだ。


 反撃し、移動し、また補足して叩く。

 二人で一つの生き物のような連携だった。


 だが――

 エルを連れている限り、音を狙う獣から逃げ切ることはできない。


 襲撃を受けるたび、背中の体温が、わずかずつ下がっている。

 呼吸も浅く、短くなっている。


 まずい。


 一度足を止め、背負子のエルを確認する。

 結晶化は、首の付け根まで及んでいた。


 背筋が凍る。

 心が絶望に囚われそうになる。


 ――このままでは、間に合わない。


 焦りで喉がひりつく。

 追い打ちをかけるように、耳の奥が燃える感覚と、脳を抉られるような激痛が襲ってきた。


 これ以上の戦闘は無理だ。

 くそ……何とかしなければ。


「私たちも限界だ」


 ミナが振動で告げる。彼女も消耗していた。肩で息をしている。


「逃げるのは終わりだ。迎え撃つぞ」

「エルの音でやつらをおびき寄せる。集めたところを、一気に叩く。

まずは移動するぞ」


 辿り着いたのは、岩壁に囲まれた場所だった。

 ――逃げ場がない。


「ここでいい。心配するな」


 ミナが肩を軽くタップする。

 信じていないわけじゃない。それでも、退路を失う恐怖は消えなかった。


 ザザ……ザザ……

 待つ間に、エコービーストが次々と集まってくる。完全包囲。


 だが――ここからだ。


「すべての敵の位置を把握しろ」


「わかった」


 ここで聴力を失ってもいい。

 そう覚悟を決め、チューニングイヤーを最大まで開いた。


 瞬間、これまでにない反響音が襲いかかる。


 「ぐっ……!」


 頭が割れそうだ。

 耳の奥に、熱した鉄を押し込まれたような痛み。


 ギギギィ――!

 世界が悲鳴を上げるような軋み。


 ――来る!


「全部で六!

 右に二――五歩と六歩!

 左も二、距離は同じ!

 正面三歩、背後二歩!」


「よし、よくやった。耳を塞げ! でかいのをかます!」


 合図を交わし、僕は耳を塞いだ。


 ――ミナ、頼んだ!


 刹那、衝撃が世界を蹂躙した。

 振動の巨獣が暴れ狂い、すべてを薙ぎ払う。


 次の瞬間、エコービーストは消滅していた。

 周囲の岩もろともに。


「……なんて威力だ」


「共鳴掘削だ。私たち北の住人の秘術だ」


 ミナのハンマーが生んだ振動が、壁に反射し、重なり、増幅される。

 すべてを打ち砕く衝撃となって暴れ回ったのだ。

 一方で、僕たちの足元では重なる振動が逆に打ち消しあい、音が凪いでいる。


 戦いは終わった。


 限界まで消耗した僕たちは、その場に崩れ落ちる。

 しばらく、一歩も動けなかった。


 ――だが、旅はまだ終わらない。


 奈落の中心へ。


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