第3話 鉄響(てっきょう)の国
北の国は、山岳地帯だった。険しい岩肌がつづく山道を、慎重に進んでいく。
そこかしこでガラガラと崩れ落ちる落石音が岩肌をたたく、岩肌がそれをはじき返す。反響が反響を産みだし、それらが同時に僕の耳へ襲い掛かってきた。とにかく反響音がすさまじい。
ここが鉄響の国と呼ばれるゆえんだ。
ここでも奈落の大河と同様、僕の耳は役に立たなかった。頭上から襲い掛かる落石を感知できず、何度が危ない場面を繰り返す。正直なところ、危険度は奈落の大河と大差なかった。
しかし、レゾナンススタッフの発する光の明滅と振動が、落石の予兆を捉えて
くれる。背中の温度を確かめながら、焦りを抑えて僕は進んでいった。
しばらく進むうちに、反響音とは違うきれいな音が聞こえ始めた。
「やっぱり、進行してしまうのか・・・」
ジワリと汗がにじむ。
背中から音が流れ出していた。エルの結晶化した腕がその音源になっている。
この国にたどり着いたとき、左肘で結晶化は止まっていたが、いまは肩の
付け根まで広がっていた。
突如、砂嵐のような雑音が聞こえた。なんだ?
反響音とは違うザザザ…と近づいてくる雑音に振り向くと、ゆらゆらと揺れる
陽炎のような黒い影がそこにいた。その姿は判然としない。特定の形状は持って
いないようだ。
一瞬の沈黙。そして、
ギギィ!、世界がきしむような音とともに襲い掛かってきた。
「くっ」
サイドステップで寸前の回避…は出来なかった。かろうじてエルをかばう。
「グハッ」
体中を激しくゆすられるような感覚、そして激痛。
うまく体が動かない。
口から血を吐いた、鼻や耳からも出血しているのが分かる。
ギィ…ッ!、苦しそうにきしむ音がふたたび迫ってきた。
揺れる膝を叩き起こし、今度は何とか回避を成功。
それから僕は、必死に距離を取り逃走した。
しかし、黒い陽炎は執拗に追跡してくる。
どれだけ距離をとっても、岩陰に身を潜めても振り切れない。
「エルの音に引き寄せられているんだ…」
その事に気付いた。どうすれば。
絶望に追い立てられ、終わりの見えない逃走に肺と心臓が悲鳴を上げる中、
視界に入った岩山の洞窟に飛び込んだ。しかし、
「行き止まり・・・」
チェックメイトだった。振り向いて洞窟の出口を見ると、ザザザ…という
雑音と共に、揺らめく絶望が姿を現した。
ここまでか…と思ったその時、
ドガンッ
激しく重い衝撃音とともに、ハンマーが地面に突き立った。黒い陽炎は足元から吹き飛ばされる。そのまま飛び散って、消滅。
そこに立っていたのは一人の女性だった。がっちりとした体格。
大きなハンマーを背負っている。
コン・コココン、リズミカルな音を立て、彼女はニッと笑いかけてきた。
北の住民が使う振動言語だ。元運び屋だった僕は、鉄響(てっきょう)
の国の住人とも取引があったため、その言語を習得していた。
「私はミナ、ハンターだ。最初に言っておくが耳は聞こえない。振動で
エコービーストを倒すのが役目だ」
「助かった、礼をいう。この国に来たのは初めてだ、あれはエコービースト
というのか」
レゾナンススタッフの扱いに慣れた僕は、杖の振動で言葉を交わす。
彼女は背中のエルを見やり、振動を伝えてくる。
「クリスタル・カースか、そこまで進行すると長くは持たないぞ」
「わかっている、僕は彼女を治すために奈落の中心を目指しているんだ」
彼女はここ数か月で、エコービーストが大量発生しているため、原因を探るべく
調査をしている途中だったらしい。
「クリスタルカースは不治の病だ、本当に治るのか?、それに、奈落の中心、
この世界の大穴に向かい、帰ってきたやつはいない」
「それでも、僕は行く」
ミナは僕をじっと見つめ、
「だが、おまえではやつら、エコービーストに対抗できないだろう。お前がやられることは、彼女の死を意味する。それでも―――行くのか?」
僕は彼女から視線を外した。瞳を閉じ、力なくうなずく。それが僕の答えだ。
ミナは僕の肩にそっと手を置いて、軽くタップしてきた。
「そうだな、希望を持ち続ければいつか道は開くだろう。」
そして、
「今回は世界の大穴周辺までが調査範囲だ。調査に同行するなら、ついてくるといい。」
ハンマーを軽々と持ち上げ、彼女は歩き始めた。
それ以上彼女は言葉を発しなかったが、あたたかい心が伝わってくる。口元の血をぬぐい、僕も歩き出した。そうだ、あきらめずに前へ進むんだ。
しばらくしないうちに、僕たちは再び補足された。
ザザザ…再びの雑音、音をつけ狙う化け物だ。しかも複数?
ミナはハンマーを構え、周辺を警戒。なめらかでかつ、素早い行動だ。
「くるぞ、準備はいいか?」
彼女は目で問いかけてくる。
背中の温度を感じながらうなずきを返した。山道は、ちょうど崖のふちに差し掛かったところだ。崖の反対側には山肌が迫る。
逃げ場はない。僕の心を読んだかのように、振動が伝わってきた。
「恐怖を否定するな、受け入れろ。そうすることで自分を保つんだ。戦闘では
自分を見失ったやつから、死んでいくぞ」
この先に進むためには、戦うしかないのだ。エルの左腕からは変わらすきれいな音が流れている。
僕はレゾナンススタッフを構え、握りしめた。
この音を希望の鐘の音に変える為に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます