最終話 聖夜の選択

目を覚ますと、天蓋のベルベットが目に入った。暖炉の火は変わらずパチパチと音を立て、時計の針の位置は少し進んだだけだった。


(変わらない。)

やはり自分は正しい、今までの人生は間違ってなかったのだ。

男はゆっくりと上半身を持ち上げ、ベッド脇の水差しに手を伸ばした。


その時、コンコンと火の番がノックした。


「ご主人さま、来客でございます。」

普段、来客などないのに…そう思ったが自分が変えた過去の影響ならば…と、


「金の無心だろう。好きなだけやって追いい払え。」

「それが…どうもそんなご様子ではなくて…。」

もごもごと困惑しているのが扉越しにも伝わった。

「身なりが…ご立派ですし、御夫婦でプレゼントを持っていらしています。」

「…通せ。」


自分の考えている人物ではないのか…知人だろうか、そう考えていると暖かそうなセーブルの毛皮を手に持った男女が案内された。


「ご無沙汰しております。…父さん。」

左目の横に大きな傷を抱えた20代後半の美丈夫な男と、小柄で泣き黒子がある目が優しげな女が緊張した面持ちでベッドに近寄った。


「私に子供などいない。」

「そうおっしゃると思っていました。では…あの時はありがとうございます。

私の人生の選択は間違っていなかったことを、お見せしたく伺いました。」

「……。」


男は自分が人生で初めて予測を間違ったことに気づいた。しかし、それは決して不愉快なものではなく負けを認めることで許された過去の自分を自覚した。


「あのあと、私は字を必死に勉強しました。とっかかりはあの聖書です。

ポーターからタリーマンになりました。そこで今度は数字を勉強し、クラークになり今は貿易会社を経営しています。

大変でした…。何度もあの木札を思い出し後悔しました。でも、今こうしてここに堂々とあなたに会えることを誇りに思います。」


そう言ってクリスマスプレゼントだと、フランス製のひざ掛けを広げた。

そっと男の肩にかけると、男は静かに目を閉じた。

「私の負けだよ。」

目を開けると男はそっとベンに微笑みかけた。

「あの暖炉の横に小さな棚があるだろう。その一番上に入っているものが私からお前へのプレゼントだ。」

そう言って取ってくるよう指示した。


「これは…!」

ベンが手にしていたのはあの時の乗船木札だった。

「お前のものだ。やれやれ、ようやく渡せたか。

さて、お前がどうして今の地位まで来れたのか、そのお嬢さんは誰なのか、そして…お前の母さんはどうしているのか教えておくれ。」


雪の降る日、暖かなこの部屋に初めて笑い声が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖夜の選択 白神木霊 @kodamakobo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画