イースターエッグは青春色

@EnjoyPug

第1話 イースターエッグは青春色

 高校の下校時刻。

 俺、橋本翔太はしもとしょうたは空き教室のドアに手をかけて入る。

 テーブルの前、一人の少女が本を読んで座っていた。


「よっ」


 気さくに挨拶する俺に気づいた彼女、早瀬はやせ奈津美なつみは顔を向けてくる。

 テーブルの対面に向かい、俺は畳まれていたパイプ椅子を広げて腰をかけた。


「遅かったね。なんかあったの?」


 早瀬は本に視線を落としながら聞いてくる。


「購買部に行ってた。ペンを買ってた」

「ペン?」

「ほら、文化祭のやつ」


 俺はカバンからある物を取り出してテーブルの上に置く。

 白い卵の模型。それと何種類かの蛍光ペン。


「イースターエッグだっけ? 卵探しのやつ。一年が作らなきゃいけないじゃん。しかも一個以上」

「そういえば、まだ作ってなかった」

「じゃあ、一緒にやろうぜ」


 早瀬は開いていた本を閉じて、カバンから卵の模型を出した。

 テーブルの上に転がる二個の卵。

 二人で蛍光ペンを持って色を付けてる中、俺は早瀬に話しかけた。


「そういえばさ、なんか変だよな」

「何が?」

「文化祭のこのイベント、イースターエッグ。これってさ、確か春にやる祭りだろ? 今って秋じゃん。っていうか、そもそもこれってイースターエッグじゃなくてエッグハントだし……」


 イースターエッグは本来、飾り卵を贈りあうものだ。

 卵探しならエッグハントという名称にするべきである。


「まぁ~……。でも日本って祭りが好きだから、そういうのあんまり気にしてないんじゃない?」

「確かに?」


 俺は頷いて納得すると、彼女の近くにある本を見て物思いに耽る。

 ──俺と早瀬には奇妙な縁がある。

 小学校からの知り合いで中学校、少し離れた高校まで一緒になった。

 

 ここには知り合いは誰もいないと思っていた。

 だから入学式を終えて数日間、彼女がクラスメイトになったことも俺は気づかなかった。

 ぼーっとしている俺にあっちから話しかけられて初めて知った。


「確か橋本君でしょ? 前の中学校でもいたよね? ちょっと頼みたいことがあるんだけど」


 俺は彼女に言われるがままにしたら、いつの間にか彼女が作った文芸部に入っていた。

 授業が終わるとここに集まって本を読んでいる。

 彼女とは親しい仲ではない。顔だけは知っていた程度。

 だが気まずい感じはない。

 二人きりになる部室──。学校という閉鎖的な場だとここの居心地は良かった。


(よくよく考えたら、部活作るとか内申点狙いでやったとしても、意外と行動力あるよな。こいつって)


 本から彼女の顔に視線を移す。

 丸い顔にショートの黒髪。やや小さめの体格は幼さがある。

 落ち着いた声も相まって周囲からは目立ちにくい地味な印象。


「すごい色だね、それ」


 前から声を掛けられ、ハっとする。

 彼女の瞳には俺の卵が映っていた。


「いいだろ? かっこよくね?」


 緑と紫を使った迷彩のようなデザインを早瀬に見せる。


「いや、よくわかんないんだけど……」

「わからんか~、こういう良さが。早瀬のほうは?」

「ん……」


 彼女から彩った卵を差し出される。

 俺は受け取ってまじまじと見ていく。

 卵の白い部分をうまく使った青色の夜空と黄色の星が描かれていた。


「なんつーか、無難だな」

「悪かったね。まだ終わってないから返して」


 俺は彼女に卵を返すとパイプ椅子に背を預ける。

 窓を見ると強い日差しが降り注ぐ。

 夏の残滓がまだ残っていた。


「こういうの苦手だわ。よくわかんね」

「SFばっか読んでるからじゃない?」

「じゃあ、恋愛小説でも読めばこういうセンスってよくなるの?」


 置いてある小説を横目で見ながら言葉を返す。

 少しチクリとする言い方だが、早瀬ならこの程度は平気だ。

 教室ではこんな言い合いはしない。けれど部室ならできる。

 互いの距離感は絶妙で、心が解けていく。


「かもね。読んでみる?」

「う~ん、また今度。今読んでるやつあるから」

「そっ……」


 早瀬は俺から視線を外すと、ペンを動かしてイースターエッグを仕上げていく。


(今時、本なんて教科書ぐらいしか読むことねーのに。でも、なんだかんだでいいよなぁ本って。特に紙のやつ)


 俺は彼女を見ながら心で呟く。

 イースターエッグの知識も本から得たものだ。

 SNSが発達した今、いろんな知識はどこからでも入ってくる。

 でも、それらのほとんどが漠然としたもので、詳しいことは踏み込まないとわからない。

 その先は本を読んでわかることが多い。小難しい内容でも物語中にそれらを教えてくれる。

 電子書籍だとすぐに飽きて他のアプリに目移りするけど、紙の本だとそうはならないのがいい。


「一つ気になってたことあるんだけど」


 早瀬から声を掛けられる。


「橋本って普段どこでお昼食べてんの?」


 話題が急に変わったことに、俺は少しだけ呆気にとられる。


「え? 何? 急に」

「いや、なんかお昼になるといつも教室からいなくなるから。ずっと気になってて」

「屋上。まぁ外に出る扉は閉まってるからその手前だけど」

「なんで?」

「なんでって、言わせんのかよ……。……飯食うグループに入りそびれたんだよ。今更入れてって言いづらいだろ?」

「なるほどねぇ。じゃあ、食べてるのってパンとか?」

「そう。学校の購買のやつ」

「何食べてんの?」

「イチゴのクリームが入ってるやつ」

「菓子パン? イチゴのやつってなんか可愛いね。もっとガッツリしてるのを食べると思ってた」

「うん。ずっとそれ食ってる」


 俺の一言に早瀬の動きが止まる。


「……え? もしかして、入学のときからってこと?」

「そうだけど?」

「うわぁ……」


 彼女の顔が僅かにひきつる。


「偏食すぎでしょ……それは……」

「いいじゃん。甘くてうまいんだから。早瀬は何食ってんだよ」

「普通にお弁当だけど?」

「もしかして、自分で作ってる?」

「いや? お母さんだけど」

「作ってもらってるのかよ」

「別にいいでしょ、それぐらい。何?」

「大変じゃん。作るのって。買ったほうが楽だって」


 俺の一言に早瀬はムっとした顔になる。


「あー、だるっ。そういうこと言う奴」

「なんだよ。そっちから話振ってきたじゃん」


 言い合いがヒートアップする手前、学校にチャイムが響き渡る。

 部活の終わりを告げる音。しんとなる部室。

 いつの間にか熱を帯びていた俺の心は落ち着いていた。


「もうそんな時間か。そろそろ帰るわ」

「うん。お疲れ」

「早瀬は?」

「もうちょっとここにいる」

「そっ。気を付けて帰れよ」


 俺は蛍光ペンを置いたまま、卵だけをカバンにしまって立ち上がる。

 部室から出ると窓から夕暮れの陽が目に刺さる。

 すぐに振り向いてドアを閉めようとすると、長く伸びた俺の影に彼女が入っていた。

 薄暗い空間の中で懸命に卵を彩っていく。

 そんな彼女を見ながら、俺はドアを閉めて帰路へついた。




 ──文化祭当日。

 出し物を手伝った俺は菓子パンの入ったポリ袋を持って廊下を歩いていく。

 袋を揺らしながら階段を上り続け、屋上の手前まで辿り着いた。


「ふぅ……ようやく飯だ……」


 壁に背を預けながら腰を下ろし、袋から菓子パンを取り出す。

 包装を雑に破くとイチゴの甘ったるい匂いが鼻を通って胃を刺激する。

 潤った口を開き、かぶりつく俺の視線にあるものが映った。


「んん?」


 目立ちにくい角側にカゴが置かれており、中にはイースターエッグが入っている。

 ウチの文化祭では、これを見つけた個数と引き換えに商品が貰える。

 少し見つけにくい場所に置かれたのを探し出すという催しだ。


「これって、あいつの……」


 カゴに入っていたイースターエッグ。青い夜空に黄色い星がデザインされている。

 前見たときよりも星の数は増えている。おおいぬ座の形をしていた。


「冬の大三角形……。あいつらしいな」


 俺はそれをポケットにしまいながら菓子パンを口に入れていく。

 糖分が身体に行き渡ったのか、ほんの少しだけ活力が漲ったような気がした。



 文化祭が終わり、俺は後片付けをする作業を抜け出す。

 置いたイースターエッグを回収するためだ。

 本来、見つけられるような場所に設置するもの。

 

 だが俺は敢えて見つけづらい場所に隠した。

 場所は体育館の裏、花壇の中。

 緑と紫という迷彩っぽい色もこのためだ。

 理由は単純──、俺の逆張りである。


「さーて、どうだったかな?」


 見つけてもらえなかった悲しさより、見つからなかった嬉しさのほうがいい。

 捻くれた考えに顔をニヤけさせながら俺は花壇に辿り着いた。


「おっ──、あった、あった。……んん?」


 花の草に隠されたカゴ。その中に俺のイースターエッグはちゃんとある。

 ただ一つ違うのは、“卵が二つあった”ということだった。


「どゆこと?」


 俺はカゴを持ち上げ、中にある卵を取り出す。

 一つは俺が作ったイースターエッグだが、もう一つは俺のじゃない。

 

(誰かが見つけてここに置いたのか?)


 この卵の色もデザインは俺の卵とかなり似ている。

 僅かに違うのは暗い色の中に黄色い点がいくつか散りばめられていることだった。


「捻くれたやつっているもんだな。俺以外に」


 俺は二つの卵をカゴに戻す。背伸びをする俺に夕暮れが注ぐ。

 地面に影を伸ばしながら俺は部室に戻っていった。

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