第6話 日曜日 ~氾濫する色彩~ そして ~勝利の報酬~
いよいよ今日が最後の日だ。窓口の斎藤さんは再びルノワールの絵の如き姿だ。
「では、今日のストーリーをお願いします」
俺は花束を捧げ、ストーリーを話し始める。今日のストーリーは昨夜の夢をほぼそのまま書き連ねたものだ。
「【海を渡って届けられた異国の画家の絵を初めて見た時、彼は酷く醜悪だと思った。大きすぎる顔に強調された表情、申し訳程度に描かれた手は小さすぎる。だがその絵を手元において何日か眺めているうちに、描かれた人物の内面が見えてきたような気がした。モデルは異国の俳優だと言う。画家にはモデルがこのように見えているのだろうか。もしそうならその画家と目を交換してもいいと思った。
彼は依頼された絵の制作に入った。女神ヴィーナスとミネルヴァ、ユノの絵だ。アトリエに並ぶ三人のモデルは七頭身、最も美しいとされるプロポーションだ。だが、描き始めると何か違うと感じた。あの異国の画家の様に内面からあふれ出るものを描けないものか。彼は懇願した。芸術の神ミューズよ、お力をお貸しください。この目、この腕、いや私の全てを捧げます、どうか……。その時、奇跡が起こった。モデル達が身体に纏う色彩が膨れ上がり、更に鮮やかになっていく。薔薇色、絶対の白、輝く黄色、それらは形に囚われる事なく広がっていく。彼は懸命にキャンバスに色彩を写し取る。そして覚った。ミューズは画家にではなくモデルに宿るものだと。描き終えた時、モデル達は元の姿に戻っていた。描き上がった絵はモデルとは違って不釣り合いに大きな腰と腿、太い腕だが、力強い生気を放っていた。その絵を眺め、彼は絵は己の思うがままに描けばいいのだと理解した。】」
語り終えて斎藤さんを見る。彼女は肩をぶるぶると震わせていた。
「私が神に憑依されて姿が変わっていたと言うのですか。なんてこと、とんだお門違いを」
俺を睨む斎藤さんの目が怪しく光った。俺は最初の日に聞いた話を思い出した。人間に謎を出し、答えられなければ……
「あくま」
思わず口走る。途端に斎藤さんの表情が穏やかなものに変わった。
「悪魔……それは賢明な答ですね。もし、私が悪魔なら正解を言われたのであなたを食べる事はできない。悪魔でないならそもそもあなたを食べたりはしないでしょう。どちらにしてもあなたを食べる事はできない」
斎藤さんの答えを理解するのに暫くかかった。
「では、賭けは?」
「私の勝ちと言う事でどうかしら? 勝った私に食事を提供して頂く」
「はい」
「場所は丘の上のレストランで」
「は、はい」
「明日の夕方はいかがですか?」
「はい、では午後六時に」
「楽しみにしていますわ」
こうして、俺は斎藤さんを食事に誘う事ができた。
「矢崎さんと過ごした一週間はとても楽しかったわ。いいゲームが出来ました」
「俺もです」
「ふふっ、矢崎さんならご存知ですよね。ゲームには獲物と言う意味もある事を」
斎藤さんはそう言って、天使のように微笑んだ。
終わり
天使の微笑み ~麗しき斎藤さんに捧げる六つの物語+1~ oxygendes @oxygendes
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