第5話 土曜日 ~異星知性体たちの傲慢な滞在審査~

 俺は薔薇の花に囲まれた斎藤さんに花束を捧げた。今日の斎藤さんはゴーギャンの描くタヒチの女性の如くだった。今日も無理やりひねり出したストーリーを語り始める。


「【待ち合わせ場所に現れた相手は一見普通の人間に見えた。レディススーツを着た二十代位の長髪の女性、異質なのは銀色に輝くハイヒールくらい。取りあえず挨拶する。

「外務省入国管理局の会田諒です。今日はよろしくお願いします」

「ご協力感謝します。私達は亜文明生物保護機構のチーム『シーカー』です」

 握手した手の感触も普通だったが、この人は宇宙人と言う事だ。だが、『私達』とは?

「これを着けてください。自動翻訳機です」

 渡されたものは普通のワイヤレスイアホンに見えた。言われた通りに装着する。

「『個別に自己紹介しますね』」

声がダブって聞こえた。

「私はアルファ、二足歩行属です」

と女性が話した後、髪が一筋、ふわりと跳ね上がった。

『儂はベータ、触手族じゃ』

 翻訳機からの声が告げる。

 女性の胸がゆらりと揺れ、

『あたいはガンマ、ジェル属よ』

 女性が口を開け、喉の奥に何か光るものが見え、

『僕はデルタだ』

と声が続いた。そして、女性の微かな身じろぎとともに、

『イプシロン……よ』

物憂げな囁きが聞こえた。イプシロンの居場所はよくわからなかったが、何体かの宇宙人が寄り集まって身体を構成しているみたいだ。

「私達は亜文明の星に滞在する同胞が原住生物を迫害する事が無いよう管理しています。原住生物の皆さんにも情報提示のため同行いただいています」

 俺達地球人は亜文明の原住生物だと言う傲慢な認識だ。

「本日は未登録の同胞が探知されたのでその調査です。よろしくお願いします」

「了解です」

 上司から命じられた業務なのでこなすしかない。

『じゃあ、始めるぞ』

 女性の髪が一筋真っ直ぐ立ち上がり、ゆっくりと一つの方向に棚引いた。

『こっちじゃ』

 髪の毛の指し示す方向に進む。十五分ほど歩くと前方に巨大な建造物が現れた。流線型の屋根と白い外壁の建物は宇宙船のようにも見えた。サッカースタジアムだ。

『あそこにいる』

 近付くと周囲にたくさんの人がたむろしていた。中から歓声が聞こえる。サッカーの試合中のようだ。

「この騒ぎが終わるのを待ちましょう」

 アルファの言葉で入り口の近くで待機した。やがて試合が終わり、観客がぞろぞろと出てきだした。だがアルファ達は動こうとしない。・

 アルファ達がスタジアムに入ったのは全ての観客が帰った後だった。スタンドに上がり天然芝のグラウンドを見下ろす。

『ほらあそこじゃ』 

 髪の毛ははグラウンドを指し示すがそこには人っ子一人いなかった。

「あのスクリーンを使って話しかけます」

 アルファがスマホのような機械を取り出して操作すると、スタンドの大型ビジョンが映像を映しだした。唐草模様を何重にも重ねた合わせたような図形、それがゆらゆらと揺らめく。翻訳機から

『今日は、いいお天気ですね』

と声が聞こえた。すると、グラウンドの芝に異変が生じた。芝の葉が一斉にピンと上を向きうねうねと動き出す。

『おや、お客さんとは珍しい』

 翻訳機からの声は芝の動きを翻訳したものらしい。


「これは植物属の群体知性です。名前は『++之牛-』。芝生に擬態していますが、絡み合った根を神経細胞ニューロンとして思考する同胞です」

 アルファたちと++之牛-は長時間話し合った。その結果、

「++之牛-は原住生物の奉仕、つまり水やり、土壌の団粒構造の確保、必要元素の補給、地上部の新陳代謝の支援に満足しています。原住生物を迫害する事は無いと誓約しました。よってここに住んでいただきます。その旨を政府にお伝えください」

「了解です」

 ともあれ業務は完了した。帰ろうとした時、女性の胸がぷるんと揺れた。

『もう一人発見』

 連れて行かれた先はスタジアムの脇のモニュメントだった。白い岩を組み合わせて出来ている。

『この人は珪素生命体です。三万年前にこの星に来たそうです』

 かくして二人の異星知性体の登録が完了したのだった。】」


 斎藤さんは困惑していた。

「どうしたら私のこれが」

 胸に手を当てて呟く。

「宇宙生物だなんて思えるのかしら。外れです」

 チャレンジは残り一日となった。

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