第4話 金曜日 ~歴史修復者のお頭は強欲で~

 俺は少し焦っていた。推理のネタが尽きかけているのだ。だんだん現実性が乏しくなっている。しかし、一日に一つは提出しないといけない。取りあえず今日の分を捻り出した。

 斎藤さんは相変わらず美しい。今日はルカス・クラーナハの描くエヴァの如くだった。俺は花束を捧げストーリーを語り始める。


「【男はロスアンゼルスの街角に潜み、標的の少女がやって来るのを待ち構えていた。彼女との接触には一度成功しており、その時スキャンしたデータを基に作成した修正遺伝子薬液を注射するのが今回の目的だ。『前回と同じように道を聞くふりをしようか、あの時はUCLAカリフォルニア大学ロンアンゼルス校への……』男が思いを巡らせた時、二ブロック先の交差点に彼女が姿を現した。男は壁の背後に身を隠す。その時、

「すみません、道を尋ねたいのですが」

 背後からの声に振り向くと三人組の男女が立っていた。三人が来ているのは蒸着成形された滑らかな素材の衣服、明らかにこの時代のものでは無かった。

「なんてね」

 真ん中に立つ女が突き出した黒い棒から電撃が飛び、男は崩れ落ちた。


 首筋にピリッとした痛みを感じ、男は意識を取り戻した。身体を動かそうとして、自分が椅子に座らされ、束縛されている事に気付く。すぐ前に先ほどの三人が立っていた。細身に不釣り合いなほど胸が大きい女の左右に長身の男とがっしりした体形の男が立っている。

男は辺りを見回してここが小型の乗り物のキャビンらしいと気付いた。『これはあいつらのタイムマシンだ』と。


「お目覚めのようね。執行の前に説明してあげるわ」

 女は手のひらに乘る程の小さな機械を取り出して目の前にかざした。男が運んで来た超高圧注射装置だ。修正遺伝子薬液が充填されている。

「気付いていると思うけどあたし達は改変された過去を元に戻すために来たのよ」

 冷ややかな眼差しで男を見下ろす。

「お前が狙っていたのは、ノーマ・ジーン、後にマリリン・モンローになる少女ね。二十世紀においてマリリン・モンローは美貌のシンボルだった。知性の象徴だったアルバート・アインシュタインと対になる存在。二人が子供を作ったらどうなるかと言う都市伝説があったくらいのね。それがいつのまにか、知性と胸の大きさは反比例すると言う偏見に変わった。お前はその偏見を根源から抹消しようとした」

「ああ、お前達が邪魔しなければ」

 男は忌々し気に言い返した。

「ユニークなのはその方法ね。お前がしたのはマリリン・モンローの胸を更に大きくする改変」

「ああ、大きすぎる胸でも女優として大成する事を示して歴史を変えるんだ」

「それは別の結果を呼んだのよ」

 女は傍らの配下に目配せした。

「E=mc2の式をなんて呼ぶか教えてあげなさい」

「ノーマ・ジーンの第一公式です。お頭メァム

 配下の答に男は目を剥く。

「私達は改変が成功した世界から来たの。ノーマ・ジーンは胸が大きくなると共に知性に変化が生じた。知的集中力、推進力が増大したの。たぶん薬液が別の遺伝子改変を起こしたのね。彼女はUCLAに進み、物理学者になった。アインシュタインの研究を引き継ぎ、統一場理論を完成させたので、あの式は彼女の名前で呼ばれてるの」

 女は自分の胸元を見下ろしながら言葉を続ける。

「私はノーマの子孫、ここの改変もまだ修正されていないわ。お前を捕まえるだけではだめなのね。遺伝子薬液をノーマに使用できなくしないと」

 女は注射装置を自らの二の腕に押し当てボタンを押した。シュッと言う音と共に、世界がゆらりと揺らいだ。

「修正執行」

 注射装置を投げ捨てた女の胸は二回り小さくなっている。

「これぐらいなのもいいわね。数か月で戻っちゃうしょうけど。さあ、帰るわよ」

「「がってんでさぁイエスメァム」」

 配下の二人は応諾する。

「待てっ、それって何かおかしくないか」

 抗議する男を無視し、強欲な女はタイムマシンを発進させた。】」


 聞き終えた斎藤さんは思案顔だった。

「面白いお話だけど、歴史改変って当人の記憶も修正されちゃうだろうから判定不能よね。正解とは言えないわ。また明日ね」

 やはり『取りあえず』は通用しなかった。

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