第3話 木曜日 ~横着なお客さま~
今日の斎藤さんはボッティチェリの描くヴィーナスの如しだった。薔薇を飾った花瓶が左右に置かれている。
「あなたの美しさにはとても及びませんが」
花束を捧げると、斎藤さんは小さく会釈して受け取った。
「有難うございます。では矢崎さん、今日のストーリーをお願いします」
「はい。
【「日向美緒さんですね。今日はよろしくお願いします。いやあ、お姉さんにそっくりだ。双子さんなんですよね?」
ハンバーガーショップの店長はにこやかに美緒を迎え入れた。
「はい。莉緒がいつもお世話になっております。すみません、莉緒が風邪を拗らせてしまって。あの、私でも代わりが務まるのでしょうか?」
「当店のシステムはご存知ですか?」
「お客として来た事はあります」
「それは心強い。当店はフルオーダー式のハンバーガーショップです。パンの種類、焼き方、バティ、野菜の量などお客様のオーダーをお聞きしてその通りのものを提供します」
「はい」
「オーダーできる項目はリストになっていて、タッチパネルで入力するとロボットが調理、パック詰めして商品お渡し窓口に出てきます」
「そんな仕組みなんですか」
「初めての方でも慣れるのは早いと思います。インカムをお渡ししますのでわからない事があったらこれで聞いてください」
「わかりました」
「ではお願いします。莉緒さんがシフトの日はいつもたくさんのお客様に来ていただいています。今日も多いと思います」
「はい」
美緒は制服に着替えインカムを装着して、注文カウンターに立った。
「ハンバーガーポテトセット、パンは全粒、パティは倍増し、ソースはオーロラ」
「ハンバーガー単品、和風ソース。コーヒーゼリーはシェイクして」
次々とお客さんが来たが、オーダーリストを見ながら順調にこなす事ができた。
だが、
「いつもの」
サラリーマン風の男性のオーダーで固まってしまった。
「だからいつものオーダーだよ」
不満そうに自分の顔を見つめる男性を見て、美緒は男性が誤解している事に気付いた。「すみません、私はいつもお受けしている莉緒の妹なんです。オーダーは具体的にお願いします」
「え、そうなの。じゃあ、ハンバーガー倍ポテトセット、トマトは抜きで」
男性は途惑いながらもオーダーを言い直してくれた。
その後も「いつもの」とオーダーするお客が多く、その度に説明して対処した。
だが、
「いつもの」
と注文した中学生くらいの女の子は説明して言い直しをお願いしても、
「ハンバーガーコーヒーセット、パンとパティはノーマル、コーヒーもノーマル」
と言った後、何かもじもじしている。何か言いにくいオーダーが有るのだろうかとオーダーリストを見直した美緒は一番下の一行に気付く。
「もしかしてこれかな? スマイル0円」
と、女の子に微笑みかける。
「それは嬉しいけどそうじゃなくて……」
ちょっと不満そうな女の子を見ていて、楽器ケースのようなものを提げているのに気付いた。
「これから習い事なの? がんばってね」
と、声をかけると、
「うん」
女の子の顔がぱっと明るくなった。「いつもの」はこれだったらしい。
セットを受け取った女の子は。
「いつものお姉さんに『お大事に』って伝えてください」
と言って、店を出て行った。
美緒は、『私が莉緒じゃない事を示す目印が必要ね』と思ったのだった。】」
「なるほど、私が実は双子で交替で司書を務めていると言う推理ね。でも私は双子ではないわ。当然三つ子でもね」
斎藤さんの言葉でこの日の推理も打ち砕かれてしまった。
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