第2話
支部を出る前に大雨にかわり始めた空の中を、ソリに乗って駆けた。今年の相方トナカイは、雨でも迷うことなく目的地へと走る。
空の上では、声を張り上げないと会話ができない。
「練習の成果が出せたな!」
「そーだな! お前が練習を始めたときは、すってんころりんって、ソリの外に放り出されたもんな!」
「言うなよ!」
僕が憤慨すると、トナカイのカイはケラケラと笑った。
そして、あっという間に今日唯一のお届け先に着いた。もちろん、プレゼントの卵は割れないように、クッション入りの白い袋に入れて持ってきた。
「ここが、今日の現場か……」
ごく平凡なアパートだ。この二階にお届け先がある。カーテンがされており、中の様子は分からない。この時間なら寝ているだろうとは思うけれど。
「ねえ、早く行きなよ」
カイが左のツノで、僕の背を押し出す。
左っかわのツノが、右のよりも半分以上大きいのがカイの特徴だ。
僕より数年、サンタ業務に就いた年数が長い。もちろん大御所の先輩サンタのトナカイに比べたら、新人も新人だ。そのくせにずいぶん態度が大きい。
僕は一つ大きく息を吐いて、カイに頷いた。
「行ってくる」
「おう、こっちも人目につかないように、ソリ子を連れ回しておくぜ」
カイの後ろにつなげられたソリは、カイがサンタの業務についてからずっと一緒の相棒らしい。練習中もずっとこのソリとともにあった。
カイはソリ子と呼んで、可愛がっている。まるで恋仲相手のような扱いをしている。
あんまりに親しそうなので、一度、ソリに乗る練習の最中に、僕がソリ子に乗るのは構わないのかカイに聞いてみたことがある。カイは、あくまで仕事だからなと言っていたが、少しだけ不満げだった。
「がんばれよ〜」
カイとソリ子を見送って、僕は地面を蹴り上げた。
サンタは浮くし、壁も通り抜けられる。最初聞いたときは絶対無理だと思ったが、一年みっちりしごかれて僕も習得することができたのだった。
「うわぁ」
窓から通り抜けた先に見えた惨状に、思わず声が漏れた。
あまりにもゴミ屋敷だ。缶ビールと、市販の弁当のゴミの山。あとお菓子のパッケージがちらほら。
唯一救いといえるのは、それらが袋にまとまっていることだった。何袋もあるせいで、散らかっているようにしか見えないが。
「まとめるとこまでできたなら、捨てにいけよな……」
ゴミ袋の山の真ん中に、かろうじて物を置かないようにしているのであろう丸いテーブルがある。
そこで、缶ビール片手に家主が泥酔して突っ伏していた。
「すぅ……うう」
「起きるなよ……」
相手が身じろいだことに一瞬身体が固まるが、彼女が目覚めることはなかった。
サンタだから、見られはしないけど。寝てるいい子にしかプレゼントは上げられない。
家主であり、プレゼントの届け先である彼女は、名を西川エリカという。
残業多めの会社員、好きなものはオムライスとしいたけ。嫌いなものは片付けと料理。華の二十四……二十五歳。
そして僕の恋人だった。
久しぶりの彼女の寝顔を、じっと見つめる。前から残業が多いとすぐクマができていたが、ここまで疲労困憊だったろうか。
「……わからないな」
答えが出ていないのだから、滞在時間が長くなってもしょうがない。僕は満足するまで部屋を観察することにした。
「まだ持ってるのか」
唯一といえるくらい片付いている棚には、僕と出かけたときの写真が所狭しと飾られている。「いつでも見たいじゃん?」といっていた。開く動作が必要なアルバムにするのは好みではないようだった。
一昨年の写真もある。このときはいっしょにイルミネーションを見に行ったのに。
「エリカ、外はにぎやかだよ」
ソリから見た地上はどこもにぎやかだった。みんな笑顔だった。この日を楽しんでいる。
エリカはチキンもケーキもシャンパンも用意せず、こんなところでスーツのまま寝落ちしている。
スーツがよれてきている、新しいのを買ったほうがいいと言ってやれないことが惜しい。
「それで……エリカは卵が欲しいの?」
サンタに届いた手紙は、エリカ自身も送ったつもりはない。
けれど、直筆の手紙じゃないそれは、嘘がつけないのだ。これも実習で習った。
プレゼントはちゃんと手元にある。
だから……僕はエリカに、これをプレゼントしてあげればいい。それで、サンタとしての初仕事は、終わる。
「本当に?」
初めて先輩と出会ったときに言われた言葉が、脳裏によみがえった。
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