恋人かサンタクロースか

一途彩士

第1話

『サンタさん、サンタクロースさんへ


 おねがいします

 今年の贈り物は

 たまごがほしいのです

 決してくさらないたまごがほしい

 賞味期限がないたまご、おいしいたまご

 いつまでだってしまっておける、好きなときに食べられる

 わたしといっしょに、ずっと待ってくれるたまご

 そんなたまごをください


 お願いします、サンタさん』


 十二月二十四日、夜。

 外はあいにく冷たい雨が降っている。


 ぺらっぺらのくせに妙に暖かい赤い制服に着替えた僕は、暖炉のある一室で、大御所である先輩サンタに渡された手紙を読んでいた。

 目を通している最中、暖炉の前で座る先輩の様子をちらりと伺うと目が合ってしまう。


「読んだか? 新人」

「まだ、です」

「そうか、しっかり三回読めよ」


 先輩はそういうと、深く息をついて炎の温かさに身を任せた。木製の椅子がぎしりと音を立てる。


 立派な白いひげを生やした先輩も、赤い制服を身につけている。

 僕の服よりも上等な布が使われた服の胸元には、これまでこなしてきた仕事量を示すピンバッジが輝いている。

 それに、夜に紛れるための黒いマント。

 安心感を感じるシルエットに、目が垂れていて優しげな表情。

 先輩のようなサンタクロースの風格を、僕はいずれ身につけられるのだろうか。

 その第一歩になる手紙を、言われた通り三回読んで、おもてをあげる。


「これが、僕の仕事ですか」

「そうだ」


 先輩は僕の言葉に重く頷いた。


「意味わかんないんですけど」

「こら」


 先輩は、怖い顔をした。

 僕は口を尖らせる。


「だって、手紙にあるような卵なんて、ないじゃないですか。作るんですか? 今から? そもそもそんな技術あるんですか?」


 矢継ぎ早に尋ねると、先輩はうっとうしそうに眉根を寄せた。


「サンタクロース商会にないものはない。しかし、この手紙の送り主に届けるのはそんな不可思議な卵ではない」

「うーん」


 唸ってみても、答えはわからない。


「新人、この手紙がどうやって私たちに届いたかはわかってるな」

「はい」


 研修中に習ったことは覚えている。サンタクロースに届く手紙には二種類あると。


 一つは、贈り物が欲しい本人が書いた手紙だ。これは、サンタクロース本部に直接届く。本部はそれを精査して、支部に振り分けている。一般的なルートはこれだ。送り主は子どもたちが多い。

 もう一つは、贈り物のことなんて頭にない、忙しい人間たちが送り主だ。彼ら彼女らは手紙を書いた自覚がない。その人が欲っしているものが、手紙というかたちでサンタクロースに伝わる。


 だから、サンタクロースは、プレゼントを届けなければならない相手がいることがわかるのだ。

 今年の僕は、新人サンタだ。後者の相手に、プレゼントを届けに行く。


「考えてみろ、お前にはわからんか。手紙の送り主が何を思っているか」

「……ニワトリの卵は賞味期限が短いと嘆いている?」

「違う」


 おいしいというから、一般的な卵のことだと思っていたが、そもそも違うのだろうか。

 先輩サンタはベテランだ。僕が思いつかない答えにすでにたどり着いているようだ。

 尊敬の眼差しで彼を見ていると、彼は厳かな雰囲気で僕に語りかけた。


「いいな、新人。これが、送り主の求めるものだ」

「やっぱり卵じゃないですか」


 先輩に渡されたのは、四個入りパックのニワトリの卵。ちょっとお高いそれは、僕もたまに買っていたから知っている。パックには赤いリボンが結び付けられている。


「割るんじゃないぞ。ただし、卵を届けるだけではいけない。お前がプレゼントを届けに行って、帰ってくるまでに、するべきことがわかるはずだ」

「プレゼントを贈る以外の行為は、ルール違反では?」


 嫌というほど暗唱した、サンタになるからには守らなければいけない掟。

 先輩も何度も繰り返し僕に言い聞かせた。だから僕は、サンタなのに心を鬼にして、今日の贈り物を届けるつもりだったのに。


「それでもだ。それでも、私たちサンタは時として、掟を破るのだ」

「先輩も、破ったことがあるんですか?」

「そうだ」


 先輩ははっきり言い切った。


 サンタの仕事は、むずかしい。

 手紙通りに贈り物を贈ってはいけないのだという。

 この一年近い研修期間の間、僕にできたことは、座学と、ソリに乗る練習だけだった。

 あと住み込みの条件だった、毎日三食分の料理。料理は好きだからよかったけど。


 サンタの仕事の本番はどうしたって、年に一回のこのときだけだ。仕方ないのはわかっているけれど、不安でしょうがない。


「なあ、新人」


 いつの間にか目の前に来ていた先輩は、僕の肩に手に置いた。

 服越しに先輩のあたたかさを感じる。暖炉の前にいたからだろうか。


「新人。私にはわかる。お前は、この仕事を必ずやり遂げられる。そうすれば来年は、もっと大きな支部でやっていける。私が保証する」

「先輩……」

「初年度の今年は一軒だが、それをクリアすれば来年からは数百件だからな」

「ブラックだ……」


 背筋を冷たい汗がしたたる。

 その背中を先輩がバンとたたいた。


「グッドラック」


 先輩サンタはウインクで、僕に激励を送った。

 彼の目はいつだってつぶっているから、ウインクをしたとわかったのは、あくまで僕の心がそう感じたに過ぎない。

 けれど、僕の背中を確実に押してくれた。


「行ってきます」

「おう!」


 僕は、赤い三角帽子を被って、辺境のぼろぼろサンタ支部を飛び出した。

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