こころはタマゴ

snowdrop

不思議なタマゴ

 高校一年生の頃である。

 部活動の合間、不意に声をかけられた。

「好きなスーパー戦隊は何?」

 眼鏡をかけたショートヘアの先輩が、真っすぐに私を見ている。

 私の通っていた高校は、長い歴史を持つ女子校だったが、共学化されてまだ数年。男子は全体の一割ほどで、教室も廊下も女子の声が主旋律を成していた。そんな中、男子の存在はどこか場違いに浮いて見えた。

 私が所属していたのは文芸部でも漫研でもなく、地域を実地に歩いて史跡を調べ発表する、派手さの欠片もない地味で硬い地歴サークル。部室である二年C組の教室で、その日も活動が行われていた。

 テーマは、男女の能力差。男子側は史実とデータを積み上げ、理屈で食い下がった。女子側も負けずに論を練り、軽やかに反撃を重ねていく。理屈ではほぼ互角だったが、最後の挙手ですべてが決まった。数の論理が議論の行方を支配したのだ。

 女子の笑い声が教室に響き、男子陣には苦い沈黙が残った。

 そんな空気を割るように、先輩から問いが飛んできたのだ。

「一応、見てますけど」

 私は開けた口からため息を洩らした。

 通学に三十分以上を要する進学校。宿題は尋常ではなく、予習復習に追われて特撮やアニメを観る余裕などまるでない。

 それでも、頭の奥を探って言葉を絞り出す。

「ライブマンですかね。初の二体ロボ合体が格好よかったです」

 先輩は冷ややかな視線を向けた。

「あんなに歌が下手な作品のどこがいいのよ」

 一瞬言葉を失い、慌てて別の名を出す。

「じゃあ……ターボレンジャーはどうです? 主人公たちは高校生でしたし、車が空を飛ぶんですよ」

「レッドが主題歌を歌えばいいってものじゃないの」

 またしても切り返され、沈黙が落ちた。

 どうやら先輩は、作品を音楽で測る人らしい。

 どの戦隊を挙げれば納得してもらえるのか。チェンジマンか、マスクマンか、ファイブマンか。記憶を手繰る私に、先輩が真顔で言った。

「ジェットマンは見たことある?」

 その名に助けられたような気がして、自然と声が出た。

「全部見ました。初の女性長官に二体ロボの合体、何よりあの衝撃的な結末は凄かったですね」

「名作たらしめているのは、影山ヒロノブさんのおかげなのよ」

 その断定を合図に、先輩は歌手・影山ヒロノブの魅力を滔々と語りだした。

 声の力、情熱、存在感。どれもが彼女の言葉に息づいていた。

 圧倒されながらも私は、話についていこうと必死に応じる。

「聖闘士星矢も良かったですね」「ドラゴンボールも好きです」「宇宙船サジタリウスも最高でした」

 機嫌を良くしたのか、先輩の表情がやわらいでいった。

「そんな君に、これを貸してあげる」

 満面の笑みでスクールバッグから取り出されたのは、一枚のCD。

『影山ヒロノブ・コレクション』

 蛍光灯の光を受けて、CDケースがかすかに光っている。

「アニメや特撮ばかり聴いてちゃダメよ。アイドルやJ-POP、洋楽にクラシックまで、音楽の世界は広いの。いろいろ聴きなさい」

 矛盾に満ちた助言を教室に残し、先輩は軽やかに教室を出ていった。


 帰宅後、私はさっそくジェットマンのエンディング曲『こころはタマゴ』を再生した。優しく澄み渡る旋律に、胸の中の緊張が少しずつほどけていく。

 以後、影山ヒロノブの歌声に魅了されてしまったのはいうまでもない。



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