2日目 ③
目覚めてからずっと疑問に思っていたことを口にしたつもりだったけど、『変態』は思わずついた言葉だった。
もしかしたらこの身体の元の持ち主の意識の残り滓みたいなものが残っていなのかもしれない。
「へ、変態……?」
そうとは知らずに彼女は瞳を見開いて驚いていた。
「いや、今のは言葉のあやというか、つい口が滑ったというか……気にしないでください」
「う、うん? そういうことなら気にしない……かな?」
彼女は納得してなさそうだったけど、とりあえず追求はされなかった。
「それで、あなたはいったい誰ですか? 私の身体はどうなっているんですか?」
私は改めて質問を繰り返した。
「私は……そうだね、魔女と言ったところかな? キミを――ユキムシを作った魔女さ」
彼女は少し悩んだ末、自分をそう名乗った。
「魔女、ですか?」
「そう。キミも昔の名前を失ったように私も昔の名前は名乗らない。もし呼び捨てが言いづらいなら――魔女さんと呼んでね」
彼女は――魔女さんは首を傾げて淡く微笑んだ。
少し照れくさそうに。
私より若干背が高く、カジュアルな服装に身を包んだ細身な立ち姿は魔女のイメージとはかけ離れていたけど、あの妖しく光る深海に似た瞳だけは人を惑わせる力があると思わせた。
「分かりました――魔女さん」
その瞳を見据えて答える。
ふざけているのか、真面目に言っているのか分からないけど私は彼女をそう呼ぶことにした。
実際に魔女なんて存在がいるのであれば、死体が動ける理由も説明がつくかもと思ったからだ。
「ふふ、ありがとう――ユキムシ」
何がそんなに嬉しいのか、魔女さんは身体をわずかに揺らして喜んでいた。
「ユキムシはさ――」
緊張が解けたのか柔らかな口調で魔女さんは改めて切り出す。
「なぜ人が悪魔と契約するか分かるかい?」
そう呟いた瞬間、私の首筋にぞわりとする冷気が通り抜けた気がした。
部屋を満たしたひんやりとした空気が突然私の首を掴んできたみたいにまとわりつく。
「――えっと……?」
息苦しさもあり私が答えあぐねていると、魔女さんはそのまま話を続ける。
「それは思い通りにならない世界を思い通りにするため――だよ。人はこの世界を間違った世界だと思いたくはないんだ」
魔女さんは妙に力強く断言する。
「少しこの世界を生きていれば気づくことだけど、正義が勝つとは限らないし、規則は平等に人を扱わないし、努力は裏切るし、幸せな暮らしが保障されているとは限らない」
魔女さんは話しながら振り返って最初にいた部屋の中央へ戻っていった。
足元にある木片を拾い上げるとその表面を優しく撫で始めた。
私はその時、その木片が鳥の形をしていることに気がついた。
「その理想と現実のかけ離れが人と悪魔を近づけるんだ。悪魔は人の願いを叶えるために召喚されるんだ」
魔女さんは鳥の木像をそっと私の前に差し出す。
「例えばこの木彫りの鴉――材料は木だけど私はこれを本物の鴉だと信じている。すると悪魔はコレを生きた鴉としてこの世界に生まれ変わらせることができる」
「嘘だ。できるわけない……ですよ」
咄嗟について出た言葉だった。
いきなりそんな悪魔なんて話をされて信じられるわけなかった。
けれど、この話は本当だと信じられる事実を私はもうすでに知っていた。
「もしかして私がいま生きているのは魔女さんがそう信じて、悪魔がそれを叶えたから?」
私は自分の胸に手を当てて質問を投げかけた。
「魔女さんは――悪魔と契約をしているんですか?」
もしそうなら、どうして? 何のために?
魔女さんは答えなかったが、その通りと言っているような沈黙だった。
「そうまでして私を甦らせる理由はなんですか? 生前の私と魔女さんは知り合いだったんですか?」
私の矢継ぎ早の質問に魔女さんはようやく首を振って答える。
「知らない。ユキムシとは死体のときが初対面だよ。足りない部分を木で補って、その中に泥を詰めた」
魔女さんは耳を疑いたくなるようなことを淡々とした口調で語る。
「私はただ……ユキムシにはそのまま生きていてほしいと思ってその木のカラダを作ったんだ」
祈りのような神妙で切実な声で言う。
死んだ人間を生き返されるという理想を叶えるために彼女は悪魔の力を借りたということならば――
「気に入らないかい?」
心配そうな顔で覗き込んでくる。
「魔女さんは、本当に魔女みたいなことを言うんですね」
死後の姿が初対面である私をそこまで生かす理由はなんなのか分からない。
けれど、魔女さんに生きていてほしいと言われたとき久しぶりに胸あたりが熱くなるような感じがした。
もしかしたらこれも悪魔の力によるせいなのかもしれないと頭をよぎったけど、今はただそれでもいいと思えた。
「死体には戻りません。しばらくは生きていようと思います」
それを聞いた魔女さんは「ありがとう」と言いつつ、歩み寄り抱きついてきた。
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